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拝啓、天国の母さん。


今日も長い長い、奴隷生活が続いています。
俺は元の世界に帰る前に、心身共に疲れ果てそうです。

母さん、俺はまだ自由の身にはなれそうにありません。














「えっ、」

ふわふわと、鼻先を湿らせては上がる緩い湯気の中。
思いがけず掛けられた言葉に、カップの中の液体を啜る筈だった手が止まった。

「どうかな?」

俺の向かいに座り、同じ様にカップを手に小さく首を傾げてみせたティナに息を飲んだ。

今は真昼間で、此処は宿の広間で。
そうして俺はテーブルを挟んでティナとお茶をしている訳だけど。
平素からそんな不埒な事や疚しい事を考えているわけじゃないんだけども、遠慮がちに首を傾げ大きな瞳で見上げられて、質問の内容が頭から吹き飛んで興奮にすり替った。

身も蓋もない言い方だけど、真面目に興奮した。

「私って何だかタイミング悪くて。
誘おうと思った時にはもうティーダ他の人と出掛けちゃってたりしてたから、声掛ける事も出来なくて。
それに・・・なんだか、」

ちょっと恥ずかしかったりしたっていうか。
なんて続いた言葉に、俺ってばまた興奮した。
まさか、まさかあのティナが俺を見て恥ずかしそうに頬を染めて、チラチラと視線を寄越してくるなんて。
眉をハの字に下げて、しきりにカップの中身と俺を交互に見遣るその姿に、正常な男ならだれだって気もそぞろに決まっている。
カップの中身である淹れたての茶がどうとかそんな事はとう消え去り、代わりにあらぬ妄想がじわじわと血中を伝って頭の中全体に広がっていく。

決して不埒なあれやこれではないけれど、いや似ているけれども。
あぁ、生きてて良かったと幸福感から尻が浮き上がり口角が緩んで妙な笑いが顔に張り付きかけた時、すかさず足の指にぎゅうっと硬いものが押し付けられ、その痛みにカッと両目を引ん剥けば、淡い妄想は塵の如く消え去った。

「それで、クラウドに・・・」

ね?と。
ティナが隣の男を伺うように見遣れば、男もまたその視線に答える様に目尻を下げて軽く頷く。
まるで二人だけの密事の合図かのようなそのやり取りに、無意識に奥歯がミシリと軋んだ。

「一人では中々切り出せそうになかったからな」

「ごめんね、私ちゃんと言えるかどうか心配で。
もし断られたらどうしようって、そればかり考えてたら緊張しちゃって」

「俺が居てもあまり変わらないんじゃないか?」

「ううん、そんな事ない。
クラウドが居てくれると、私凄く心強くなれるの。
真っ直ぐ、しゃんとしていられるっていうか」

「大袈裟だ」

うふふ、あはは、と肩を寄せて笑い合うティナと男。
基、クラウドという暴君が穏やかな午後の昼下がりにカラカラと声をあげて笑っている。


(なんスか・・・これ)


いやね、何かおかしいと思ったわけよ俺も。
さっきからっていうか、広間に呼ばれた時からずっと視界をティナだけに定める様にしていたけど、隣のクラウドが目に入らなかったわけじゃないんだ。

チラッチラ鬱陶しい金髪が蚊みたいにぶんぶんと遮っていたけどね、俺気にしない様にしてたわけで。
目の前に居る人間を無にするっていう高等技術は持ち合わせてないから、これでも結構神経使って頑張ってたんだけど、此処に来て存在を主張するか。

しかもなんだ、ティナと異常なまでのその親しさは。
近いからちょっと離れろよ、女の子にそんなに接近してアンタ実は結構むっつりだったりするのか。

くっそ、俺だってそんなに密着したことないのに!

食い縛った奥歯が更にミチミチと音を立て出した頃、すっかり忘れていた足にまたぎゅうっと強い力が加わり、曲がりかけていた背がピンっと真っ直ぐ張った。
優しくティナに向けられているクラウドの弧を描いていた瞳が薄らと開き、濁っている癖にやけに鋭い眼光がその隙間から俺を射抜いた。

「で、どうするんだティーダ」

本当に数瞬だけチラリと顔を覗かせたそれは瞬きの合間に消え失せ、穏やかに微笑む顔に戻っていた。

「どうって、」

「でもティーダにも都合はあると思うし・・・。
無理、しなくても良いから」

そういえば、最初にティナに何言われたんだったっけか。
ティナの可愛らしい姿にうっとりと鼻の下伸ばしていてすっかり忘れてしまったけれど。

「せっかくティナが誘ってくれたのに、行かないわけないだろう」

「う、っぐ・・・!」

ぎゅううっって。
一層強く、グリグリと擦り捩じる様に足に重みが加わって思わず喉から唸り声が飛び出した。

さっきからアンタ、俺の足踏んでるんだけどそれってわざとだったの?
ねぇねぇ、わざとなの?
凄く痛いんだけど!

「行くよな、ティーダ」

にっこりと。
それはそれはもう腹立つくらいに綺麗な笑顔をクラウドが惜し気もなく俺に向ける。
笑った拍子に少しだけ傾いた顔に合わせて、柔らかな金色の髪が額を滑り横髪はふわりと空気に乗って軽く揺れた。
きっと窓からの日差しの所為だと思いたいけど、透ける金色の髪に白い肌が映えそこに落ちた睫毛の影や長さが更に際立って繊細な雰囲気をより駆り立てる。

元々、中性的な顔立ちだって知っているけどこんな風に笑顔を向けられた事が本当に久し振り過ぎて、ティナの笑顔以上に生唾を飲んだ俺はきっと正常だと思いたい。

「あ、えっと」

耳の裏側からじゅっと溢れてくる唾液を何度も嚥下する音とクラウドの笑顔、それから容赦なく踏み続けられる足。
大体、何の話しだったか覚えてないんだけど俺の顔は、自分でもわかるくらいにちょっとニヤけていた。

別に足踏まれてんのが嬉しい訳じゃない。

「じゃあ・・・行こう、かな」

「本当?」

いや、もうこの際何処だとか何の話しだったとかどうでもいいや。
目の前でティナが溢れんばかりの天使の笑顔を振りまいて、あのクラウドが人格の矯正でもしたかのように笑っている。

「良かったなティナ。
ティーダも、突然だったのに聞いてくれて感謝している」

あぁ、なんてこった。
性格まで治ったのかアンタ!
なんだその慎ましく腰の低い姿は!

あの二重人格・・・ではなくてひん曲がり過ぎて手の付けようのなかった暴君からは想像もつかないけども。


(どうしたんだろう、なんか悔い改める気にでもなったんスかね)


たった一回の笑顔で、今まで俺にしてきた仕打ちをまるでなかった事にでもさせようとするその粉砕力に抗う事など出来ず、クスクスと笑い合う二人を見つめては俺はだらしなくもヘラヘラと笑って顔を緩ませた。

「じゃあ、出立は明後日で。
宜しくなティナ、ティーダ」

改めて挨拶をする事が妙に照れ臭いのか、クラウドの白い頬にほんのりと桜が色付く。
あぁ、もう話しの内容なんかわからなくてもどうでも良い気がしてきた。

クラウドが、あのクラウドがとうとう改心したのだ。
俺にこんなに柔和な微笑みをくれるなんて。


(これで奴隷生活ともおさらば・・・っ!)


テーブルの下で握った拳は歓喜の証。
漸く戻ってきた平和に、これからの安寧の日々に馳せては心が躍った。


(・・・でも足、踏んだままなんだけど)


ま、良いか。
きっと俺の足が長いからちょっと邪魔だっただけなんだ。
何たって俺ってば慈悲深いからね。
これくらいでグチグチ文句言ったりしない。


笑い合うティナとクラウドの話題に何一つついてはいけない中、適当に一緒に笑い合ってはこの穏やか過ぎる空間に酔いしれた。

















***











「はぁ、」

チラリ、と妬ましくも見える視線を向けては溜息を一つ。
ちょっと大袈裟過ぎやしないかと思うくらいに、息を吐き出す音は大きい。
実はわざと聞こえるようにやっているんじゃないだろうかと思ったりもしたけど、目の前のちびっ子は俺になんか目もくれてないのだから、悪意はないのだと信じたい。

「はぁー・・・」

胡坐を掻いた足に肘を乗せ、傾いて倒れそうな顔を手で支えながらまた溜息を一つ。
自分もまた同じ様な体勢でそれを眺めていると、したくもない溜息が移りそうだ。
平素ならば、こんなだらしのない体勢で溜息なんか吐いて居たら「みっともない」と横目で睨みつけ咎める立場にいるだろうに。

先日、四日の苦しい旅路を共にしたあの勇ましくも果敢であった彼の姿は今、どこにも存在していない。

「・・・はぁ、」

もう何度目かわからないその溜息に突っ込んではいけないと思いつつも、鬱陶しいからもう突っ込んでしまいたいという葛藤が自分の中で小競り合いを続け、とりあえず我慢をしていれば自然と胡坐を掻いた足が貧乏揺すりを始める。

ぶるぶると、一定のリズムで振動を繰り返す俺の足にちびっ子の溜息。

おかげで、このどこまでも続いていそうな果てのない青空に、穏やかな風に乗って木々の青臭さが淡く広がる何とも素晴らしい場所は、溜息と貧乏揺すりでぶち壊しも良いところだ。


(あぁ、もう)


ただ、ぶち壊しの原因を作っているのが俺達だけとは限らないのだけれど。

「はぁ、」

もうこの世の終わりだと言わんばかりの哀愁めいたその歎声に、元来忍耐強くない俺は千切れかけていた我慢と辛抱を殴り捨て、ガシガシと両手で頭を掻き毟ると喉の奥から苛立ち紛れの声をあげてしまった。

「あーっ!もう!」

こういうな、無言の訴えっていうのが一番面倒臭いんだ。
はぁ、とかはぁ、とか息ばっか吐くな!吸え!

「なんスかさっきからはぁはぁはぁはぁ言ってさ!」

いつもは妙に小理屈だったり、頼んでもないのにベラベラといらない知識ばかりひけらかしているじゃないか。
そのよく喋る口はどうして今日に限って溜息しか出さないんだ。

「言いたい事はちゃんと口にするッスよ!」

前のめりになりつつ、その小さい両肩を掴んで揺さ振る。

あ、唾飛んだ、ごめん。

さり気無く頬に飛んだ自分の唾を拭い取り、また揺さ振る。

「だって・・・」

されるがままに揺らされていたちびっ子、オニオンは荒んだ瞳を俺に向けて口をもごもごと動かしている。
あんなに純粋で無垢だった瞳が汚れかけている、なんと嘆かわしい事だろうか。

「だってあの二人ずっとあんな調子だし・・・」

淀んで底の見えない湖のような目玉が訴える様に横に流れて、小さく赤い口が不満だと言わんばかりに尖った。

オニオンの妬ましい視線の先には、足元から生える色鮮やかな花達に埋もれて仲睦まじく戯れ合うティナとクラウドの姿。
髪留めを外したティナの長く艶やかな髪をクラウドが何度も丁寧に梳いては、時折吹き荒れ宙を舞う花弁を指差し笑い合っている。
実に温かそうで、多幸感に満ち溢れた空間は最早二人だけの世界に等しい。
探索の合間、休憩がてらにと選んだ場所は二人にぴったりだ。

一方、俺とオニオンときたら。
二人から僅かに離れた湿った木陰で薄ら寒い風に晒されている。
陰鬱とした空気にべったりと肌に纏わり付く様な湿り気。
風に乗って舞うのは花弁ではなく、枯れ葉や虫で、ちょっと埃っぽいくらいだ。
そりゃあ、やさぐれて妬ましい視線を送ってしまっても仕方ない。

なんて思うと、ちびっ子オニオンの年齢で目玉が汚れてしまった事に心底同情してしまい、肩を掴んでいた手放すと代わりにそっと抱き込む様に片腕を回した。

「そんな顔すんなよ、俺まで悲しくなってくるじゃないッスか」

「だって、」

お前なんか良いよ、まだマシだって。
大好きなティナがクラウドに独り占めされてちょっと嫉妬してんだろ?
良いじゃないッスかそれくらい。
普段からティナの周りちょろちょろしてても誰からも咎められないんだからさ。
それにまた宿に戻ればティナに可愛がってもらえる生活に戻れるんだと思えば、ほんのちょっとの辛抱じゃないか。

「行きたいなら行って来いよ」

回した腕で、オニオンの細っこい肩をポンポンと叩く。

「ティーダ・・・」

そうだ、お前はまだマシなんだよ。
俺なんて、俺なんて。


(・・・騙されたんだぞ・・・)


わぁわぁと頭上で騒ぐ木々に揺られて、オニオン以上に妬ましい視線を二人に向けた。
艶やかな景観の中、何の違和感もなく溶け込むようにティナの髪を結っているクラウド。
それを嬉しそうに目を細めて待っているティナ。

あぁ・・・嘆かわしい・・・。
オニオンの瞳が汚れた事よりも嘆かわしい。


(騙された・・・)


嘆きの渦の中、数日前のやり取りを思い出してぐすぐすと鼻を啜った。

ティナが俺に話していた内容が、クラウドとオニオンを交えた探索だったという内容で、それを承諾してのこのこ此処まで付いて来た事が悲しかったという訳ではない。
それはそれで別に良かった。

何たってティナだ、俺の天使だ。

勿論スコールだって俺の天使だけど、やっぱりティナは格別だ。
そのティナたってのお願いという言葉に、内容が何であれ嬉しくないわけがない。
オニオンだって、先日の四日間の死線を彷徨う探索を共にした戦友だ、勿論嬉しい。

問題は、クラウドなのだ。

はっきり言って、俺は懲りない質だという事をまざまざと実感した。
同じ事を何度もするし、何度も騙される。
クラウドにだって、しょっちゅう同じ事言われていたのにまた俺は騙されたのだ。

言った本人のあの笑顔に。


(くっそ、くっそ腹立つ!)


そうだ、何を隠そうクラウドは性格が悪い。
もう悪過ぎで最近じゃあ一体何処ら辺がどう悪いのか具体例をあげる事も出来ないくらい。
もしかしたら存在自体が悪いんじゃないかとも、昨晩の野営の番で一人悶々と考え抜いた事は記憶に新しい。

だからあの笑顔に騙された。
優しい言葉にも騙された。

なんて事は無い、クラウドはやっぱりクラウドのままだったのに。


(今思い出しても腹立つぅ・・!)


出立してから今日まで、クラウドのあの慈悲に満ちた小奇麗な笑顔と紳士な姿勢は全くと言って良い程崩れない。
オニオンが躓きかければさっと手を差し伸べ、ティナが寒いと言えばさっと掛け布を取り出し、二人の先頭に立って二人が困らない様に、二人が探索をしやすいようにずんずんと進んで行く。
その姿は勇ましく勇敢であり大層頼りがいのあるものに見えるのだろうが、最後尾でいつの間にか荷物持ちと化していた俺からすればやはりただの暴君であった。

二人の前では優しく聡明で、小さな虫にですら温かな情を向ける面をしておきながら、俺には相変わらずの仕打ち。
三人分の荷物を抱えた俺に同情なんてするはずもなければ、野営の番だって当たり前のように俺一人。
こっそり覗きに行った天幕の中、三人が川の字に並んでスヤスヤと眠る姿は今思い出しても涙が出て来る。

宿で見た、あのちょっと照れ臭く頬を染めていたクラウドは何処にいったのか。
感謝するなんていったあの優しさは一体いつになったら出て来るのか。

「何言ってるんだ、荷物持ちが欲しいから呼んだに決まってるだろう」

阿呆か。と、道中にっこりとも笑わず囁いたクラウドに、踏まれた足の痛さが蘇ってきてまたぐすぐすと鼻を鳴らした。


(俺ってばどんだけ人が良いんだ・・・!可哀想な俺!)


オニオンの肩を抱いた腕とは反対の手でパチンと口を塞ぐと、うっと出もしない涙の代わりに嗚咽を漏らした。

「ティーダ、大丈夫?」

小さな手がそっと、口を塞いだ俺の手に重ねられた。
萎んでいた目を開けば、オニオンが大きな碧色の瞳を不安定に揺らしながらじっと見詰めてくる。

あぁ、さっきはお前のこと小理屈だとか思ってごめんな。
俺とお前は戦友だったよな。

「大丈夫ッス」

でもお前、頭キレる割にはクラウドの性格に騙され続けてるんだよね。
もうちょっとこう、見る視点変えて気付いてくれても良いと思うんだけど。

「それよりオニオン、あっち行きたいなら行って来ても良いんスよ?」

すっかり道中でのクラウドの仕打ちを思い出して叩きのめされていたけど、今はオニオンの溜息を救うのが優先だ。

悲しむのはちょっと後にしよう。

「・・・うん、でも・・・」

「そんなに溜息ばっかり吐いてるくらいなら行って来いって」

俺は行かないけど。
絶対行かないけど。

「二人の邪魔になるかもなんて子供が余計な事考えるんじゃないッスよ」

「僕は子供じゃない!」

キッとそんなところにばかり過剰に反応するのが子供なんだぜ全く。
何ともその可愛らしい反応に俺は少しだけ笑うと、またオニオンの肩を軽く叩いた。

「いやね、わかるッスよ?
あんなふわふわした桃色の空間に飛び込むと後が怖そうだし」

今回の探索で初めて知った事が一つだけある。

それは、クラウドがティナに対して異常なまでに優しいということだ。

いや、俺以外には優しいけど。
自分で言ってて虚しくなるけど、俺以外には本当に優しいのだ。
オニオンにだって、まるで兄弟のように世話を焼いているし。
俺にはしてくれないけどな!
むしろ俺の事は馬車馬か何かと勘違いしているんじゃなかろうか。

いや、まぁそれはとりあえず置いといて。

その中でもティナには殊更優しいのだ。
女の子だからっていうのもあるのかもしれないけれど、そこを抜きにしたって優しい。
掛ける声も、表情も、全てがまるで別人の如くだ。
まるで宝物でも愛でる様なその優しさが俺には怖くもあり、また不可解でもあった。

だって、あのクラウドだし。

「怖い?何言ってるのティーダ」

「へ?」

「僕は別に二人の邪魔になるかもだなんて考えてないよ」

先程までの不安定な空気は何処へやら、急に大人びたように真っ直ぐと顔をあげたオニオンの横顔がなんとも男らしくて一瞬ときめいた。
お前ってば結構格好良いのな。

どうにかして邪魔してやりたいと、道中目論んでいた頃の自分が恥ずかしいね。

「ただ僕は、その・・・羨ましいなって、」

「羨ましい?」

仄かに目元に朱を乗せたオニオンが小さく頷き、剥き出しの脛に指を滑らせた。

「クラウドに、あんな風に髪結ってもらえて良いなって」

細い、まだ育ちきれていない幼さの残る指が、脛毛も生えていない足の上を何度も滑っていく。
後十年もすれば、オニオンも俺の親父のように立派な密林を足に生やすのだろうか、なんてどうでも良い事で頭の中身をすり替えようと防衛本能が働く。

「ティナに髪結ってもらうのも好きだけど、クラウドに結ってもらった事ないから。
あんな風にしてもらえて良いなって思っちゃったんだ」

笑わないでね、とオニオンは言うけどだれが笑うもんか。

むしろ気持ち悪い、それは気持ち悪い。

オニオンの目元の朱が尻にまで広がり、うっとりとした視線がティナとクラウドに向けられる。
おいやめろよ、その初めて恋に落ちた生娘みたいな反応!

「ク・・・クラウドが、良いんスか・・・?」

おかげで声が一瞬裏返った、畜生格好悪い。

「だって・・・クラウドは僕の目標だもん。
あんな風に優しくて、強くて、格好良くなりたいんだ。
だからクラウドに結ってもらいたい。
憧れの人に何かしてもらえるのって、嬉しいからさ。
勿論、ティナにもしてもらえたら嬉しいには変わりないよ」

眩暈のするような言葉の数々に慄いた。
まさか、オニオンがクラウドを尊敬していただなんて。
いや、もうその年齢に似つかわしくない恍惚とした表情から察するに尊敬ではなく崇拝の域だ。

「良いなぁ・・・」

良くない、何一つ良くない。
正気に戻れオニオン。

あのクラウドだぞ、人を犬畜生みたいに扱う事に何の躊躇いもない、あのクラウドだぞ!

「・・・お、俺は断然ティナが良いッスけど・・・」

全力でティナをお勧めするね。
あの細くて柔らかい指で髪を梳かれたらどんなに気持ちが良いだろうか。
むしろ尊敬するなら、女性の身でありながら強く気高く、しかし聖母のような慈愛に満ちたティナを尊敬するべきだ。

「ティナの事だって、僕は勿論尊敬してるよ。
僕なんかよりずっと強くて芯の強い人だ。
そういう意味ではクラウドとティナって、ちょっと似てるんだよね」

やーめーてー。
何言ってるのお前。

聖母と暴君が同じ天秤に掛けられるわきゃねぇだろ!しっかりしろ!

「いや・・・似てなくね?全然似てなくね?」

「ううん、似てる」

駄目だ、オニオンってばもう感化され過ぎてる。
お前ってば利発な子なんだから、物事の本質を見誤ったりなんかしちゃいけないんスよ。

「だからクラウドもティナも一緒に居ると、凄く穏やかなんだ」

その、まるで二人が情緒不安定みたいな言い回しもやめないか。
クラウドは兎も角、ティナ普通の精神もった女の子だぞ。

「・・・あのさ、さっきからずっと気になってたんスけど」

「なに?」

「クラウドって、ティナにはいっつもあんな感じなんスか?」

「あんな感じ?」」

「その、何か妙に優しすぎるっていうか」

大凡、自分の扱いとはかけ離れ過ぎた接し方に今更妬ましさなんて物が毛ほども出てこないけど。

だけども、何だか納得がいかない。

「優しすぎる・・・?そうかな、クラウドは誰にも分け隔てなく優しいよ」

そんな馬鹿な、俺には優しくないぞ。

クラウド達の方へ視線を向けたオニオンにつられて俺もそちらを見遣れば、タイミングを図ったようにクラウドとティナが此方に向かって手を振っていた。
離れた距離からでも目視出来る、ティナの結われた髪に巻き付いた可愛らしい花達。
そうして、クラウドの横髪に刺さった花。

後者は別に見たくなかったです、はい。

「なぁ、もしかしてさ。
クラウドって、ティナの事好きなんスかねー・・・」

いや、俺もティナは好きだけれども。
橙色の花がクラウドの髪の上で揺れ踊る。
遠目で見る分にならば、害のない二人・・・いや一人のその絵面にぼんやりとそんな事を口にした。

「っ、!そ、そんな事あるわけないでしょ!」

別にそう言う意味で口にした訳じゃないのに、オニオンってば顔真っ赤にして俺を突き飛ばしちゃってさ。酷い。

「何怒ってんスか」

「ティーダが変な事言うからでしょ!」

「いや、ティナの事オニオンだって好きだろう?
だからクラウドだって、」

「やめてよ!クラウドの事そんな風に言わないで!」

むくっと立ち上がったオニオンが熟れすぎて落ちかけの果実のような顔をしたまま、脱兎の如く走り出した。
何をそんなに動揺しているのか、走り去るその小さな体が何度も転びかけている。

実に可愛い。

「そんな風に否定されると、色々疑うんスけど」

むくむくと芽生えてくる、ティナへのクラウドの感情。
俺だってティナは好きだけど、別に恋愛感情が云々ではない。
いや、機会があればそっち方面になだれ込むのも有りだとは思うけれど。
だけどクラウドのティナへ向ける感情は些か俺とは違う気がする。

だって、クラウドとティナにあんなに優しいじゃん?
興味ないねが口癖の男が、せっせと尽くしてるんスよ?
見返りも要求しないで、献身的に。

それって、おかしくないスか?

「うーん・・・」

大体、この探索の誘いの時だってそうだ、あんなに愛おしそうにティナ見つめちゃって。
誘うくらいならクラウドが俺に言付けても良いのに、ティナからの頼みだったから断れなかったんだろうか。
それに今回珍しく俺に必要以上に構って来なかったし。
いつもならこき使って約束がどうたらとか言う癖に、俺の事なんて眼中にないと言わんばかりにティナに付き添っていたし。

しかも、道中俺がティナ近寄るのを以上に警戒していたのは何でだろうか。


(あれ、なんかそれって・・・)


探れば探る程、一直線に繋がるクラウドの好意。

「うわぁ・・・思い当たる節ばっかじゃないッスか」

オニオンがあんなに顔真っ赤にして否定してたのは、二人の間にある何か特別なものを感じとっていたからかもしれない。
ああ!そうなると、ティナが可愛らしく俺にお願いしてる時に足踏んだ事だって妙に納得出来る!
あれ嫉妬か、そうか!

沢山の考えが全て同じ出口に繋がっていくと、ティナの事が単純に好きだというクラウドの気持ちに恋愛感情という素敵オプションが見え隠れしてくる。

「ふーん・・・なるほどね、そういう事ッスか」

俺は湿った木陰で一人腕を組んで、にたりと笑った。
別にそうだと誰かが言ったわけじゃないけれど、確信に近い物を感じる。

クラウドはティナに恋焦がれている。
間違いない。
こういう色恋沙汰には目敏いんだ、俺の目は誤魔化せないぞ。

あの暴君が、聖母に恋心を抱いているのだ!
身の程も知らずに、自分の性格の悪さすら棚にあげて!

「くっ・・・・ふは、」

その淡いんだか図々しいんだかわからない恋心に気付いてしまい、堪らず笑い声が零れた。
だってこれが笑わずにはいられない。
あの、あのクラウドがだ。
人の恋心を笑うとは何とも性格の悪い事だと思うけど、クラウドなんだから関係ない。
第一性格の悪さでいうならクラウドの方が遥か彼方、雲よりも上にいるんだから。

「くくっ、はは」

笑いが漏れ続ける口をを軽く手で押さえ、未だに花の海で談笑を続ける二人を見つめてキュっと目を細めた。


(覚悟しろよ・・・)


忘れもしない、たかだか一度の約束ごとで俺を奴隷のように扱った今日までの仕打ち。
しかも約束事と言う名のお願いは未だ残されたまま。
人畜無害な顔をしては暴力に物を言わせるその横柄通り越した暴君の様!

それも今日限りだ。
いや、明日になるかもしれないけど。
どっちにしたって今回限りだ!


(アンタのその恋心・・・)


俺が逆手に取って、下剋上を起こしてやる。

「俺ってばラッキー・・・」

これも日頃の行いだ。
元の世界に帰ったら寺院を巡って感謝を伝えよう。
エボンの賜物って凄い。

「はは、」

一体どんな顔をするのやら。
精々ばらさないで下さいと足元に縋り付けば良い!
そうして今日までの自分の性格の悪さを呪うが良い!


何の確証もない事に一人勝手に思いを膨らませ、ふははと気持ちの悪い笑みを零した。




見てろよクラウド・ストライフ。


今度助けてと叫ぶのはアンタの番だ!













拝啓、天国の母さん。


冒頭の心の中の手紙、あれなかった事にして下さい。
どうやら長い長い奴隷生活に漸く終わりの兆しが見えました。


母さん、俺は晴れて自由の身になれそうです。









=====

弱み、握りました。





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