5年後の結末25
人の数だけ、想いがある。
月日の数だけ、情が重なる。
想った時間は貴方へと。
重なった情は貴方へと。
5年後も、貴方へと向かう為に。
「ティーダ・・・」
弾かれた様に振り返ったクラウドの顔に、一瞬紫煙が纏わりついてすぐに散った。
詰め寄る事も出来ずに空いた、クラウドと俺の間にある妙な距離。
そこからでもはっきりと見える、クラウドの頬に付いた水滴に今度は俺が目を見開く番だった。
そして、その原因が自分にあるのだと知って堪らず俯いた。
クラウドは、気丈夫な人ではあったけれど決して強い人間ではない。
怖いものもあるし、恐ろしいものだってちゃんとある。
それでも涙を見せるような事をする人ではないと、どこかで勝手に思っていて。
だから彼が泣く時は、何か彼の心を陥れるような事があった時なのだと考えた事があった。
その、陥れる行為をまさか自分がしてしまう日が来るなんて。
強い悔恨の情に駆られ逃げる様に地に視線を彷徨わせていれば、足元に落ちている枯れた植物と頭上の桜の葉の匂いが鼻先を掠めて、乾燥した空気が上唇の曲線に沿って流れていった。
「何故、」
そこで言葉を切ったクラウドにつられるように顔をあげれば、店で見た時とは違う表情がぺったりと張り付いていた。
あの蔑んだ様な苛立った顔ではなくて、そこにあるのは困惑とも負い目とも取れる様な苦い顔。
決まりの悪そうな表情を更に崩したクラウドが、煙草を持ったままの手で親指を下瞼に乗せるとそのままグっと払う様に涙の痕跡を攫った。
形の良いその指を目で追い掛け、また視線をクラウドに戻せばきゅっと眉間に皺が寄っていた。
まだ、友人で居た頃はこんな顔をするクラウドに、俺は何て言っていたんだろうか。
友人として出来る事はきっと簡単で、この詰めて良いのか離れて良いのかわからない距離だって、あっという間に越えていけただろう。
でもそれが出来たのは友人という名前があったからで。
今はその名前を失くした。
俺達の今の関係に名前はないし、どれも曖昧で似合わない。
簡単に寄り添う事も、触れる事も出来ない。
だけど、それで良い。
友人でいた頃に出来ていた事が全部無くなってしまって、友人でもなくなったけど。
それで良いんだ。
戻りたいなんて、もう思わない。
あの頃に、戻りたいなんて。
俺は、望んでいない。
だって、こんな風に身動きが取れなくなって、埋め尽くされるような気持ちに付き纏われて、会えば忙しなくのたうつ、この暴風のような感情はもう友情とは呼べない。
クラウドへと向かっているこの気持ちは確かに、5年を経て動いた恋なのだ。
「終わりにしたいと、俺は・・・」
沈黙を切り取るように声を発したクラウドに、俺は一歩踏み出した。
掠れる事も、色褪せる事もなかった遠い思い出にしがみ付いて居た頃にはとても躊躇った一歩。
だけど、今なら越えて行ける。
(クラウド)
我儘も、身勝手も全部ぶつけた。
そうして沢山傷付けた。
取り返しなんてつかないくらい、傷付けた。
(俺は、)
だから二度と、会いたくないと一度は思った。
だから二度と、会えないと一度は思った。
(クラウドが好きッスよ)
それでも、忘れられなかった。
隣が空っぽの生活は、いつまで経っても寒いままで。
寒さが増す度、傍に寄り添いたいという気持ちは大きくなるばかりだった。
おかげでこんなにも遠回りして、こんなにも拗れてしまって。
「・・・俺は、もう」
「良いんだ」
気付いた時には、腕から全てが零れてしまっていた。
それらを取り戻す事は、恐らくもう出来ないだろう。
始まりのあの日と同じ物は、きっと
「終わりで、良いんだ」
先程よりも近付いた事に、クラウドは何も言わなかったけれど。
ぎゅっと細めていた切れ長の目が、薄らと見開かれていた。
その表情に、俺は少しだけ笑うとクラウドの指に挟まったままじりじりと短くなっていく煙草に手を伸ばした。
白くて、長い、形の良い爪を乗せたその指からそっと煙草を奪うと、爪の硬い感触が皮膚を引っ掻く様に刺激する。
驚いたのか、クラウドの体が小さく揺れたのが見えて俺はまた笑うと煙草を地面へと落とし火種を靴の底ですり潰した。
「これで、終わりにして良いから」
真っ直ぐ見上げたクラウドの輪郭が、少しぼやけて見える。
下瞼の上に積み上がっていくものを決して零したりなんかしないようにと、頬を押し上げ笑う度、口角が引き攣りふるふると痙攣を繰り返す。
それは笑おうとすればする程大きくなって、顔の皮膚全体にまで広がる様だった。
「・・・俺、クラウドの事がずっと許せなかった。
友達だって思ってたから。
裏切られたって、騙されたんだって。
あの日からずっと、そう思ってた」
「・・・」
「本当は、もっとちゃんと考えないといけない事沢山あったのに。
どうして良いか、ずっとわかんなくて。
何で俺がこんな思いしなくちゃいけないんだって、いっつもそればっかり考えてた」
「・・・それは、」
あの頃の俺は、本当に自分の事ばかりで。
向けられる沢山の物に両手で視界を遮る事で逃げていた。
だからこうして、大事な物を取り零してしまった後にならないと、それが大事な物であったかどうかさえわからなかった。
情けない話しだけれど、もしもあの時クラウドが笑って冗談だと言っていたら、生まれたばかりの自分の気持ちにもずっと気付かなかったかもしれない。
「でも同じくらい、後悔もしたんだ。
段々クラウドと離れて、会う事も出来なくなって。
これで良かったんだって思ってたのに、ずっとクラウドの事ばかり考えるし、言いたい事は増えるばっかりで・・・」
靴底で擦り潰れた煙草の匂いが、足許から風に混じって昇ってくる。
その苦い香りを鼻いっぱいに吸い込んでは、何度も強く手を握った。
「そんな事ばっかり考えてたら、会いたくなって、顔見たくなって。
クラウドの会社にまで、俺行った事もあったんだ」
寒空の下、クラウドを待っていたあの夜。
もしかすると、あの時よりずっと前から俺はクラウドが好きだったんじゃないだろうかと、そんな気持ちさえ芽生えてくる。
俺を凝視したまま固まっていたクラウドの眼球が微かに揺れ動いた中で、ぼんやりとそんな事を考えた。
「クラウド、」
その瞳を見つめたまま、もう一度口の中でその愛おしい名前を呼んだ。
「俺、クラウドが好きだ」
いつから生まれた気持ちなのか、明確にそれをクラウドに伝える事は出来ない。
だけど、知って欲しいのだ。
自分の中に確りと存在し、クラウドへと直走るこの気持ちを。
「だから、」
ゆっくりとクラウドへ手を伸ばし、暗がりに映えた白い手をそっと握った。
振り払われても良い、そう思って取ったクラウドの手は僅かもその気配を見せず、ただただ青の瞳だけが不安定にぐらぐらと動くばかりだった。
少し湿って温いその手に自分の体温を分ける様に重ねると、そこからじんわりと暖かさが広がり急激に瞼の裏側が痛んだ。
「終わりで、良い」
「・・・ティーダ」
「今度は」
吹き荒れる風に流される桜の花弁が髪の毛に纏わり付き、砂塵の様に舞い上がった。
「今度は俺が・・・5年、待つから」
落として仕舞わない様にと、必死に押さえていたのに。
言葉にするだけで、簡単に涙が吹き出してきた。
視界がごわごわに滲んで見えなくなっていく中で、それでも握ったクラウドの手だけは絶対に放さない様にきつく、両手の中に閉じ込めた。
「クラウドが・・・想ってくれた5年と同じだけ・・・っ、俺も待つから」
どんな気持ちで5年を想っててくれたのか、これから始まる俺にはわからないし、今クラウドと同じ物を持っているという自信もない。
だけど、好きで愛おしくて。
待つ間にクラウドが俺を見てくれなくなっても構わない。
他に誰か、好きな人が出来ても構わない。
どんな覚悟だって、出来ている。
だってきっとこれから先、信じられないくらいこの気持ちは大きく育っていくんだとわかっているから。
「だから、好きで・・・いさせて欲しい」
5年後、貴方へと向かう気持ちは。
今よりもずっと鮮やかで、温かくて、優しい。
確かな恋になっていると、約束するから。
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