意地悪の理由(hq/二口)




私には嫌いな男がいる。


同級生の「二口賢治」という男だ。




奴は何かと理由を付けて、私を馬鹿にしてくる。いや本当はきっと理由なんていらない。私をただ馬鹿にしたいだけだ。二口賢治は私が「嫌い」なんだろう。


別に嫌われたっていい


私だって二口が嫌いだ。


大っ嫌いだ。







「あっれー?苗字さんってば、まだ片付け終わってないのー?」

「……。」


練習が終わり、既に制服に着替え済みの二口が、体育館の入り口から覗いて私に言った。





片付けはとっくに終わっているが、練習中に少し気になったのでボールの空気抜けないか確認をしていた。


やはり、少し空気が抜けたボールが3つ出てきた。(これは打ち辛かっただろうなぁ)

空気を入れて、ボールのカゴの中に戻そうとしている時に、二口に話しかけられた。






「ほっんと、仕事が遅いよねー」

「二口、帰ったんじゃないの?」

「電気がついてたから気になって見にきただけ、そしたら苗字さんがノロノロと片付けをしてたんだよねぇ」

「最終確認をしてたんだよ」

「言い訳でしょそんなの、こんな夜遅くまで残って、馬鹿じゃないの?」

「放っておいて、二口もう帰っていいよ」

「は?別に苗字さんの事なんて待ってないんですけど、仕事をノロノロされると困るから言ってんの、そんなにボールを散らかして馬鹿なんじゃないの?」

「二口は、私を馬鹿にしたいだけでしょ」

「は?」

「そんなの事を言うために来たの?私ももう帰るから二口も帰って」

「ちっ、」

「(うわ、舌打ちしたよこの人)」


わざわざ悪態を吐きに来たんだろうか?さっさと帰ればいいのに、今日もたくさん練習してたから疲れてるだろうし。




「あれー?苗字さん、まだ残ってたの?何かあった?」

「茂庭先輩!いえ、私ももう帰ります」

ひょっこりと体育館を覗いて来たのは主将の茂庭さんだった。この人は良い人だ、どこかの誰かさんと違って悪口は何も言わないし、後輩の面倒見はいいし、尚且つ私にも優しくしてくれる。



(彼氏にするなら、こういう人がいいな)






「そっか、もう暗いから二口ちゃんと苗字さんを送ってやれよー?」

「え」

「は?何で俺が?嫌ですよ」

「茂庭先輩、私一人でも帰れます」

「何言ってんだ可愛い女の子が夜遅くに帰ったら危ないだろ?」

「か、可愛い女の子?」



可愛い?誰が?私が?

可愛いなんてあまり言われない私が??




「え?どこに可愛い女の子がいるんですかぁ?」

「……。」

「ブスなら一人居ますけどぉ」

「あのなぁ……二口、お前はなんでそういう悪い言い方しか出来ないんだ。ちゃんと送ってやれよ?」


「じゃあなー」と言って茂庭先輩は帰っていった。茂庭先輩が送ってくれればいいのに……と思ったが、そういえば茂庭先輩はバス通学だった気もする。





「二口、私一人で帰るからいいよ」

「誰も送るなんて言ってねーだろブス」

「そうだね」


そうだった、二口が茂庭先輩に言われたからといって素直に、嫌いな私を送るはずもない。二口は私を少し睨んだ後、体育館から出て行った。

私もボールを片付けたら帰るとしますか。




「……ふう」


ようやくボールの片付けが終わった私は体育館を出て、制服に着替えに向かった。制服に着替えながら、ふと二口について考えてみた、そういえばアイツはいつから私の事が嫌いだったかな、昔は普通に会話していた気もするが、気付いた頃に二口は私に悪態吐くようになった。私の中で二口はそういう奴なんだと認識してからは、何を言われても気にしなくなっていた。しかし嫌われる理由があっただろうか?




「(私、二口に何か嫌われるような事したかな)」




制服に着替えて学校を出ようとすると、校門のところに人影が見えた。まだこんな時間に生徒が残っていたんだろうか?


少しずつ見えてくる生徒の姿に


思わず目を見開いて立ち止まってしまった。





「……二口、アンタ何やってんの」

「茂庭さんに怒られるのが嫌なだけだ」

「はい?」

「家まで送れって言われたからな」

「すっごい嫌そうな顔してる」

「あったり前だ、なんでこんな誰も襲わねーようなブスを送らねーといけねぇんだ」

「……じゃあ私帰るね」

「……。」


私が学校を出ると、二口は後ろを付いてきた。





「(嫌々だけど、本当に送ってくれるみたいだ)」



茂庭先輩って凄いな、二口をここまで従わせるなんて、いつもの二口だったら絶対に私なんかを送ろうとはしない。絶対にだ。




※※※※




お昼休み、ため息をついているとお弁当を持った舞ちゃんが私のところに来た。



「名前、昨日は二口君に送って貰ったんだって?」

「誰からの情報?」

「昨日、私休みだったでしょ?名前が誰と一緒に帰ったか二口君に聞いちゃった、で?どうだった?仲直り出来そう?」

「帰り道は二人共終始無言で帰ったよ」

「え、何それ」

「私から話しかける理由もないし、あっちも不機嫌そうに黙ってたよ」

「じゃあいつ仲直りするの?」

「仲直りっていうか、そもそも喧嘩した覚えはないよ。二口が私の事を嫌いなんでしょ」

「じゃあ名前は?二口君嫌い?」

「嫌い、悪口言ってくるし」

「なんで二口君はそんなに名前にキツイんだろうね、何か覚えてない?」

「特にないと思うけど?」

「そっか、二人には仲良くして欲しいんだけどなぁ」

「私は別に二口と仲良くしたくないけど」

「えー、二人って絶対仲良くなれると思うのに」

「どこが……」


共通点も同じバレー部ってだけだし、まともに会話した事もないし、仲良くなれる要素が一つもない。


もう一度言おう、


一つもない。









「はぁ、私のメンタルはもうボロボロだよ」

「二口君、ひねくれてるからねぇ」

「ひねくれで、ブスとか言われる私って」

「名前は可愛いよ?」

「あれだけ何度もブスって言われると自信ないよ」

「可愛いってば」

「うん、ありがとう……」



落ち込んでいる私に舞ちゃんは必死に励ましていた。ブスとか馬鹿とか言われてもバレー部をやめない私も凄いと思う。言ってくるのは約1名だし、私もバレーが好きだからやめたくない。



「もしかして二口は、私にバレー部をやめてほしいのかなぁ」

「え!名前がやめたら困るよ!みんなも私も!」

「最近、二口からの辛辣な言葉がそういう風に聞こえてきて、そうなのかなって」

「バレー部をやめたら怒るよ、っていうか何で二口君はそういう事を言うかな、ちょっと聞いてくる」

「いやいや、いいよ。私が我慢すればいいんだから」

「でも」

「大丈夫」



舞ちゃんはなんとか分かってくれたみたいだけど、腑に落ちないようだ。今すぐ二口の所に行きそうだからそれは制止させたい。












「苗字さん、早くドリンクちょうだい」

「はい」


相変わらず、部活中に二口は私に対して機嫌悪そうに話しかけてくる。そういえば初めて話した時はこんな感じじゃなかったと思う。
という事は何かきっかけがあって私の事を嫌いになったんだと推測される。うーん思い出せない。






「はぁ、二口嫌い」

「ドリンクなら私にも言ってくれたらいいのにね」

「わざわざ私に言ってくるんだから、本当に私が嫌い何でしょ」

「名前、大丈夫?」

「大丈夫、ボール拾いに行ってくるね」

「でも、顔色悪いよ?」

「そういえばちょっと熱っぽいかも、でも動けるし大丈夫だよ」

「無理しないでね」

「うん」


コートに散らばっているボールを拾っていると、同じようにボールを拾っている小金井君とバッタリ会った。


「苗字先輩!俺が拾います!」

「ありがとう、でも小金井君も練習したいでしょ?私も拾うからトス練してもいいよ」

「じゃあボール拾い終わったらボール上げてくれますか!?」

「うん、いいよ」

「あざまっす!!」


小金井君はいつも真っ直ぐで真面目で素直でいいなぁと思い、再び残りのボールを拾って行った。






「苗字さん、そこにいると邪魔なんだけど」

「二口」


忘れた頃にやってくる、毒舌辛辣王二口。





「サーブ練習してるんだから、あっち行ってて」

「ボール拾ったら行くよ」


(そんなに私が近くにいると嫌なのか、ボール拾いなんていつもしてるのに)





「苗字先輩!ボール拾い終わりました!トス練お願いします!」

「ありがとう早いね小金井君」

「何で小金井にも手伝わせてんの?ちゃんとマネの仕事したら?」

「……。」

「ボール拾い終わったらトス練に付き合って貰えるんで早く拾いました!」

「ふーん、どうでもいいけど気をつけろよ」

「はいはい、二口君の邪魔をしないように気を付けるよ」

「そうじゃねぇよ馬鹿」

「またそういう言い方、そういうの良くないよ」

「別にいいだろ、俺の言動にいちいち突っかかってくるのやめてくれない?」

「突っかかってない、言葉も凶器になるんだから気を付けてね」

「何?俺に言われても凹んでるの?」

「私にだけ言うなら別にいいよ、我慢するだけだし。でも先輩や後輩には気を付けてってだけ」

「苗字さんて馬鹿なの?他が平気なら自分だけ傷付けばいいって事?本当に馬鹿だよね」

「……。」

「そんなんだから、モテないんだよ」

「それは関係ないでしょ」

「あ、あの、お二人共?」


小金井は一触即発の二人の様子に慌てていた。


(主将を呼んだ方がいいかな!?)





「別にモテなくたって生きていけるし」

「ブスだから彼氏出来ませんって言えばいいのに」

「……アンタねぇ」


またそんな事ばっかり言って。



「私の事がそんなに嫌い?」

「は?」

「大丈夫だよ、二口」

「?」

「私も二口の事が大っ嫌いだから」


二口には滅多に見せない笑顔で言った。





「練習に行こう?小金井君」

「うっす!」


二口の事はもう放っておいて、
小金井君と一緒に隣のコートに移動した。





「なんで二口先輩は苗字先輩の接し方が俺達と違うんですかね?」

「私の事が嫌いなんでしょ」

「そうですか?俺には二口先輩が苗字先輩に構って欲しそうに見えます」

「私に?なんで?アイツいつも馬鹿にしてくるのに?」

「いや、あの俺にはそう見えただけなんで!」

「そっか、じゃあボール上げるね」

「うっす!」


小金井君に向かってボールを上げて行く、相変わらずトスを高く上げる癖は治っていないようで、ボールがあっちこっちに飛んで行く。


(あれじゃスパイク打ちにくいだろうなぁと思いつつ、もう一度ボールを小金井君の上に向かって投げた。)



「あれっ!?」



投げたボールを小金井君は思いっきり外し、体制をぐらりと崩した。




「!」

そして私のいる所に倒れてきた。







体育館に大きな音が響いた。






「いだだ……」

「……っ」


体が少し痛くて、目を開けると目の前に小金井君がいた。


(ああ、そうか。小金井君が倒れて来てそのまま押し倒されたのか。ていうか重い。)




「お、重いよ、小金井君」

「へ?あ!!すんまっせん!!」

「名前!大丈夫??」

「お前ら大丈夫か!?」


舞ちゃんと茂庭さんの声が聞こえた。私の視界には小金井君しか写っていないから、周りが何も見えない。どういう状況なんだろう。


ていうか本当に重い。
小金井君190cmだっけ?

そりゃあ重いだろうなぁ。





「小金井っ、どけ!」

「うぼげっ!」

目の前にいたはずの小金井君が突然ぶっ飛んだ。




「!」

「おい!苗字大丈夫か!」


目の前には二口が居て、
私の身体を起こしてくれた。



「おい、聞いてんのか!」

「……え、あ、うん」

足が少しズキズキするけど。
それより二口がどうしてこんなに焦っているのか分からない、いつもみたいも嘲笑って、馬鹿にすればいいのに。





「立てるか?」

「うん、っ!」

二口に手を貸して貰い、なんとか立とうとしたが足首がズキズキと痛んだ。




「(あれ、ヤバイ、なんか足首が痛い)」

「お前、まさか足を」

「……えっと」

「名前!大丈夫??」


舞ちゃんが寄って来て、
「大丈夫だよ」と言おうとしたが、


身体が浮いて、それは言えなかった。




「は?ちょ、ちょっと二口!降ろしてよ」


なんでアンタ、
私をお姫様抱っこしてんの!?




「うっせぇ黙ってろ」

「二口君、そのまま名前を保健室に!」

「おう」

「いや、重いから!重いでしょ??降ろしてってば!」

「うるさいな!重いのは分かってんだよアホ!」

「!」

「持ちにくいから暴れんな馬鹿!」

「え」


二口が、二口が、おかしい。




二口によって保健室に運ばれながら、現在の状況に頭が回らなかった。



保健室は開いてはいたが、先生がいなかった。

私をベッドに座らせて、二口は湿布を私の足首に貼っていた。優しく処置をする様子に私はポカンとしていた。


(目の前にいるこの男は誰だっただろうか?)






「よし、終わり」

「アンタ、私の事嫌いじゃなかったの?」


お姫様抱っこで保健室まで運んでくれたり、足首の処置までしてくれたり。






「俺がいつ、苗字の事を嫌いだって言ったんだよ」

「いつも馬鹿とかブスとか言うでしょ」

「言ったら悪いかよ」

「悪いっていうか、傷付くでしょ」


今まで我慢してたけど。






「俺は、」

「?」

「俺は嫌いじゃねーよ」

「は?」

「苗字をイジメたいっていう気持ちはあったけど」

「なんで」

「だってそうしたら苗字は俺の事を見てくれるだろ、俺の事を「ムカつく」って意識してただろ?」

「確かに、なんで二口はああいう事ばっかり言うんだろうって気にはなったけど」


だからといって、それが一体なんだと言うんだ。



「それは私が嫌いだからでしょ?」

「苗字さんって本当に馬鹿だよねぇ」

「……そろそろ怒っていい?」

「なんで俺が意地悪するか考えて欲しかったんだけどなぁ」

「意味わかんない」






ちゅっ。





「これでも?」

「!」


唇に一瞬、二口の唇が触れた。






「あ、アンタ、今、何を……」


初めてのキスをさらりと奪われてしまって上手く言葉がでない。




「どうだった?」

「どうだったって、な、なんで二口はいつも私が嫌がる事ばっかりするの?」

「え、いや、俺がしたかったからしたんだけど」

「はい?」

「だから、俺は苗字が好きだって言ってんの?まだ分かんないの?本当に馬鹿なの?」

「え」

「もう一回しようか?」

「何、言っ」


口に出す前に、
唇を塞がれてしまった。







さっきより少し長めのキスに


私の思考回路はショートした。








ああもう、誰が好きとか嫌いとか
ごちゃごちゃになってきた。



「……二口、あんた性格悪すぎ」

「知ってる」

「ちょっと待って、私どうしたらいいのか分かんない、凄く混乱してる

「え?そんなの簡単でしょ」

「え?」

「俺の事を好きになれば良いんだよ」

「は」




ああもう、何なんだこいつは。



「顔真っ赤だけど?」

「二口、本気なの?」

「本気。まぁ、苗字は全然気付いてくれないから、ちょっと酷い事言っちゃったりしたけど」

「タチが悪い」

「これでも俺、苗字に一目惚れしてるんだよねぇ」

「!?」

「あとは」

「も、もう、いいから」



熱が出そうだからもうやめて。
……ああもう体温が上がりそう。





「大丈夫かよ?」

「顔が赤いのは熱のせいよ」

「苗字」

「なに?」






「好きです」







どうしたら良いんだ。
もう熱が下がる気配がない。


そうだもう熱のせいにしよう。








「……はい」



頷いたのも、熱のせいだ。















おまけ




「茂庭さん!二口先輩ってどうして苗字先輩にあんなにも態度がキツイんですか?」

「あぁ、あれだろ好きな子には意地悪したいって奴だろ」

「え、じゃあ二口先輩は苗字先輩が好きって事なんですね!」

「え、二口君って名前の事好きなの?私知らなかった!どうしよう」

「どうした、滑津?」

「名前、二口君の事いつも嫌いって言ってたの」

「ドンマイだなぁ、二口」




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