想う気持ち


いつからだったか、マネージャーの小田原がやけに俺に寄ってくるようになったのは。

もちろん、興味もなければただのマネージャーとしか見ていない。俺が見ているのはいつも彩華だけだ。2年の半ばくらいから付き合い初めて、3年は同じクラスになれたらいいねなんて話してたけど願いは叶わず。それでも2クラスしか離れてないから近いし、真田と柳生もいるから部活を口実に会いに行ける。

今日はもう3回もA組に行ってるから控えておこう、でも彩華に会いたい、たったの10分休憩だけど顔をみたいなんて迷っているとクラスメイトが「幸村くん呼んでるよー」って言うから嫌な予感がした。正直もううんざりなんだ、どうして興味もないやつに部活以外でこんなに顔を合わせないといけないのだろうか。

「精市!聞いて、今日もね...」
『その呼び方やめてくれないかな』
「あ、ごめんね...そう言えばさっきさ!」

俺は小田原の顔も見ずに返事をするけど彼女は話し続ける。内容はいつも一緒、聞きたくもない彩華の陰口を聞いたということ。こんなこと俺に言った時点で彼女にもメリットがないし、俺にもない。むしろ気分を害するだけだ。小田原の考えていることなんて分かるけど、俺はそんなことで感謝なんかしない。知らなくてもいいってこと。

「酷いと思わない?」
『あのさ、君がそれを言わなければ俺だって知らないで済むんだ。わざわざ嫌な気持ちにさせてなにをしたいの?』
「だって彼女さんが陰口言われてるんだよ?嫌じゃないの?」
『確かに陰口は大嫌いだ、でも俺が彩華を信じている、それだけでいいじゃないか』
「でもさ、さすがに幼なじみでも真田くんといすぎじゃない?」
『いい加減にしなよ、それだったら君も同罪だよ』

予鈴が鳴って小田原は静かにその場から立ち去った。彩華が真田と仲がいいのは確かだ、でもそれはただの幼なじみであってそれ以上の関係ではない。俺も真田とは幼なじみだけど、彼女の存在は中学に上がってから知った。あの堅物と呼ばれている真田が唯一顔を綻ばせる存在で、真田からすればただの幼なじみでは無いことは一目瞭然だ。

真田と同じく俺も彩華の魅力に惹かれていった。特別可愛いとかスタイルがいいとかそういう訳ではなくて、ほんとにいい子なんだ。彼女の笑顔から滲み出る暖かいオーラに俺は引き寄せられた。悪い噂なんて1回も聞いた事がない、彼女の回りには似たような友達がいつもいる。そこも含めて彩華を好きになったんだ。

でも俺は油断したんだ、世の中良い奴ばかりじゃない。彩華の優しさを疎ましく思う奴らだっている。小田原の口から以外で彼女の悪口は聞いた事なかったけど今思えばそれは当たり前だ、彼氏の前でその彼女の悪口を言うやつはそうそういないだろう。あろう事か、ついにそれに鉢合わせてしまった。数名の女子が彩華を囲んで何か言っている。

「幸村くんの彼女だからって調子に乗んなよ」
「真田くんキープしてるんでしょ?最低」
「どっちにも失礼だしアンタにはもったいないんだよ」
「だったら小田原さんの方がお似合いだし」

どうして小田原の名前が出てきたのか引っかかったけど今はそれどころじゃない、俺は急いで彩華の前に出ると彼女等は血相を変えてどっか行った。彩華は小さく震えた声で「ごめんなさい」とだけ言った。俺はとても苦しくなって、彼女を抱きしめた。

それからだったか、柳生から彩華の様子がおかしいと聞いたけど俺の前ではいつも通りだった。でも、部活終わりの部室での仁王と丸井の会話で俺は気づいたんだ。

「女の嫉妬ほど怖いものはないぜよ」
「あー、それなー!あいつら陰でコソコソとやるからな。この前だって幸村くんの「おいバカ、言うなっ!」
『俺の、何だい?丸井』
「あ、いや、違う...何でもねーよ」
『丸井?』
「俺が言う。幸村、彩華に口止めされたんじゃがお前さんのためにも言った方が良さそうじゃのう。彩華、一部の女子からしょっちゅう呼び出しくらってるそうでのう...。この前俺と丸井で止めに入ったんじゃが、裏目に出てしまったかもしれん」

でも、最近はどうか聞いたら大丈夫だって言ってたけど...。まさか、俺の前では無理してたのか。俺を頼ってくれなかったとかそういうのじゃなくて、気づけなかった自分が凄く情けない。彩華は実は強い子って訳じゃないし、これ以上彼女を傷つけたくない。どうすればいいんだ。

「幸村、お前さんの気持ちはよう分かる。じゃが、今は敢えて距離を置いた方が彩華の為になると思う」
「もしかしたら、俺たちが何もしない方が彩華を守れるかもしれねーなー」
「ああ、今の奴らは彩華のバックに俺らがいると言うのが災いしている。暫くは距離をとって様子を見てみた方がいい」
『...』

納得がいかなかったけど、彩華の為ならそうするしかなさそうだ。これで彩華を守れるなら...。

それから俺は彩華に会いに行くこともやめて、廊下ですれ違っても軽い挨拶で済ますようにした。とても苦しかった。彩華に触れたい。せめてデートくらいしたかったけど、大会が近いこともあって休日も部活だから会う回数は次第に減っていった。

「精市、話したいことがあるの」

懲りずに小田原は俺のクラスにやって来る。最近では、彩華よりも見る顔だ。ああ、ウザったい。俺は彩華に会えない、話せない、触れられないのがストレスになっているのにこいつが来るなんて尚更だ。

『部活の話ならここでもできるだろ』
「ううん、ちょっと他に聞かれたらまずいから、部活前に体育館裏来れる?」
『分かった』

部活前に小田原に言われた通り体育館裏に来ると、もう既に小田原はいて俺に気づくと小走りで寄ってきた。彩華だったら愛しいと思うことも、こいつだったら鬱陶しいとしか思わない。周りからは綺麗だとか、スタイルがいいとか言われているけど俺は全くもって小田原には興味が無い。短いスカートから出る細く伸びた脚にすら嫌悪感を抱く。

『要件は?』
「精市のことが好き」
『悪いけど君の気持ちには答えられない』
「知ってる、でも好きでいていいでしょ?」
『だったらマネージャー辞めて貰えないかな』
「それは...。じゃあお願いがある。抱きしめて、そしたら精市のこと綺麗さっぱり諦めるし、もう精市に会いに行かない」
『抱きしめることはできない、諦めて』
「お願い...。抱きしめてくれたら、諦められるの。最後のお願いだから...。好きになっちゃったんだもん、しかたないでしょ。精市が彼女さんを好きになったのと一緒で...」

こんなこと言うなんて卑怯だ。確かに俺は最初彩華に一方的に好意を寄せていた。それでも嫌な顔ひとつせず、丁寧に応えてくれたんだ。今の俺はどうか。小田原を突っぱねてばかりで、それでもマネージャーの仕事はちゃんとこなしてくれていたんだ。少しやりすぎだったかもしれない。

『分かったよ...』
「ありがとう、これでもう諦めるから」

俺はぎこちない手つきで小田原を抱きしめると、小田原も俺の背中に手を回してきた。彩華への罪悪感でいっぱいだ、でもこれで小田原が本当に諦めてくれるならまだ俺の気持ちも少しは楽になる。あとは時間が解決して、彩華とも今まで通りに過ごせるようになるだろう。あと少しなんだ...。

『!?』

俺が見ているのは幻だろうか。今まさに視線の先には彩華がいる。すぐさま小田原から離れると、放心状態の彩華の元へと走った。気づいていないようで、『彩華...』と呼ぶとはっとして俺の事をゆっくりと見てくる。

「精市...陰から見るなんて、卑怯だったよね。ごめんね」
『彩華は悪くない、謝らないで』
「あたしの入るとこなんてなかった。あたしが彼女で恥ずかしかったよね、ごめんね...」
『そんな事言わないでくれ、それに...』
「精市、今までありがとう。さよなら」

何かで後頭部を殴られた感覚だ。目の前が真っ暗になった。嘘だ...。

『彩華...。彩華!彩華!行かないでくれ、彩華...!!』

何とか我を取り戻して絞り出した叫び声も虚しく、彩華は振り返りもせずに俺の前からいなくなった。しばらく立ち尽くすことしか出来なくて、今日はもう部活どころじゃない。

「ごめんなさい、まさか、彼女さんに見られてるなんて思わなくて...ほんとにごめんなさい」

今は見たくもない奴が俺の前で泣きじゃくっている。小田原が悪くないって分かってる、でも今の俺は冷静じゃない。奴をキッと睨むと、握ってる拳に力を込めた。

『もう、俺に関わらないでくれ』
「ごめんなさい...」
『もう謝らなくていいから、早くどっか行ってくれないかな』

こんなんじゃダメだって分かってる。1人の女の子に左右されるなんて俺らしくもない。でも、俺の中で彩華はそれほど大きな存在だったんだ。ぽっかりと空いた穴。どう埋めればいいんだろう。テニスだけではダメみたいだ。

もっと早く彩華の苦しみに気づいてあげれば良かった。距離を取ったのが悪かったのか、だったらそんなことしなければよかった。全て間違っていたんだ。でも、俺はこの信じられない現状を受け入れなければならない。


俺は大好きな彩華と、さよならしたんだ...

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