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「そのままにするなよ」

「大丈夫よ、ちゃんと乾かしてから休むから」

「そう言って、この前も濡れたまま寝ていただろう」

「あれはついうたた寝しちゃって」

「ベッドの中にしっかり潜ってうたた寝か?」

「やだ、もう・・・そんな言い方しないでよ」


ねぇ、クラウド。
なぁ、ティナ。
あのね、クラウド。
あのな、ティナ。




軋む階段の上から闇夜に紛れて聞こえてくる、互いを呼ぶ甘い呼び掛け。
そして二人分の足音と、その甘ったるい声以外は無音だけの転がる空間。
その中で、噛み締めた自分の奥歯だけがやけに大きく聞こえる。
膜の張った鼓膜を突き破り響く、そのギリギリだかミチミチだかわからない歯軋りが非常に不愉快なのだけど、その不愉快の原因を垂れ流しているのが頭上を歩いているのだから仕方ない。
俺に非はないのだ。


(くそ、恋人気取りか!)


踏みしめた踊り場の床に強く踵を擦り付け、這い蹲った姿勢で階段に付いた両の手を握り締めた。

見上げた先には階段を登り切ったティナとクラウドがべったりと肩をくっつけ、暗がりの中に消えていく途中で。
まるで街中で寄り添って歩く、恋人同士の様なその姿に要らぬ嫉妬心が元気良く顔を出した。
見ていて非常に不愉快な光景だ。
会話に至っては不愉快通り越して鬱陶しい。

なんだその砂糖に塗れた様な猫撫で声は!
俺が塩振り撒いてやるから降りて来い畜生!

しかも当たり前みたいにティナの部屋に通ってるみたいな言い方腹立つな。
俺なんて一度たりとも入った事ないのに。
大体、なんでクラウドみたいなどうしようもない猫被りの猛悪無道な男がティナの部屋に入れて人畜無害その物な俺が部屋に入れないんだ。
招かれたって良いくらいなのに!

のしのしと四つん這いの体勢のまま階段を慎重に這い上がって二人の後を追いかけ、口の中だけで文句を垂れつつ、再びぬっと階段と廊下の境目に顔を出した。

廊下の壁に点々と備え付けられた灯りに照らされ、長く伸びる二人分の影。
薄暗さが強く残るその中でもしっかりと二人の姿を捉える事が出来る。
会話こそ聞こえないが、視力の良さには感謝だ。
二階の真ん中辺り、ちょうどフリオニールの部屋のすぐ近くでティナとクラウドが足を止めていた。

部屋の扉を開け中へとティナをエスコートしている姿は手慣れており、何とも紳士的だ。
そんな上品な振る舞い出来るんだなクラウドってば。
俺にはしてくれた事なんてないけど。
むしろあれが俺の部屋なら理由もなく確実に蹴り破られているぞ。

手軽に想像のつく惨状に胃の奥がつんつんと痛み、慰めるようにそっと手で擦った。
そうして、そんな想像しか出来ない上、虫以下の扱いの自分がなんだかとっても不憫に思えて苦い溜息を洩らしかけていれば、足元から木目を擦る様な微かな音が一つ。
這ったままの体勢で首だけを後ろへと捻れば、如何にも不審者を見る様な目付きでちびっ子オニオンがつっ立っていた。

「・・・」

大きな目玉を限界まで細め、幼い顔に似合わない皺の山が眉の間に盛り上がっているのがよく見える。
幼子独特の可愛らしい顔が台無しだ。

台無しにしているのが、まぁ俺かもしれないと言うのはとりあえず置いておこう。

「・・・」

元々、変に賢しらな部分があったり自尊心が高かったりで、愛嬌や無邪気とは縁遠い子供とは知ってはいるけれど。
流石にその顔はやめた方が良い。
子供はそんな顔しちゃいけない。

「・・・ティー、」

「いや、違うから。
これ、そういうんじゃないから。本当に違うから」

険しい顔をしたオニオンに「そんな顔すんなよ」って、年上の兄貴らしく言うつもりが、ほろりと出て来たのは己の沽券を守る為の言葉な訳で。
嫌だね、大人って。

「・・・僕、まだ何も言ってないけど」

そう言ってじっとりと粘着質な視線を遠慮もせずぶつけてくるオニオンに、俺はふっと小さく鼻から抜けるような笑いとも溜息とも取れないものを吐き出すと緩く首を振った。
その、少々小馬鹿にした仕草が気に食わなかったのか、ちびっ子オニオンの可愛らしい顔が更に険しくなる。

「何してるの、そんなところで」

階段の上で息を潜めては四つん這いになっている仲間に向かって、そんな言葉を投げ掛けなくちゃいけないちびっ子の心中なんて察したくもないけれど、これでも一応年上だからさ体裁は保ちたい。

「まぁ・・・ちょっと」

しかし言い訳は出て来ない。
少し休んでたんだ、というにはバランスの悪い場所だし。
大体四つん這いで休憩って、なんだそりゃ。

「・・・」

一通り足から頭の天辺まできつい視線を流したところでちびっ子は満足したのか、細く白いまだ筋肉もついていないような足を一段上に向けてあげた。
体重の所為なのか、それとも忍び足が得意なのかは知らないけれど、薄い板張りは僅かも唸らず。
階段をのぼって来るオニオンに実は密偵向きなんじゃないかと真剣に考え込みそうになったけれど、頭の上に乗っかったあの白いひらひらとした花弁を思わせる物体が階段と廊下の境目に出てしまいそうになり慌てて数段、滑る様に後退するとオニオンの頭ごと腕の中に抱き込んだ。

「ちょっ、なにして―」

「しぃー!!静かにしろってば!」

食い縛った前歯の隙間から発した些か力強い俺の声と、宛らブルドッグの様に鼻の上に刻んだ皺を携えた顔に恐れ慄いたのか、ちびっ子オニオンが一瞬体を硬く強張らせた。
そしてオニオンが固まったのを良い事に、頭の上に乗っていた帽子紛いのそのひらひらとした物をすぽんと抜くと、容赦なく階段の下に投げ捨てた。
仕方ない、此処で覗き見しているのがバレたら下剋上を起こす前に叩き潰されてしまうかもしれないんだから。

「頼むから、本当に」

切実に、誠実に。
子供相手にだって俺は真剣だ。
それが伝わったのかはわからないけれど、零れそうな程大きく見開いていたオニオンの目が徐々に狭まり、うんざりとした表情にかわっていく。

「・・・わかったから、手放してよ」

抱き込んでいた俺の腕をぺいっと引っぺがしたオニオンが縒れた服の前を直すと、階段の先と俺を交互に見遣った。
そうして俺が声を掛ける間もなく、同じ様に四つん這いの体勢のままぬぅっと階段を上り切った先の廊下へと僅かに身を乗り出してしまった。

俺と言えば、制止する為に伸ばした腕が宙で半端にぶら下がったままで。
あぁ、しまったと思う頃にはちびっ子オニオンが露骨に嫌な顔を晒して俺の方を振り返っていた。

「覗きなんて最低だと思わないの?」

そしてその言い草である。
声音同様に冷たい視線は、あの辛くも感動的だった四日間の信頼関係を打ち砕くには十分だったと思う。

「いや、だから違うんだってば」

「こんなところでコソコソしてて何が違うの?」

「た、たまたま・・・ほら、俺部屋四階だから!通り道だっただけなんスよ!」

「・・・」

「でも、なぁ・・・?あんなの見ちゃったら行くに行けないだろ?」

だから止むを得ず四つん這いで覗き見していたのだと、俺は被害者面でオニオンに訴えてみる。
実際、俺の様に後を付け回して覗き見をしていなかったとしても、あの二人のあんな場面に遭遇してしまったら誰でも思わず身を隠してしまうと思うのだ。

「だからって、覗き見なんて・・・」

納得がいかないのか、膨れた面のまま口を尖らせたオニオンが細い肩を僅かに下げた。
線が細い所為かそこに余計な哀愁が満ちる。

納得してくれた様にも聞こえるけど、でも覗きしてたっていうのは取り下げてくれないのなお前。

「でもさ、やっぱり俺が言った通りだったろ?」

「・・・何が?」

「クラウドがティナの事―、」

その先は言うな、とでも言いたかったのか。
オニオンの顔がちびっ子らしからぬ、般若の様な形相に変わった。

「ティーダはどうしてそんな風にしか二人を見れないの?」

やめてよ、不愉快だと。

言葉にこそ出さなかったけれど、ありありと見てとれた。
それは完全に二人を、というかクラウドを美化し過ぎて盲目動物になっている姿の様で何だか少し可哀想にも思える。
本当はそんな人間ではないのだと、ただの鬼畜生なのだと教えてやりたいが如何せんそれを伝えるだけの術もなければ言葉も持たない。
何より、崇敬の念でも持ってそうなこのちびっ子オニオンが盲目動物と化している時点で何を言っても信じるには値しないような気がして。

あぁ、悲しい。
まだこんなに小さな子供なのにあんなチンピラ紛いの男に騙されてしまってこの先どうやって生きていくのだろうか。
純粋無垢なちびっ子を騙す汚い大人クラウドは人の道がなんたるか、一度寺院を回って知るべきだろう。

「二人の事、そんな風に言わないでよ」

真っ赤な唇をいっぱいに噛み締めたオニオンの顔が赤い。
他人の事なのに、何故照れる。
もしかして初恋もまだなのだろうか。
初々しいったら。

「・・・悪かったよ」

毛程もそんな事は思っていないけれど、これもオニオンとの友情の為だ。
俺はぽんっとオニオンの頭に手を乗せると、俯きふるふると小刻みに震えて恥じらう少年の髪を掻き回した。


(でもなぁ・・・どう見たってありゃ恋してる男の姿だと思うんスよ俺)


オニオンの頭の撫でくり回しながら、そぅっと上体を伸ばしてまた廊下の先に顔を出してみる。
既に部屋に入ってしまったティナはそこには居ないというのに、クラウドは何時までもティナの部屋の前に佇んだまま。
そっと置かれたであろう手と額を、隔てられた扉に押し付けていた。

その焦がれ、祈る様な姿を慕情と呼ばず何と呼べば良いのか。

あまりにも俺の知っているクラウドからかけ離れ過ぎていて、何だか尻のあたりがむず痒くなる。
チリチリと、虫が這っていくような感覚に耐えられず俺はオニオンの手を引くと、物音を立てないよう慎重に階段を降り出した。

そこに、始め程のあの鬱陶しさも不快感もなくて。
代わりに、何だか見てはいけない物を見た様な後悔の様な気持ちだけが小さく渦を巻いて、いつまでの腹の奥の方に残っていた。




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