泥む恋
初めてアイツを見た時、正直何の感情も抱かなかった。
つぅ、っと米神から頬へ、頬から顎へ汗の流れる感触がする。
「・・・・」
ぐいっと分厚いグローブを付けた手で拭ったが、またすぐに垂れてくるのだろう。
頭上で燦々と陽を照らす太陽が目に痛い。
暑いのも寒いのも、自分はあまり気にならないしこの砂漠の暑さもそこそこ気に入っている。
ただ、頬を伝うあの汗の感触は好きじゃない。
両手でしっかりと握っていた愛用の銃剣から手を離せば、地鳴りの様な音を立ててあっけなく地面へとめり込んだ。
自分もその横に座り込むと、手早くポーチから水の入った瓶を抜き取る。
親指で瓶の蓋を弾けば、ポンっと良い音を立てて蓋が外れた。
そこから漂って来る冷気が気持ち良い。
一気に喉に流し込めばなるほど、体はずいぶんと水分を欲していた様だ。
除々に体の中に浸透し始める冷たさに、ほぅっと息を吐き出した。
眼前に広がるは無限の砂。
行けども行けども砂。
終わりのない砂漠の波は、まるで今の自分の様だ。
当たり前かもしれない。
最初から、進んでなんかいやしないのだから。
同じ場所でずっと、進まない思考に囚われぐずぐずしている。
悪い傾向だ。
だが、どうして良いのかわからない。
ラインがあまりにも曖昧で、自分でも持て余してしまう。
無限にループしてしまいそうなそんな思考続けば、戦闘にも支障が出る事が稀にあって。
そうすると、今度は苛々して。
更に悪循環。
原因は、アイツ。
悪化を助長させたのは、自分自身。
自分とは正反対の、眩しい髪色を持つアイツ。
あれが、いつも視界の端にチラついてあまり宜しくない。
最初に出会ったのはいつだったか。
そう遠くないが、仲間内としての付き合いはそこそこ長い。
自分がこの世界に来た時よりもずっと後に来た事は覚えている。
でもそれ以降の事は、あまり覚えていない。
メンバーの為にと用意された宿で度々見掛ける事はあっても会話をした事があったかどうか。
そんな細かい事までは自分の脳は記憶していないらしい。
それは彼に興味がなかったというか、彼の存在自体が自分の中でどうでも良いものとして分類されていたからだろうか。
だが、初めて彼と同じパーティーで初めて戦闘に向かった時の事は鮮明に記憶している。
あまりにも、下手くそだったから。
大凡、チームプレイという言葉からはかけ離れていた彼の行動。
近距離武器の癖にすぐ側の敵に度重なる攻撃ミス。
防御に至っては全くしない有様で、おかしな方向に走っては何度も何度もイミテーションの攻撃を食らい吹っ飛ばされる。
立ち回りはちぐはぐで、敵に使用するアイテムに至っては一体何処に向かって投げているのかと呆れた。
仲間の援護がなければ、とっくの昔に死体になっていたっておかしくはない。
なんて足手纏いだろうか。
印象なんて、そんなものだ。
後味の悪さを考えた時、自分の目の前で死んでくれなければ後はどうでも良かった。
その後、アイツはただのスポーツ選手で戦いに関しては素人同然だと教えてくれたのはジタンだったか。
それであの行動か、と納得した事はまるで昨日の事の様だ。
それから、そうそれから。
時折パーティーに居る彼の事を見る様になったのは。
仲間のいる戦闘に戸惑いと、だけど何処か安心した様な何とも言えない表情。
何度も失敗しても諦めず、その都度メンバーに教わっていた姿が印象的だった。
だから、目についた。
視界の端でチラチラと姿を見せるアイツが、とても。
初めは鬱陶しいだけだった筈なのに。
気付けばいつも、アイツばかりを視界に入れようとしていた。
それは無意識が意識に変わった瞬間。
最悪だった。
これならまだ何も考えずにアイツを捉えられていた方がずっとマシだと言えるくらいに。
「・・・・」
温い風が頬を撫で、変わらぬ景色に砂塵が立つ。
もうそろそろ、行かねば。
敵のイミテーションは全部で3体で、2体は既に始末を終えている。
残りの一体は別の場所に移動したっきりだ。
追いかけて、戦闘の続きをしなくては。
切り替えなければ。
彼は今此処にはいないのだから。
わかっているのに、体はまだ地面にくっついたまま。
そっと片手で額を覆った。
意識的に変わった自分の行動は、どうかしている。
いつもいつも。
彼ばかり。
「ティーダ」
知っているのに。
見ているのが自分だけで、彼が自分を見てない事なんてもうずっと前から知っていたのに。
気付いて欲しいなんて。
あの視線が、自分に向けられれば良いのに。
なんて。
どうかしている。
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どうかしているのは私の頭です。
名前を呼ばせたかっただけなのに一々長いですね。
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