君と一緒に | ナノ 3、忍びに後悔などない










豊臣軍は難攻不落と言われる小田原城・北条の門を容易く突破し、少しずつだが確実にこの天守へと向かって来ていた。




「風魔よ、咲を連れて逃げよ」

「北条様……!?」

「……」


北条様は急に何を言い出すのか、風魔を見れば私を見て困っているようだった。




「風魔、私が北条を捨てて此処で逃げるような女だと思う? 確かに逃げるという選択は間違いではないわ、でも城主を置いて逃げるような忍びでは無い、いくら貴方でも抵抗するわよ」

「……」



風魔は私の言葉を聞いてくれたようで、私に近付こうとはせず、再び豊臣の方へと目を向けた。そしてすぐに聞こえて来るのは鎧が擦れるような、複数の足の音。




豊臣軍はすぐそこまで来ているようだ。

逃げ道など、もう無い。







「北条様、お下がり下さい」

「いや、もう良い。今更逃げるつもりもない」


北条様を守るように前に立ち、やってくるであろう豊臣軍を待ち構えた。さて、私と風魔だけでどれだけ倒す事が出来るだろうか、豊臣軍大将もこちらに向かって来ているだろう。



このままやられるつもりはない。









「おや、逃げずにいたのかい。北条殿」

「貴様っ、竹中半兵衛……!」


扉を吹き飛ばし、小田原城の中にぞろぞろと入って来たのは豊臣の兵と、豊臣軍師・竹中半兵衛だった。大将の豊臣秀吉ではなく、竹中半兵衛が来るという事は秀吉が出るまでもないと言う事だろうか。



彼らはすでに北条を手に入れたつもりらしい。




こちらに向かって優雅に歩いて来る竹中半兵衛に忍者刀を抜いて構えた。すると竹中半兵衛は、北条氏政を守るように前にいる私に気付いたのか、こちらをじっと見ているようだった。

しかし、すぐに竹中半兵衛は北条の方に視線を戻し、自身の刀を抜いた。






「……さて、北条殿」

「な、何じゃ」

「もうご自分でも分かっているでしょう? 北条家は落ちたと、もう既に此処は豊臣に奪われたのだと、戦に負けた時点でそれはもう決まっていた。最後まで籠城しても、足掻いたとしても、結果は絶対に変わらない」

「……北条は、北条はまだ残っておるわ!」

「豊臣軍の誘いを断った時で、もう北条は終わっていた、そうでしょう?北条殿」

「くっ……風魔! 咲!」

「まだ悪あがきを?」



北条様の言葉に、私と風魔は動いた。


風魔は竹中半兵衛の隙を突いて豊臣の兵達を攻撃し始め、私は目の前にいる竹中半兵衛の首に向かって忍者刀を振った。しかしその攻撃は瞬時に刀で止められてしまった。







「やぁ北条のくノ一、再び会えたね」

「……」

「真っ先に僕の首を狙ってくるその姿勢、嫌いじゃないよ。殺意があって良いじゃないか」

「北条は渡さない」

「……ふむ」


すぐに竹中半兵衛から離れ、再び北条様を守るように前に移動した。目の前にいる竹中半兵衛は何か考えているようで、私の方を見ていた。

軍師は頭が良い、何か策があるのだろうか。



油断してはいけない。


私は北条様を守らないと。






「北条殿」

「……何じゃ」

「僕からひとつ提案がある、まぁこの状況で北条に拒否権は無いんだけどね」

「提案……?」

「そこのくノ一を豊臣に渡せば、北条殿の首を取るのを逃してあげよう」

「!」

「なっ……なにを言っておるんじゃ」

「よく考えるといい、くノ一のたった一人、それで自分の命が助かるんだ、北条殿にとって悪い話では無いだろう? まぁこの小田原城は豊臣のものにはなったけれど、命は取らないでおく、という提案も可能……どうだい?」

「城を奪われた時点で死んだも同然じゃ!」


竹中半兵衛の提案に、呆気を取られた私が何も言えないでいると北条様は大きな声で怒っていた。兵を攻撃していた風魔も驚いたようで、攻撃をやめてこちらの様子を窺っているようだった。

しかし、私は竹中半兵衛に提案に揺らいでいた。本当に私一人で北条様の命を救ってくれるのだろうか?私が豊臣に行けばこの窮地の状態から逃れられるのだろうか?




私が、北条を救える……?

この酷い状況で、それが可能……?







「竹中半兵衛」

「なんだい」


私が口を開くと、彼は私の方を向いた。





「本当に私一人で、北条様には一切触れないと約束してくれるのか」

「咲っ!?」

「ああ、約束しよう」


竹中半兵衛はそう言って、自身の刀を鞘に戻した。攻撃するつもりはないと示してくれているのだろうか。




「この城はもう豊臣の物だけど、北条氏政の命なら助けてあげよう。どこか遠くで隠居するといい、勿論それは君が豊臣に来ると言うのならね」

「……分かった、豊臣に行くわ」

「そうか、ならば刀を捨ててこちらに」

「咲……!」


私は忍者刀を鞘に戻して足元に落とした、そして竹中半兵衛の元へと足を進めた。すると竹中半兵衛の後ろから豊臣の忍びらしき者達が現れて、私の両手首に手枷をかけた。ずしりと重い手枷に目を細めたが、これで北条様が助かるにならば良い。

風魔の方へと視線を向けると、心配そうにこちらを見ていた。風魔にはいつも心配ばかりかけてしまったなと、今になって申し訳なく思ってしまった。




「さて、交渉成立だね。では豊臣は撤退しよう」

「……わしの首を、取らんのか」

「おや、僕はそういう提案をしたはずだけどね。そちらが条件を飲んだ以上、もう北条の首に興味は無い。早く此処から消えてくれないかい?」

「なんと、いうことじゃ……屈辱じゃ」


北条様を見れば、私の方を見て「咲、すまぬ」と呟いていた。良いんです北条様、私一人で貴方が無事で生きてさえくれれば。





「風魔、北条様を此処から遠くへ逃して、お願い」

「……」



風魔は北条氏政に近付き、北条を抱き上げてそのまま城の外へと飛び出して行った。風魔ならば、北条様を安全な場所へと連れて行ってくれるだろう。難攻不落の小田原城は落ちてしまったが、城主の命は守る事が出来た。

私は豊臣に連れて行かれる事になってしまったが、後悔はない。豊臣の忍びとしてこき使われるのだろうか、それとも情報を吐けと拷問されるだろうか、もしかしたら竹中半兵衛の盾になれと言われるのかもしれない。どちらにせよ、これから待っている未来は良いものでは無いだろう。早死には確定した。







「豊臣軍、撤収! 城に戻るよ!」


竹中半兵衛の言葉に、豊臣軍は城から撤収し始めた。本当にこのまま引いてくれるようだ、「さぁ行くよ」と私に言った竹中半兵衛の後ろをついて行くと、外で待機していた馬に乗せられ、私の後ろには竹中半兵衛が当然のように跨り、手綱を持った。

手枷をかけられた私は揺れる馬の上で、竹中半兵衛に身を任せるという屈辱を味わいながら豊臣軍本拠地へと連れられていた。






「……」

「気分でも悪いのかい?」

「この状態で気分が良かったら頭がおかしいわ」

「僕はとても気分が良いよ」

「……」

「再び君に会えたからね、しかも君はもう豊臣のものだ。これから君をどうするかは僕が決めて良い」

「物好きな軍師ね、頭おかしいんじゃないの」

「そうかもしれない、けど今は君に何を言われてもどうでも良いと思っているよ。ああ、これから先は少し揺れるから気をつける様に」

「……くだらない、ただのくノ一を一人手に入れたくらいで」

「ただのくノ一か……あ、そうだ。君の名前は? 聞いてなかったね」

「……」

「うーん、北条は君の事を何と呼んでいたかな……確か、咲だったか」

「……」

「ああ、心配しなくても良いよ咲。豊臣はとても良いところだ、軍事力も高いし、何より秀吉が凄いんだ、きっと君もすぐに豊臣を気に入るだろう。そうだ、君の事を三成君や大谷君にも紹介しないといけないね、これから忙しくなりそうだ」

「随分とお喋りな軍師なのね、貴方」

「そうかな?」

「……はぁ」


これから先、私は豊臣に連れて行かれどうなるのだろうか。竹中半兵衛の口ぶりではすぐに殺されはしないだろうけど、良い待遇は待っていなさそうだ。豊臣から逃げ出す? いや、竹中半兵衛なら私を探すだろう、逃げ出したとなるとそれこそ見つかって殺されそうだ。

忍びとして生まれてから、散々な事ばかりだ。これも運命というものなのか。いや、運命とやらで私の人生を決められるのは御免だ。


そして易々と殺されるのも御免だ。





「……私、貴方が嫌いだわ」

「そうかい、嫌いな相手に捕まっているのだから尚更辛いだろうね」

「……」




ああ、本当にどうなるのかしら……






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