1、優雅な時間







「優雅な時間」とは一体どういう時間を示すのかは人それぞれであろう。アフタヌーンティーを楽しむ時間や、音楽を聴いたり奏でたりして時間を過ごしたり、好きな本を時間を気にせずに読んだり、はたまたお姫様のように素敵な人と時間を共にしたりと、「優雅な時間」というのはこれといって決まりがない。本人が優雅だと思えばそれは「優雅な時間」だと言葉にしていいのだ。



例えば、「私」は図書室で一日中食事も忘れて本を読み漁ったり、地下室で勉強だからと称して怪しげな薬を作ったり、絶版となっている妖精の解剖の仕方を見ながらアールグレイを飲んだりする時間も、「私」にとっては「優雅な時間」と言えるのである。



ああ、そういえば「私」が誰かまだ紹介していませんでしたね。「初めまして」という言葉は最近使った覚えが全くない。何故なら「私」はこの大きなお屋敷からあまり外に出ないからだ。
大きな屋敷に住んでいる時点でお気付きかと思うが、「私」は魔法界ではそこそこ名家の娘だったりする。魔法薬学者の父と母も純血の魔法使い。そしてその間に生まれた「私」も勿論、純血の魔法使いである。しかし魔法学校へは行っていない。



何年か前にホグワーツ魔法魔術学校への入学に関する手紙が来ていたなぁ…と思いつつ、今その手紙がどこにあるのかはもう覚えていない。きっと古びた手紙などは執事辺りが捨ててしまったんだろう。もし11歳から学校へ行っていれば9月で4年生くらいかなと考えたが、行きたいという気持ちにはなれなかった。まぁ魔法に関する勉強は博識な母と屋敷の図書室にある大量の本達が教えてくれるし、不自由はしていない。



「……出来た」


独り言が出てしまうのはもはや癖のようなもので治りはしない。どうせ誰も聞いちゃいないし、そんな事を気にするのも時間の無駄だ。今はただ出来上がった目の前の薬に感動したい。光に通して見れば濁りひとつないこの出来の良い薬に自画自賛したい。もう数年も顔を合わせていない父が長年研究して作り出したこの「マル秘研究日記」を見て作ったこの薬。(ちなみにこの日記は父の部屋から無断で持ち出した)




「綺麗な色……」


うっとりと薬を見ていると、私の実験室のドアをノックする音が聞こえた。一体誰だ、私の実験の邪魔をするのは。まぁ薬は出来上がっているから邪魔はしていないんだけど。




そう思っている間も、ひたすらノックする音が実験室に響いた。




「どうぞ」

仕方なく、薬の入った瓶を机の上に置いてドアの方に声をかけた。「失礼します」と恐る恐る入って来たのは執事のカロンだった。そんなに怯えなくても私は父みたいに「実験の邪魔をするな!!」と怒鳴ったりしないから安心して欲しい。私は幼少の頃に一度怒られた事があるがあの時のお父様は恐ろしかった。ちなみに父はずっと研究室に籠っている。一体何の研究をしているのか……。





「あの、お嬢様。実はお客様がいらしておりまして」

「お客様?珍しいわね、この屋敷にお客様が来るなんて、一体どこのどいつ様かしら、というか屋敷にかけてある隠し家呪文が切れてしまっているんじゃないの?」

「いえ!魔法は効いたままになっております。しかし、お客様は屋敷の玄関からきちんと我がヴィンセント家を訪ねて来ております……」

「……何故、それをわざわざ私に言いに来たの?お父様かお母様のお客様でしょう?私を訪ねて来るお客様なんていないわ」

「そ、それが、ユンお嬢様に会いに来たと仰っております」

「私?何故?」

「それは分かりかねます……」

「嫌よ、面倒だし。そのお客様には悪いけどお父様…は無駄ね。お母様に代わりに会って貰えるかしら?」


私は実験で忙しいので、どこのどいつ様か分からない客人と会う暇はない。





「しかし……旦那様の研究室をノックするのは自殺行為ですし、奥様は先ほどからご友人と電話をしてらっしゃるので、ここはもうお嬢様しか!」

今にも泣き出しそうなカロンに、「泣くんじゃありません!貴方もう三十路でしょう!」と、言ってやりたい所だが……






「お嬢様、どうかお願いします。私は旦那様の研究室をノックして死にたくはありませんし、奥様の電話の邪魔をして怒られたくはありません……!」

「………。」

「その点、お嬢様はあまり怒りませんし殴ったりもしません!だから私はお嬢様にお願いしに来たのです!」

「…私だってお父様のように怒ろうと思えば怒れるし、殴ろうと思えば殴れるわよ」

「いえいえ!お嬢様はとてもお優しい方です!たまにかけて下さるお嬢様の冷たい言葉も冷やかな視線も旦那様に比べれば可愛らしいものです!」

「……何だか癪に障るわ」

「どうかお願いですお嬢様、お客様のお相手を!」

「ああもう、仕方ないわね」


はぁ……と小さく息を吐いて、実験室からカロンと共に出た。カロンはそんなに嬉しかったのか嬉し涙を流していた。結局泣くんじゃないこの三十路男は。






ロングスカートを揺らして玄関の方へ行ってみれば、見知らぬ長身の男性がそこにいた。お父様の知り合いじゃないの?と思ったが、私に会いに来たと言っていた。私にこんな知り合いはいないはずだけど。


カロンがお客様を屋敷内にある応接室に案内して、紅茶と菓子を用意していた。





「失礼だが、ユン・ヴィンセントで間違いないかの?」

「ええ、私がユンです。兄弟は居ませんし」


向かい合ったソファーに座り、カロンが淹れた紅茶を飲みながら答えた。



「おお、ようやく会えたわい。3年間ずっとぬしを探していた」

「……探していた?すみませんが貴方はどちら様でしょうか?お父様のご友人の方でしょうか?それに貴方はどうやってこの屋敷を見つけたんですか?何をしたんですか?」

「……うむ、質問の多いお嬢さんよのう」

「すみません、家の者以外と話すのは久しぶりなもので」

「わしを敵とは見ておらぬようじゃが?」

「この家を見つけたならば貴方は実力のある魔法使いでしょう?ヴィンセント家の者を殺すつもりで来たにしては殺意がまるで感じられないわ」

「ほほう、なんとも自信家なお嬢さんじゃ」

「自信じゃないわ、推測よ」

「……自己紹介が遅れてすまんの、わしの名はアルバス・ダンブルドア。ホグワーツ魔法魔術学校で教鞭をとっておる」



"ホグワーツ魔法魔術学校"と聞いて、ユンはピクッとした。そして両手で持っていたカップとソーサーを机の上に置いた。






「お引き取り下さい」

「ほほう、その発言はまたもやぬしの推測の結果かの?」

「これは推測ではなく確信です。私はホグワーツには行きません、お引き取り下さい」

「どうしても学校に通うつもりはないのかな?学校では様々な教科を教えておる。きっと興味を持ちそうな教科があるであろう」

「私がですか?」

「ほ?」

わざとらしくにっこりと笑ったユンにダンブルドアは「?」とカップを机の上に置いた。




「自分で言うのもあれですが、「私」という人間はとても変わり者です。汚れているモノを綺麗と良い、恐ろしいと言うモノには立ち向かいたくなります。学校というのはそれを正されてしまうでしょう?」

「うーむ、なかなか変わったお嬢さんじゃ」

「ですのでお引き取り下さい」

「そうじゃのう、今から1年生として通うのもどうかと思う、というわけで編入生として、年齢に合わせて4年生から学校に入学するというのはどうじゃろう?」


私と同じように、にっこりと笑ったダンブルドア教授に思わず笑顔が崩れた。私の後ろにいるカロンは持っていたトレーを落とした。「す、すみませんっ……」とカロンは申し訳なさそうに言った。




「……どうも貴方とは話が通じていないようですね」

「ではユンよ、屋敷に居てぬしは何が出来るようになった?」

「何が……と」


私が屋敷でやっていた事と言えば、実験や魔法薬作り、自分の身を守る防衛術に魔法史の本を読み漁ったりと様々だ。





「私は私のやりたい事をやっています。学校に行くまでもありません」

「ぬしのやっている事はホグワーツの生徒からしたら袋から出したばかりクッキーの一口目と同じじゃの」

「……クッキーの一口目?」



私のやっている事はホグワーツの生徒からしたら鼻で笑うような事なの?




「ホグワーツという所はそんなにも高度な技術と知能とセンスを持った生徒の集まりなのね、とても興味深いわ」

「お、お嬢様!?」


まさかホグワーツ魔法魔術学校に行く気ですか!?とカロンは騒いでいた。ユンは頑として行かないと言うと思っていたのだろう。



「ホグワーツに来れば、きっと満足行くモノを得られると思うがの、それをその碧眼で見る事もせずに捨てるとは……」

「ふーん……」

「お嬢様!聞いてはいけません!」

「煽られて、興味深いと言っているわけじゃないわカロン、ホグワーツにある高度な技術が気になったのよ、」

「ホグワーツにしかない禁書もあるぞ」

「へぇ……」


行かないと決めていたホグワーツ魔法魔術学校だったが、盗める技術や知識があれば全て吸収したいと思うようになってきた。




「どうじゃ?今からでもホグワーツに通ってみないかの?」


先ほどと同じ台詞をダンブルドア教授は言った。この人は此処に来る前から私の事を知っていたのだろうか、事前に調べでもしたのか言葉巧みにホグワーツへの興味を向かせ再び入学を誘ってきた。




「そうですねぇ、貴方に入学をそそのかされホグワーツに行きたいのは山々ですが……」


ちらりと、カロンの方を見た。ユンが何を言いたいのか察したカロンは首を思いっきり振った。



「お、奥様も旦那様もお忙しいみたいですっ……!」

「……そう」

「ふむ、出来ればご両親ともお話をしなければのう……」

「ええ、ですがお父様もお母様もきっとホグワーツに行く事を許してくれるでしょうから大丈夫です。二人もホグワーツの学生と聞いていますから」

「そうじゃったのう」


そう言ってダンブルドア教授は杖を振って学校案内の書類などを出した。いくつかサインをする所があったり、入学に必要な制服の指定や教科書などが書いた紙などを私に渡してきた。





「ホグワーツ魔法魔術学校はユン・ヴィンセントの入学を歓迎しよう」




「私」は、ホグワーツ魔法魔術学校へ行く事を決めた。それはまだ見ぬ知識や探究心の為に。







(さぁいらっしゃい、未知なるモノ)







×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -