5年後の結末27
















「あー・・・、やっぱり散ってるなぁ」

濃い青空に張り付く白い雲。
高く昇っていく白はずいぶんと大きくて、もしかしたら入道雲かもしれないと一瞬そんな事が頭を過った。
子供の頃は大きく流れる雲を見ては妙な高揚感に襲われもしたけれど、大人になった今でも僅かにその名残があるのか少しだけ気持ちが浮ついたように騒がしくなる。

「でもまだ少しだけど、残ってるわ」

「じゃあ全部散る前にとっとと飯にしようぜ」

「ヴァン・・・君に足りないのは風情を楽しむ情緒だよ。
ほら、ティーダもボーっとしてないでそこのお皿取って」

そう言って、とんっと背中を一つ叩かれた事でぼんやりと見上げていた空から引き戻されてしまった。
少しずつ大きく育っていく雲の行方を見れないのが少し残念だと思う辺り、まだ童心は忘れていないのだろうか。

「これで良いんスか?」

「違う、そっちの紙皿の方だよ」

プラスチックで出来た色鮮やかな皿に伸び掛けていた手を一寸止めると、缶ビールが大きくプリントされたダンボールの横にまだ袋に入ったままの真新しい紙皿へと方向を変えた。
1ケース24本入りの筈のビールケースが4ケースも積まれているけれど、一体誰がこんなに飲むんだろうか。
内、2ケースは俺自身が言われるがまま買ってきたのだけれど。
僅かに首を捻り、紙皿の入った袋をばりばりと剥がしながらそんな事を考えた。



予定より少し遅れて、花見の誘いが来たのはほんの数日前の事。
毎年、皆で集まる花見を誰よりも楽しみにしていたティナから店に電話があったのだ。
「お花見、来週だって」と倉庫でそう俺に告げたティナを思い出すと、何だかもうずいぶんと昔の事に様に感じてしまうけれど。
広い公園の小高い丘の上にシートを敷いて、平日の真昼間から花見と称した宴会に励む社会人なんて俺達くらいじゃなかろうかと来る前は思っていたけど、そう思うのも毎年初めだけで、来てみれば意外と同じ様に宴会を始めている人も、シートの上で寝転がりながら酒を飲んでいるカップルもちらほらと居る。

その姿を見ると、あぁまだ花見の季節なのだと、既に青い葉が見えだしている桜の木ですらあまり気にはならなかった。

「やっぱりちょっと遅すぎたんじゃないか?」

たった今、気にならないと思った俺とは反対にしきりに上を見ては残念そうな顔をするフリオニールが小さく溜息を吐いた。

「ううん、そんな事ないわ。
だってほら、まだ全部散った訳じゃないし、それに花が落ちて一面絨毯みたいで綺麗よ」

「確かに綺麗だが・・・やはり満開時程の迫力はないというか・・・」

「もうどっちでも良いじゃん、ティナの手料理食えるんだから文句言うなって」

「僕だって作ってきたんだけど」

花を愛でる事より食を愛でたいらしいヴァンが、重箱の包みを焦った様に剥がしティナとフリオニールの会話に茶々を入れている。
一方クジャと言えば、何やらぶつぶつ文句を言っているがちゃっかり宴会用にと食事を作ってきたらしい。
俺の横でティナよりも大きな重箱の包みを細い指で丁寧に解いているその姿に、思わず笑ってしまった。

いつもと変わらない、いつもの面子で、年に一度の花見。
今年は諦めていて、もうこんな日は来ないのだろうと思っていたのに。
何事もなかったかのように当たり前に始まった恒例の行事を、今日程嬉しく思った日もないかもしれない。

「ティーダ、皿」

「はいはい」

ずっと手の中で遊んでいた紙皿をヴァンに催促されるまま手渡せば、紙皿ではなく腕を掴まれ思わず皿を落としかけた。

「お前なぁ、缶ビールでこの前の事チャラになるなんて思うなよ」

「なんスか」

「全く、こっちは置いてけぼり食らわされたんだからな」

「だからそれはちゃんと謝ったじゃないッスか。
それにビールでチャラにするっつったのヴァンの方だろ」

先日、飯に行こうと電話をもらったものの勝手に店を閉めていなくなった事をまだ怒っているのだろうか。
確かにあれは俺が悪かったけれども。
でもあの日は仕方なかったのだ。
ヴァンとの約束を放り出して行かなければ、今俺はきっとこの場所にはいないのだから。

「なんだ、お前等喧嘩でもしたのか?」

「どうせ残り一個の唐揚げをティーダが食べたとか何だとか、そういう意地汚い話しだろう?
僕達が気にする事じゃないよ。
さ、飲もう」

意地汚いという発言が引っ掛かったのか不満の矛先がクジャへと向けられそうになったが、缶ビールをクジャが手渡した事と重箱の蓋が開いて辺りに食べ物の匂いが漂った事でどうでも良くなったらしい。
ヴァンの不満そうだった顔が輝き、誰よりも先に割り箸を割ってさっさと食事に手を付け出してしまった。

「はい、これは君の」

割り箸と共に隣のクジャから手渡された缶ビール。
それを受け取るとクジャが少しだけ目を細めて笑った。

「・・・なんスか?」

「ん?別に」

常にない、そのクジャの労わるような笑い方が妙に居心地悪くて意味もなく咳払いをした。
居心地が悪いと思うのは、きっと地面の感触がシートから直に伝わっているからなのだと思いたいけれど。

「やけにすっきりした顔してると思って」

「なに、それ」

「おや、わざわざ口にして欲しいのかい?」

「・・・」

ぷしゅうっと、泡の弾ける音をさせて缶ビールを開けたクジャがふふっと今度は声に出して笑う。
頭上の桜の葉の隙間からまばらに落ちた影が光り、それがちぐはぐにクジャの横顔を照らした。
それがあんまりにも綺麗だったからか、それとも言われた言葉の意味をわかって恥ずかしくなったからか。

どちらかわからないまま俺はそっと視線を逸らすと、同じ様に指先で缶ビールの蓋を弾いた。

「回り道した甲斐はあったんじゃない」

緩く吹き抜けていく風に合わせてクジャの長い髪が揺られる。
それをそっと手で押さえているのが視界の端で見え、逸らしていた視線をもう一度クジャに向けた。

「君達、僕が思っている以上に不器用で愚かだったからね。
見ていて、いらない腹ばかり立てられたよ」

「・・・ひでぇ」

冷たい缶ビールに口を付け、一口飲み込めば舌から喉の奥にぴりぴりとした炭酸独特の痛みのような感覚が微かに広がった。

「まぁでも良いんじゃないかい。
二人で愚か者になれるなら、どんな結末だって」

わいわいと騒いで食事をしているヴァンとフリオニール。
その横で慈しむ様な笑顔で二人を見つめているティナ。
同じシートに座っているに、それがどこか遠くの景色のように感じてきゅっと目を窄めた。

「・・・おや、噂をすれば」

遠くの方でボールが飛んで行ったと騒ぐ大人達のやけに嬉しそうな声が響くのと同時に、「こっちこっち!」とヴァンが声をあげて叫んだ。

賑やかな笑い声を背に受けながら、ゆっくりと顔をあげれば暖かな日差しをたっぷりと含んだ金色の髪が視界に飛び込んで来た。
さくさくと歩いてくるその姿がスーツで、芝生を踏みしめる靴もまた革靴で。
何だか此処には似合わない格好だけど。

「ずいぶん遅かったなぁ、もう始めてるぞ」

「すまない、中々終わらなくてな」

「何だい、君はプライベートでも重役出勤なのか。
良い御身分だ」

「クジャ」

「はいはい、もう良いから。
クラウドも座って座って」

「邪魔する」

そう言って靴を脱いでシートに上がったクラウドが座る場所を探す前に、クジャがビール片手に腰を上げ今し方自分の座っていた場所を指差した。

「ヴァン、もうちょっと詰めて」

「何だよ」

「僕が座れないだろう。
クラウド、君はあっち行って」

シートの上に投げ出された紙皿や箸を踏まないよう、丁寧にその隙間を縫い歩いたクジャが無理矢理ヴァンの横に腰を下ろした。
暫く突っ立ったままだったクラウドも言われるがまま、先程までクジャの座っていた場所にゆっくりと歩いてくる。

クラウドが一歩、また一歩と近付いて来る度にシートからその振動が伝わって、思わず姿勢を正した。

「まだご飯いっぱいあるから、クラウドも沢山食べてね」

「あぁ、有難う」

ざりざりと音を立てて歩いて来たクラウドの足がすぐ横で止まって、そうしてそっと腰が落とされた。
座った拍子に肩がほんの少しだけ当たって、それに自分でも吃驚する程緊張して思わず俯いてしまう。

頬が熱いのは、きっとアルコールの所為だと思いたい。
誤魔化すように、もう一度ビールを口に含むと勢い良く流し込んだ。

「一気に飲むな、悪酔いするぞ」

缶に口を付けたまま、ちらりと横を見ればクラウドが此方を見て笑っている。
カァっと腹の底から込み上げてくる熱気は、やはりアルコールの所為だ。
動きを止めた俺の手から缶ビールをそっと抜き取ると、クラウドは躊躇なくそれを飲み始めてしまって。

言えば新しいの出したのにとか。
それ、俺の飲みかけだとか。

言いたい事は色々あったけれど、どれも言葉にはならないままアルコールと一緒に体内に溶けていってしまった。

「お・・・疲れ」

結局、出て来たのは小さな労りの言葉くらいで。
もっと違う事言えば良かったかもしれないと、すぐに後悔し始めた頃、

「あぁ、疲れた」

と、クラウドにしては珍しいその返事に今度はしっかりとクラウドの方へと顔を向けた。

「なに?」

あまりにもジっと見すぎていたのが気になったのか、ビールに口を付けながらクラウドが少し首を傾けてそう言った。
やけに気の抜けているようなその仕草に、さっきからじくじくと熱いままの腹が更に熱くなる。

「なんか、そういう事言うの珍しいなって」

早くおさまってくれないかと、手で腹を擦ってはみるがあまり効果はみられない。
どちらかと言えば摩擦の所為で余計に熱くなった気もする。

「お前と居る時くらい、肩の力抜きたいんだ」

「あ、そう・・・そうなんだ」

あぁ、駄目だ。
やっぱり熱いや。
ひくつく頬は嬉しいやら恥ずかしいやらで。

缶ビールをシートに置いたクラウドがスーツから煙草を取り出し、それに火を灯す様子を盗み見ては何度も心臓が大きな音を立てて騒ぐ。
どちらかが僅かでも動けば、互いの肩と腕が擦れてそれが余計に緊張を生み出しているような気がする。

傍に居るのだと、今隣に居るのだと。
ずいぶん長く離れていた当たり前が、今形を変えて俺の横にある。
それを幸福と呼べるのは、散々傷付け合って友達ではなくなった代わりに得た物があるからだろうか。
クラウドの口から吐き出された紫煙が頭上の桜の木に吸い込まれ薄らと消えていく。
馴染んだ匂いに昔は安心感をもらっていたけれど、今はとても騒がしい感情ばかりがむくむくと顔を出して、自分でもどう扱って良いのか対処に困る。

「隣町にな」

「へ?」

片腕を支えに、上体を少し後ろに倒したクラウドが空に向かって煙を吐き出す。
その体勢の所為でますます距離近くなって、慌ててつられるように上を向いた。

「桜の名所があるんだ」

「うん」

あの大きな入道雲は千切れてなくなってしまったのか、いつの間にか形も大きさもバラバラな雲が沢山青空の中を泳ぎ回っていた。

「来年、見に行こうか」

「・・・俺と?」

「お前以外の誰と行くんだ」

そう言ってクラウドがぎこちなく笑うから、俺もやっぱりそんな笑い方になって。
だけど、何だかそれが俺達らしくて俺は「うん」ともう一度頷いた。

「なぁ、クラウド」

遠くで寝そべっているカップルが腕を絡めたり耳元でこっそりと話している様は、なんとも気持ち良さそうだ。

「ん?」

「来年もさ、その次も、俺行きたいッス。
その桜の名所」

煙草を指に挟んだままのクラウドが、少し驚いたように目を開くもんだからちょっと照れ臭くなってしまう。

「そこだけじゃなくて、もっといろんなところも」

だから、どうせ同じ照れ臭いなら良いや。なんて。
そう思って、クラウドとの間に挟まっていた腕を後ろにやるとシートに付いていたその手に自分の手を重ねそっと握った。

少しひんやりとする、クラウドの手。
ずっとずっと、触れていたかった大事な手。

「5年先まで全部さ」

友としてではなく。
5年を経て変わった関係で。
これから見るもの全てを、その隣で感じたい。
きっと今までとは違う景色がそこにはあるんだと思うと、身に余るほどの切なさが湿った息と共に口から零れた。


「きゃっ!!」

「うわっ、すげぇ風!」


ぶわりと、突然湧きだした突風が人の隙間を恐ろしい早さで潜り走り抜けていく。
おかげで地面に積もった花弁まで竜巻のように舞い上がった。
反射的に目を瞑った俺の耳に「絶景だねぇ」なんて、クジャの暢気な声が聞こえ、それと同時に強く手を握られる感触がした。
瞑ったはずの目をそろりと開けば吹き荒れる突風の中、クラウドが泣き出しそうな顔をしているのが見えて。

あの夜の日のように、泣き崩れてしまうんじゃないかと一瞬そんな事が過ったけれど。

「5年なんて言わずに、その先もずっと」

「クラウド、」

「ずっと約束させてくれ」

握った手の強さはあの日よりもずっと強くて。
それは繋いだ手から伝わってわかるけれど。
その力の強さとは反対に、クラウドの瞳に弱々しい不安の色が見て伺えた。
それは決して手に取ってわかる未来ではない事を案じているのだろうか。

確かに先の事は俺にもクラウドにもわからないけれど。

でもきっとそれで良いのだ。
ゆっくり時間を掛けて互いに積み上げていくしか、先の確かな事を知る事は出来ないのだから。

そんな風に考えてしまう自分が居る事に少しだけ驚いて、少しだけ嬉しかった。

「約束、するッスよ俺も」

クラウド以上に強くその手を握り返せば、クラウドが緩く微笑んでくれて。
そのやけに幼く見えた顔に、言い様のない多幸感が沁み渡った。


「5年後も、その先もずっと」


一緒に。


最後に呟いた声は、二度目の突風に攫われてしまったけれど。
きっとクラウドには聞こえていたに違いない。

返事の代わりに落ちた柔らかな瞼が、そう俺に教えてくれた。














いままでを君と共に
これからも君と共に。


5年前も5年先も。
君を想う結末は、いつだって変わらない。









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end





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