親愛なる君へ 後
ティーダです、手紙有難う。
君の手紙がいつから俺の部屋にあったのかわからなくて、もし返事を待たせてしまっていたならならごめん。
でも、嬉しかったです。
本当に、嬉しかったです。
なので、
「退屈・・・か?」
「え?」
伺う様な、それでいて細い声にいつの間にか垂れ下がっていた顔をあげた。
隣を歩いていた筈のスコールの歩調が少しずつ小さくなり、立ち止まりこそしてはいなかったけれど、その足は今にも歩む事を放棄しそうだ。
俺よりもずっと顔を俯かせ、それでも並んだ俺に向けた意識は外さず。
なんて器用な野郎だとか、場違いな考えが過りかけ慌てて切り替えた。
「あ、いや・・・良い天気だし、景色も良いからちょっとぼんやりしてたっつーか」
ほら、見てみろよこの素晴らしい景観。
と言わんばかりに、手を広げて周りを見た瞬間、激しい後悔に襲われた。
何が素晴らしい景観だ。
何処を見渡しても真っ白で、草木の一本もない。
何の為に置かれたのか理解に苦しむような岩が所々に放置されているだけで、他は特にこれと言って目を奪われる様なものは存在していない。
天気に至っては、曇っているのか晴れているのかもわからないような曖昧な色が頭上を這っている。
これの、どこが良い天気で良い景色か。
「・・・そう、か・・・」
先程の声よりも更に落ちて低くなる言葉に、頭を抱えたくなった。
いい加減な事なんて、いい加減に口にするもんじゃない。
いや、いい加減な事だから、いい加減に口にするんだけど。
今はそんな事考えている場合じゃなくて。
崖から滑り落ちていく様に気分が降下していくスコールをなんとかしないと。
あの、だの、その、だの。
詰まる言葉の割りに、身振り手振りだけは一丁前にぶんぶんと動く。
あぁ、憎たらしい。
小さな脳みそで如何にスコールの気分を上昇させるか、あれやこれやと考え始めると一体俺はこんなところで何故こんな事をしているのかと余計な考えだけが抽出される。
そんなものは捨て置いて良いし、今考えたってどうしようもないのに。
それより歩く事をやめそうなスコールどうにかしたいのだけれど。
俯き乱れた前髪からスコールの歪んだ瞳を見てしまい、俺はいよいよ焦り出すとスコールの肩に手を置いて、なんと言って取り繕うかそればかりに思考を回転させた。
大体、どうしてこんなところを二人してのっそりと歩いているのか、さっぱりわからない。
こんな事は予定になかったのに。
そもそも、スコールがチラチラと無言の訴えをしていたのがいけないのだ。
「ティーダ、ちょっと良いか」とか、「ティーダ、この前の事だけど」とか。
口が付いてんだから何か言葉にしてしまえば良いのに、来る日も来る日もチラチラチラチラ無言の目配せばかり。
気にしないし、気付いてませんよー、とでもいう風に俺も装えば良かったんだけれど。
眼力が強いのか何なのか、いつも視界の端に見え隠れするスコールの姿と見られているという実感が皮膚を貫いては血中を刺激して。
それが四六時中、色んなところであるもんだからいよいよ落ち着いて飯も食えなくなった。
一体いつまで、と言えば恐らく俺がスコールに返事を返すまでだろう。
何がって、そらぁね。あれだよ。
恋文の返事。
とりあえず返事と飯を秤にかけた時、俺の頭は真っ先に飯を選んだ訳で。
弾き出された答えに異論を唱える事もなく、兎に角落ち着いて飯が食いたい理由だけで今日もまたチラチラと視線を寄越してくるスコールに、俺は意を決して声を掛けた。
大体あの場で返事しても良かったのに、勝手に恋文押し付けた挙げ句走って逃げ去ったのはスコールの方だ。
宿の中じゃあ話し難いだろうし、周りの目もあるからって事で「散歩でもしよう」と外に連れ出した俺の優しさに感謝してほしい。
一週間だか数日前だか、衝撃的過ぎて逆にどれくらい前だったのか脳が記憶を抹消したから覚えてはいないけど、あの恋文がスコールからだったって嬉しくもない事実を突き付けられて。
こちとら盛大に夢と幻想をぶち壊されて意気消沈してたんだ。
少しくらい、心のケアに時間を費やしてそれからでも遅くはないんじゃないか。
そういう気持ちくらい悟ってくれても良いんじゃん?
なんて、そんなのは俺の都合だってわかってはいたけれども。
俯いたスコールの瞳が益々不格好に歪むもんだから、俺は聞こえない様に慎重に溜息を吐き出した。
「ちょっと、座ろうか」
な?そうしよう?
肩に置いていた手でポンポンと軽く叩くと、足を止めかけていたスコールを歩かせる為に上着の袖を引っ張って、一番近くに置いてある岩へと足を向けた。
でこぼことした岩塊は大凡手頃とは言い難い程歪で汚れも酷いが、これ以外に座る物はない。
きっとどれだけ歩いて、どれだけ違う岩塊を探したところでどれも似たり寄ったりに決まっている。
薄らと苔の生える表面を適当に手で払うと、グローブ越しに少し湿った感触がして思わず口が曲がった。
「木材余ってるからさ、今度フリオニールにでも頼んでベンチでも作ってもらおうか。
こんな岩じゃ、ケツが痛くなるッスよね」
「・・・」
もうこの際だから返事がないのは良い、気にしないでおこう。
「スコールもほら、座れってば」
中々落ちない表面の汚れを一際強く手で振り払っていると、衣擦れの音と共に顔の横に黒い生地が滑り込んできた。
「・・・なに・・・?」
中途半端に折り曲げていた腰を上げ、岩塊の表面にこびり付く苔から目を逸らしてその生地を辿って行けば、半袖のスコールが上着を差し出していた。
「服、汚れるだろう・・・これ、下に敷いて良いから」
視線を斜めに落とし、瞬きを繰り返すスコールに何やってんだと呆れそうになったけれど。
遠慮がちに差し出してくるその手が小刻みに震えているのを見付けてしまい、呆れが罪悪感の様なものに摩り替った。
「い、いいってば!いらないッス!」
そう言えば、スコールの瞳が一瞬大きく見開かれ瞳の色が濃くなる。
それがさも傷付いたと言わんばかりで。
「スコールの服汚したい訳じゃないんス!
おら!もう良いから羽織れって!」
垂れ下がっていく手から無理矢理上着を奪うと勢いよくスコールの肩に被せ、先程よりもやや乱暴に岩肌の苔を払った。
「女の子じゃないんスから、余計な気なんか回さなくて良いんだよ!」
くっそ、くっそ!
何だよ、そういうのやめろってばマジで。
いつの間にかなくなっていたあの激しい衝動にも似た何かがむくりと擡げそうで、苔を払う手に力が篭る。
「・・・ティーダ、」
「あー!もう煩い!早く座れよ!上着なんかいらねぇからな!」
只でさえ色白で体温足りてない顔してんのに、半袖のスコールなんか寒くて見てらんねぇっつーの。
自分が座ろうと思って苔を払っていた岩塊の前から体を退かすと、突っ立ったままのスコールを引っ張りまだ汚れの少し残った其処に無理矢理座らせ、俺はその隣のまだ苔や砂埃の被ったままの岩にどかりと腰を落とした。
ひんやりと、尻から尾てい骨に伝わる冷たい感触に奥歯を強く噛み合わせる。
酷く気持ちの悪い感触だ。
「・・・有難う」
「・・・おう」
全くこういう事は普段可愛い女の子にしかしないんだからなんかもっと盛大に感謝しろ。
などと心の内でぼやいてみたものの、ポツリと零されたスコールの感謝の声に、思いの外安堵している自分が居て少し笑える。
それが気付かない内に体に出ていたのか、微かに動いた自分の肩と隣に座するスコールの肩が擦れ合って衣服の擦れる独特の音が小さな隙間に広がった。
それがいけなかったんだろうか。
スコールの膝に置いてあった拳がきゅっと丸くなり用意されていたかのように深い沈黙が横切っていく。
嫌だけど、こういう場合ってきっと誘った俺から口を開かなくちゃいけないんだと思う。
だから多分、スコールもむっつりと口を閉ざしてこの沈黙に身を置いて俺からの言葉を待っている気がした。
言うべき事はもう決まっているのに、どう切り出して良いのか俺自身もわからず果てのない聖域の白んだ景色ばかりに視線を送る。
宿を出る前に、何か飲み物でも持って出れば良かったかもしれない。
そうしたら少しくらい、今よりほんの少しだけリラックスでも出来たかも。
まさか、今ポーチに突っ込んであるポーションを差し出すわけにもいかず、俺は覚悟を決めると一度深く深呼吸をして体を捩りスコールの方へと向き直った。
「あのな」
岩の表面へと付いた手が苔で滑り掛け慌てて引っ込めると、ポケットに突っ込んだ。
「その、此処に誘った理由・・・多分わかってると思うんだけどさ」
暖かなポケットの中、指先がカサリと乾いた音を鳴らす。
その音が狭い空間で鳴るのと同時に、スコールの拳が更に丸みを帯びた。
「わかってる・・・わかってるから」
決して俺の方を見ようとはしないスコールが、足の間に視線を落としたまま俺の言葉を手繰る様に呟いては何度も頷いた。
まるでこれから決戦へと向かう様なその緊迫した声の硬さに、俺の方が竦み上がってしまう。
返事は用意しているのだから、後は出来るだけ優しく穏便に。
傷付けないように、っていうのはきっと無理だからせめて尾を引かない様に。
「ごめんな」と断れば良いのだ。
友達からなんて、大体からして俺とアンタは友達じゃなかったのかと我が目を疑いたくなるようなスコールの発言だったけれども。
友達からっていうのは、酷く曖昧な言葉の響きだと思う。
友達からなら、まぁ良いかなって思うかもしれないけど、「から」っていうのが先を期待している言葉の様で、俺は「はい、良いよ」って答えを出せなかった。
これが勝手に妄想していた女性たちなら、二つ返事で返していた気がする辺り自分の不誠実がよくわかるのだけれど。
何せ相手はスコールで、男で。
断る理由なんて、それだけで俺には十分過ぎた。
それなのに、つっかえた様に中々言葉が出て来ないのは、目の前のスコールが必死に何かを堪える様に俺の言葉の続きを待っているからだろうか。
瞬きの回数が多くなる度に、音を立てそうな長く細い睫毛が可哀想な程に震えている様を見つめていると、更に言葉は喉の奥から胃の底の方に下がっていった。
「・・・どんな結果でも、ちゃんと・・・受け入れる」
雑音一つない空間なのに、スコールの声が聞き取り難い。
もう少しだけ距離を詰めて、耳を傾けたくなったけれどそれは何故かしてはいけない気がして身を引きかけた。
「覚悟は、してるんだ」
小さな体の動きに合わせて発せられた諦めの滲んだ言葉に、今更尻の冷たさが戻ってきたようでむずむずする。
「覚悟って・・・」
一体何の覚悟だと聞くのは野暮を通り越して、スコールの怒りを買うかもしれない。
でも、だって、俺だって困ってるんだ。
スコールからの手紙だって知って、返事書くのも馬鹿馬鹿しくなっちゃって。
買ったばかりだったレターセットなんか、全部引き出しの中にぶち込んで後で捨ててやろうなんて思ってたけど。
結局捨てれず仕舞いで、貰った恋文に関しては捨てるどころか相変わらず俺は肌身離さず持ち歩いてて。
・・・や、手紙に罪はないからね?
仕方ないんスよ?
なんて何度も自分に言い訳しては手紙を開いたり仕舞ったりしたかわからない。
おかげで、ポケットの中で俺の指先を刺激し続けている手紙は当初の頃よりもずっとずっとくたびれてしまっている。
そういう事を思い出す度に、断る事が一番良い事なのだという気持ちが揺らいでしまって困る。
(絆されるなんて、冗談じゃないッスよ)
酸素が足りないかのように浅く苦しそうに呼吸を繰り返し、唇を噛んではまた離し。
その常にない緊張と不安の混じる仕草や表情に、恋文の送り主がスコールだと知る前の感情が上手く戻ってこなかった。
「俺とスコール、ほら・・・男だろ?」
「・・・わかってる」
「何も、好んで男なんか選ばなくてもさ」
「・・・わかってる」
こんなくどい前置きなんかしないでとっとと言ってしまえ!
そう叫んでも、遠回しに遠回しにと言葉を選んでいる自分がいる。
慎重に言葉を選ばないと、手紙の送り主に半分持って行かれていた気持ちを思い出しそうで。
(駄目駄目!絆されんな!)
俯いたスコールの横顔が今にも崩れてしまいそうな儚さをチラつかせていて宜しくない。
あぁもう、本当に宜しくない。
「どうせ俺もスコールも元の世界に戻ったらー、」
「わかってる!」
ずっと俺の方なんて見なかった癖に、こんな時だけそんな顔して見るのはずるいぞ。
いつもの顰めっ面とは違う眉間の皺の寄り方。
悲しそうに下がった眉に、灰色の混じる青の瞳には零れんばかりの水膜で覆われ時折薄く光っていた。
「そんな事わかってる!
わかってて、わかってて・・・」
好きになったんだ、と。
そう言ってスコールが唇を震わせた。
今にも泣き出しそうなのに、何で顔真っ赤にしてんだ。
泣きたいのか、恥ずかしいのかどっちかにしてくれ。
その器用とも複雑ともとれる表情と顔色に俺の方が顔を覆いたくなってくる。
もしくは、裏の見えない言葉にか。
「そ、それが心配なら・・・俺が会いに行く、から」
瞳に張り付く透明な液体の膜はそのままに、スコールの顔色だけがどんどんと赤味を増している。
緊張しているのか、手紙は自分が書いたとぶちまけたあの日よりもずっとずっと呼吸が荒い。
そういうのって、相手にも伝染するのか知らないけれど同じくらい自分の吐き出す息が熱くて、信じられないくらいの緊張が爪先から頭の天辺までを素早く駆け抜けた。
おい馬鹿、やめろそんな顔すんなってば。
(絆されてなんか、)
自分で言っておきながら今更羞恥に耐えられなくなったのか、スコールの視線があちこちに飛び回り、終いには俺の手を掴んでぶるぶると震えだした。
(絆されてなんか、)
掴んだまま一向に口を開かず、只管耐える様に俺の言葉を待つその姿に断るつもりの返事を忘れた。
もうまずいだなんだとか、そういう次元の話しじゃない。
そんな風に直接言われると思ってなかったからか、頭を蹴飛ばされた気分だ。
こんな図体のデカイ男が恥じらう姿なんて、平素ならおぞましく感じるのに。
何で目の前の同年代の、それも野郎が一瞬でも可愛らしく見えたのか。
(違うからな、)
ふぅ、と。
吐き出したスコールの熱すぎる息が顔面を直撃し、堪らず勢いを付けて座っていた岩から立ち上がると今度は逆に俺がスコールの腕を掴んだ。
(絶対絆されてなんかねぇからな!)
「ティーダ、」と慌てる声も無視してスコールの腕を引っ張りずんずんと先へ進む。
「宿に戻るッスよ!」
でも、だの、あのだの聞こえる声が煩い。
俺もなんか似た様な事言ってた気がするけどそれは今から忘れるから良いんだ!
「良いッスか!」
「何、ティーダ」
「友達からだからな!」
畜生、俺は断りに此処へスコールを連れ出したのに。
「それ以外は何も期待なんかすんなよ!友達だからな!」
友達からなんて駄目だって、自信満々に思ってた癖に。
なんでこういう事言っちゃうかな本当。
案外脆かった自分の自信や決意に舌打ちをしそうになった時、「ティーダ」と呼ぶ声が後ろで聞こえた。
「ティーダ」
「煩い!黙って歩けよ!」
帰ったら書きかけのあの手紙を引出しから引っ張り出してスコールの部屋に投げ捨ててやる。
精々吃驚して腰でも抜かしやがれ畜生。
「ティーダ」
何処か弾んだ様な声に振りかえることが出来ず、掴んだスコールの腕にぎゅうぎゅうと力を入れると、呼ばれる名前の恥ずかしさに言葉を濁した。
ティーダです、手紙有難う。
君の手紙がいつから俺の部屋にあったのかわからなくて、もし返事を待たせてしまっていたならならごめん。
でも、嬉しかったです。
本当に、嬉しかったです。
なので、
友達から、宜しくお願いします。
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君が可愛かったなんて!
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