「はぁ……」


簡易的な椅子に座り、机の上に頬杖をついてため息を吐いた。もう何度かのため息だ、ため息を吐く度に幸せがどんどん逃げて行くようで、これはいけないなぁと思いつつも、もう一度ため息が出た。





「はぁ……」

「あのねぇ、さっきからため息ばっかりついて、そりゃまぁ仕事が暇なのはいい事だけどね」


マグカップを片手に持った女性はやれやれといった態度で、私の前の席に座った。前の席に座った彼女は私の同僚で、先輩だ。美人で人気のある先輩で、仕事だって出来る。


とにかく素晴らしい先輩だ。



木の葉病院のとある場所にある緊急搬送治療センター、主に急患や特殊な治療が必要な人が運ばれる場所に私達はいる。ここに運ばれてくる人はほとんど任務帰りの忍者で、別名「忍者専門の特別治療センター」なんて呼ぶ人もいる。医療忍者が多く待機しているから、あながち間違いでもないのだけれど。




「なーに名前、もしかして忙しい暗部の仕事に戻りたいとか言い出すんじゃないよね? そりゃ暗部はいつも忙しいもの、此処よりもずっとね」

「え、ああ……うん。忙しい暗部も良いけど、今私がやる事は病院でたくさんの人を治療する事。まぁ、もし召集がかかればすぐに行くけど、今は此処で大人しく待機してるよ」

「暗部って任務が不定期だもんねぇ、任務だって長期が多いし、とにかく忙しいし、お互いの顔だって分からないわけでしょ」


目の前にいる彼女は「ごめん、言い過ぎたかしら」と、手で口をふさいだ。確かに暗部の話題はあまりよくはない。私は暗部に所属していた事を隠してはいるが、目の前の先輩は私が暗部に所属していた事を知っているので、今更こういった話をしても気にしない。




「ううん。間違ってないから気にしないで。暗部の任務は大変なの多いし、とにかく忙しいし、お互いの顔は分からないから任務中でしか付き合いないし」

「……。」

「ん? 何?」

「あのさ、名前。また暗部に戻るって事はないわよね?」

「どうしたの突然」

「だって名前は医療忍者でしょ? 危険な任務の多い暗部にいる必要があるのかなと思って」

「何を今さら……、確かに私は攻撃型の忍者ではないけど、暗部にも医療忍者はいる。任務にはバランスよくチームを組まされるからね」

「でも、今の名前はこうやって病院勤務もしてるし、暗部じゃなくても良いと思うの、暗部以外にも仕事はあるんだから……だから暗部に戻らないで、ずっとここで働いてくれればいいのに」

「……ここで私を必要としてくれるのは嬉しいけど、もし暗部の任務で私を必要としてくれる事があれば私は行くよ。それが医療忍者の仕事だから、私がいて、助かる命もあるし」


確かに病院での勤務は、暗部の任務に比べれば危険はとても少ない、けれど医療の現場に多くの医療忍者がいるというのはとても助かるだろう、けど私は病院で待っているだけは嫌なんだ、すぐに処置がなされていれば助かっていた命もあった。その場にいれなかったのが悔しかった事が何度もあった。




「私がまだ必要とされるうちは、頑張ろうと思ってるよ」

「……任務や仕事を頑張るのは止めないけど、そんなんじゃいつまで経っても恋人なんて出来っこないわよ」

「え、恋人?」


どうして突然、私に恋人が出来ないという話になったのだろうか。暗部に戻る、戻らない、という話じゃなかったのか。




「だって名前って、病院勤務になる前はいっつも任務任務任務任務……の毎日だったでしょ? 任務に行ってばかりじゃない。暗部を辞めて、病院で働くようになったのに、今まで浮いた話の一つも出てこない。そりゃ暗部って出会いが少なそうだし、ていうかそもそも面をしてたら相手の顔も分からないじゃない、ねぇ名前? お願いだから「仕事が恋人」って言うのだけはやめてよね」

「いや、あの、任務や仕事で出会いを求めていないから」

「暗部の時は毎日のように任務に行って、今は病院勤務でこうやって待機して、既に仕事が恋人のようなものじゃない」

「そんな事は……」

「じゃあ、最近デートとかしたの?」

「デート?」

「男の人と、どこか行った?」

「……男の人、と」

「行ってないでしょう?」

「……行ってないです」

「はぁ、やっぱり暗部に所属するくノ一は嫁に行き遅れるっていう噂は本当なのかしら、ただでさえ暗部に志願するくノ一は少ないっていうのに」

「嫁に行き遅れるって大げさな、私はまだ結婚なんて考えていないし、それに暗部のくノ一でも、夕顔とかは恋人がいるよ」


確か私と同い年で、同じ暗部所属のくノ一の夕顔には恋人がいたはず。




「ああ、夕顔ね。そりゃ彼女には恋人くらいいるでしょう、だって夕顔は美人だもの」

「暗部所属でも恋人は出来るでしょう?」

「あのね、夕顔は美人で髪も長くて綺麗、暗部に所属しているとか以前に彼女はとても女性らしいわ、そりゃ恋人がいても不思議じゃないわよ」

「何が違うのか理解出来ない」

「名前は髪が短いから暗部の面をしたら性別なんて分からないし、それだけで貴重な異性との出会いが減るでしょ」

「……。」

「そうね、まだ今の病院勤務の方が出会いが多いわよ、あとは……髪を伸ばして、化粧とかしたら? くノ一に色は大事よ。名前はもう少し女性である事を楽しむべきよ、もっとこう、出会いに積極的になるべきよ!」

「別に私は彼氏が欲しいわけじゃ……」

「そんな事を言ってたらすぐ三十路よ……嫁に行けないわよ」

「構わな」

「だめ、華の乙女が何を言いますか、名前とは下忍の時からの付き合いだから私もしばらくは言うのを我慢していたけど、名前ってば任務、仕事、任務、仕事ばっかりで、将来が心配になるわ、そろそろ好きな人の一人くらい作りなさいよ」

「そう言われても、好きな人なんていないよ」


そもそも私には異性の知り合いが少ない、仲の良い同僚もくノ一ばかりだし、暗部の先輩方は男性が多いが任務以外ではまず顔を合わせない。

そんな環境で好きな人がいるはずもなく。






「よーし、こうなったら合コンを開くわよ!えっと、今呼べるとしたらあの子と、中忍のあいつらと、あとは」

「……。」


目の前の彼女はどうやら合コンをセッティングしようとしているらしい、私は出来れば合コンは勘弁して欲しい。食事会ならまだいいが、合コンは正直行きたくはない。


以前、無理やり連れて行かされた時もあまり居心地が良くはなかった。女性陣はみな自分を飾り付け、男性陣は何かとスキンシップが激しかった。

その時の合コンで「地味だね」と言われた事があった。化粧などで自分を飾り付ける事を悪いとは思わないが、どうもそこまで頑張る気にはなれない。任務ばかりで女らしさが足りなくなったのでは?と言われても仕方がない。男性に「地味」だと言われてもそりゃそうだろうと思った。



「(どうせ地味なのは、自分でも分かってるつもりだし)」



目の前で考えている彼女には悪いが、私は合コンに行くくらいなら、部屋でずっと兵糧丸を作っている方がマシだと思った。


合コンの話が彼女の口から出る前に待機室をこっそりと抜け出して、白衣をなびかせながら廊下を早足で進んだ。






「(異性……か)」



彼氏がいらないわけじゃない、そりゃいたら良いだろなぁとは思うけど。合コンや異性がいる場に行ってまで相手が欲しいわけではない。

ふとトイレに逃げて、自分の顔を鏡で見た。色素薄い髪の色……この短い髪は、確かに面を付けたら性別が不明だ。先輩の彼女のように髪は長い方が女性らしくて、世の中の男性もそっちの方が好きだろう。




「(ま、私には関係ないか)」






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