5年後の結末19










心のどこかに、少しだけで良いから俺が居たらいい。
そうしたら終わらせなんかしないから。
何回でも頑張るから。

だから、行かないで。


好きだと気付いた気持ちを捨てたくないんだ。














「最悪だね」

「うん」

「君、これが一体誰に贈る為の物なのかわかってて作ったのかい」

「うん」

「最悪だよ」

俺の隣で腕を組んだまま、重い溜息を洩らしたクジャが「最悪だ、最低だ」と何度も繰り返す。
そんな事、何度も言わなくたって俺が一番よく知っているのに。
目の前の作業台に置かれたスタンドフラワー。
白を基調とした其処には、夫婦になる顔も知らない客の事なんてまるで考えないで選んだ花ばかり。

連日、一人店に残って思考錯誤した結果だ。

「仕事にプライベートなんて持ち込むんじゃないよ」

ゴンっと、頭の天辺で鈍い音がして、そうしたら音と同じだけの鈍痛がじわりと頭皮から伝った。

「うん、ごめん」

クジャの言っている事は最もだし、これを完成品にしようとした自分は本当に最低だと思う。
出来るだけ派手に、沢山の花の色と種類を使ってくれと、そう言われたのに。
目の前で咲き誇る花は全部白しかない花ばかりだった。

どれもこれも、全部。
クラウドが好きだと言っていた花ばかり。

クラウドの為の花じゃないのにな。

「重症だよ、君」

「うん」

「・・・・花なら僕も選んであげるから、やり直すんだ」

「うん」

「泣くのはお止し」

「うん・・・」

ふわりと、横髪に添えられたクジャの白い手が俺の頭をそのまま引き寄せた。
クジャの纏う香水の匂いが、鼻の奥を擽ってむず痒い。

「泣いてないけどな」

その言葉が聞こえたのかはわからないけれど。
頭を引き寄せるクジャの手に少しだけ、力が篭った。




どうやったら、思っている事の半分でもクラウドに伝えられるのだろうか。
電話はきっと出てくれないから、いっそ家に押し掛けてやろうかと思った。
そんな事ばかり考えて仕事をしていた結果だと思う。
頼んだ物と違う仕上がりを見た時の不安そうなフリオニールの顔を思い出すと、申し訳なさで蹲りたくなる。
俺は会ってはいないけれど、途中経過をクラウドも見に足を運んでいるらしいからきっと呆れられているだろう。
会わなくて良い事に、安堵していた頃の自分が今はとても理解出来ない。
何故そんな事に安堵などしていたのだろうか。
今は会って、顔を見て、声を聞きたい。
そうしないと、遠ざかっていく距離に、焦って、恐怖して。
ただただ、そればかり。
向こうが敢えて俺のいない時間帯を狙って足を運んでいる事くらい、わかってはいるけれども。

そういうの、知っちゃうと余計に心の隙間が広がる様な気がした。

俺だって同じ事、クラウドにしてきたのに。

どうして俺だけが、なんて何処かで思っている自分もまた凄く嫌で仕方ない。

「調子、悪いな」

「そうかもしれないッス」

そうかも、ではなくてそうなのだ。
別に、連日一人遅くまで店に居残って作業をする事が原因じゃない。
花を一輪手に取っても、何をどうしたら良いのかわからず立ちつくしている事に戸惑っているんだと思う。
今までなら、これを贈る人や貰った人が喜んでくれる姿を脳裏に描いて作っていたのに、それが出来なくなったからだ。

幸せになって欲しいのも、笑って欲しいのも、喜んで欲しいのも、俺にはそれが一人だけで。
これが立派な公私混同だと言われれば、否定の仕様もないのだけれど。

「俺、やっぱり変わろうか」

スタンドフラワーはティーダの方がずっと上手だからと、俺に頼んできたフリオニールにそんな事を言わせている自分が酷く情けない。
期待に添えれず、時間だけがただ過ぎていってしまった事にも。

「甘やかしちゃ駄目だよ」

両手いっぱいに花を抱えてきたクジャが作業台にそれらを置くと、長い髪を手で払い艶やかな唇を尖らせた。

「君が出来ないからティーダに任せたんだろう?
途中放棄なんてチラつかせるくらいなら、最初から任せる様な事は言うんじゃないよ」

「いや、しかし・・・」

「しかしも何もないだろう。
これは仕事なんだから。
さ、君は明日朝早くから配達の予定があるんだろう?
いつまでも居座ってないでさっさとお帰り」

しっしっと、手で払う仕草をしたクジャにフリオニールの顔が険しくなる。

「クジャお前なぁ、」

「小言なら明日ちゃんと聞くよ」

「・・・全く・・・」

諦めたのか、それとも呆れているのか。
フリオニールは困った様に笑うと、カウンターに置いて居た上着とキーを手に取って店内に掛けてある時計に目を遣った。

「今日はあんまり残業するなよ」

「うッス」

「じゃあ、お先に」

手を振って、既に陽が落ちてしまった真っ暗な外へと向かって歩いて行くフリオニールの背を見つめ、俺も少しだけ微笑んだ。

心配しているんだろうなと思う。

通りで泣き叫んだあの日の事を知っているフリオニールはずっと、口では何も言わないけれどいつも視線だけは何か訴える様な物で。
そういう心配をずっと掛けてしまっているのも、いい加減終わらせないといけないと心の中でひっそりと思う。

「彼の心配性は、癖みたいなものだからね」

「え?」

「君が元気になっても、変わらず毎日続くんだ」

髪留め、取って。
髪を束ねたクジャがそう言って、手を差し出してはクイクイっと人差し指を動かした。

「だから気にしなくて良いんだよ」

カウンターの後ろの棚に置かれた小物達の間に投げ捨てられている黒い髪留めを取ると、大人しくクジャの言葉に耳を傾けながらそれを差し出した。

「それが彼の良いところでもあるからね」

「でも、出来ればあんまり心配かけたくないッス」

クジャが持ってきた花に手を伸ばし、予め台に置いて居たオアシスにとりあえず一輪刺してみる。

「だったら、やるべき事はきちんとやる事だ」

「そりゃあ・・・わかってるけど」

ずくずくと、吸い込まれる様に沈んでいく茎は、そう言えば長さを合わせていなかった気がする。
慌てて引っこ抜くと、案の定切り揃えていない茎は長く太いままだ。
余計に開けてしまったオアシスの穴をどうにかしたくて、指先で埋める様に引っ掻いた。
せっかく、いつもはやる気のないクジャが手伝ってくれると言ったのに。
初っ端からやってしまった自分の失態に、思わず隣のクジャを見上げればとっくにばれていたのか、細い眉が歪んでいた。

「・・・僕はね」

手の中の花を取られ、代わりに押し付けられたのはグリーン。

「君を見ていると、腹が立つんだよ」

「え?」

それは一体何に対してなのか。
尋ねるよりも早く、クジャが口を開いた。

「君だけじゃない、クラウドもだ」

カラーを手に取ったクジャが、手際よく茎の長さを揃えて切っていく。
切り離された茎達がコロコロと音を立てては作業台の上を縦横無尽に転がった。

「諦めた振りをしてる人間が一番嫌いだよ。
ほら、さっさとアウトライン決めて」

「あ・・・うん」

手渡されたっきり、手に持ったままだったグリーンをオアシスに刺していく。
失敗しないように、だけど意識は限りなくクジャに向けたまま。

「完全に離れられもしない癖に、あぁだこうだ言って。
その癖、離れていく事を一番に怖がって」

「・・・・」

「見ていて、腹が立つよ」

怒っている風でもなく、次々と花を手に取り切り揃えていくクジャの表情はいつもと何等変わらず、穏やかなままだ。
だからこそ余計に、言われている言葉がさくさくと胸の内側を刺していく。

「・・・クジャは、知ってるの?」

「何?」

「何って、その・・・あれだけど」

「あれとかそれとか、要領を得ない言い方をするもんじゃないよ。
言っただろう?
ただの無責任な興味心だよ」

「・・・それって、」

答えになってない。
そう言おうと思って、やめた。
クジャがあまりも優しい言い方をするから。

「・・・不毛だとか、思わないんスか」

結びきれなかったのか、項に残ったクジャの長い髪がふわふわと動く度に揺れる。

「何に対して?」

「・・・諦めた振りとか、離れられない・・・事とか」

色々、本当に色々。
すっぱりと切り捨てていけるだけの覚悟もなく、留まるばかりで。

「何を言ってるんだい」

カサブランカに手を伸ばしたクジャが、さも可笑しいと言わんばかりにカラカラと喉の奥を震わせて笑った。

「恋愛なんて、不毛の塊だよ。
だからこそ、実りあるものに繋げようと皆必死なんじゃないか。
不毛でない恋愛なんて、悲劇にも成り得ないさ」

クジャの言葉はやっぱり難しいし、何がそんなに可笑しいのか俺にはわからないけれど。

「君達、まだ始まってもいないじゃないか。
舞台にも立ってない君達が、悲劇も不毛も語るにはまだ早いよ」

これが励まされているのだと言う事だけは、何故だか肌に浸透するように伝わった。

「限りなく近い場所に居る事を幸せに思うんだ。
人間相手には何度でもやり直しが利く訳じゃない。
修復が利かなくなってからでは、遅い事も確かにあるからね」

「・・・クジャ?」

「助言はこれっきりだよ。
さぁ、休んでないでとっとと手を動かしてくれるかい」

ほんのりと、クジャの瞳に宿った暗い色は見間違いだったのだろうか。
手元に視線を落としてしまった今、それを確かめる術はないけれど。


(怖がるのは、もうよそう・・・・)


色んな事を、想うだけも。


(進まなくっちゃ、)


精一杯背筋を伸ばして一度大きく深呼吸。


(クラウドが好きなんだって、ちゃんと伝えないと)


何度だって、そう何度だって。
クラウドが俺に言ったように。
どれだけ拒絶されたって、言わなくちゃ。
そうでないと、何も変わらない。


「カラー、もう少し足して良いッスかね」


そう言えば、隣のクジャが持つ花の色も台の上に置かれた花の色も。
何故だかとても鮮明に映った。





追い掛けたら、まだ間に合うだろうか。
今更だと、言われるかもしれないけれど。
今更になってしか気付けなかったから。




(好きだって、言いたい)




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