微笑む君


弦一郎に初詣に行こうと誘われて、あたしはてっきり年明けと同時だと思ってたけどそんな訳なかろうと言われてしまった。そして、1月1日のお昼に行くことになって弦一郎が迎えに来る。これを知ったお母さんは、「弦一郎くんと付き合ってるの?」なんて目を輝かせたけどそれは無いと言えば何故か項垂れていた。

「弦一郎くんと初詣なのに着物着て行かないなんて、もったいない」
『着物は着ないよ、それに何度も言うけど弦一郎とはなんにもないからね』

前日まで着物を着て行けとしつこく迫られ、あたしは拒否し続けた。なんとかお母さんが折れてくれたけど、着物を探し始めたしもう少しで着せられるところだった。

間もなくして弦一郎が来て、お母さんはにこにこしながら新年の挨拶をしていた。その間も「こんなに男らしくなってカッコイイ!」とか言うし、あたしはそんなお母さんの横をすり抜けて弦一郎と初詣へと向かう。

『なんか、お母さんがごめんね...』
「いや、元気そうでなによりだ」
『それより毎年家族で行ってるのに、良かったの?』
「ああ、彩華とこうして共にどこかへ行くのも今年で最後だろうからな」
『どうして?』
「学校が違ってしまえば、自然と離れていくものだ」
『そんな、まだ受かってないし分からないよ』
「今からそんな弱気でどうする?受かるもんも受からんぞ」

そう言って弦一郎は微笑んだ。しばらくして神社に着くと、人でごった返す様子を見た弦一郎は「想像以上だな」と顔を顰めた。確かに弦一郎の言う通りで例年以上に混んでいる気がする。お参りするにもかなり長い列が出来ていて、仕方ないけど並ぶことにした。

思っていたより列は早く進んで、いざ自分の番となったら何も考えずにお参りしてしまった。いや、煩悩を捨てよと言われるくらいだから良かったのだろうか。なんて考えていると脚に何か当たったから見ると泣きじゃくっている小さな男の子だった。

『どうしたの?』
「ママとパパとお兄ちゃんとはぐれちゃった」
「どうした、迷子か?」

弦一郎が顔を覗かせれば、その子はビクッとしてあたしの後ろに隠れる。

『大丈夫だよ、このお兄さん優しいから』
「...ほんとに?」
『うん!』
「肩車してやろうか?そっちの方が親御さんも早く見つかるだろう」
「肩車!したい!!」

喜ぶ男の子の姿を見てホッとする。弦一郎は慣れた手つきで肩車をすると、身長高いからか男の子はかなりの高さになった。これはすぐに見つかるだろう。

『慣れてるね』
「ああ、よく佐助くんを肩車するからな」
「お兄さん、たかーい!」

人混みを進むけど、早々すぐには見つからない。いくら身長高くても人混みに紛れてしまえばなかなか目立たないものだ。男の子も不安そうな表情へと変わっていく。

『大丈夫だよ、お姉さんたちが見つけてあげるからね』
「うん...」

「何してるんだい?」

聞きなれた声に振り向くとそこには精市がいて、弦一郎と男の子を交互に見ると「佐助くん...じゃなさそうだね」と呟いた。

『この子迷子で、家族を探しているんだけどなかなか見つからなくて』
「それは困ったね...。俺も協力するよ」
『え、でも、お参り、誰かと来たんじゃ...』
「家族と来たけど、お参り済んだらみんな帰っちゃったんだ。俺一人だったし大丈夫だよ」
『そうなんだ、ありがとう』

何をほっとしているんだあたし。もう何も関係ないのに。小田原さんと来ていたとしてもあたしは何も言えない立場だ。でも、家族で良かった...。

「彩華?どうかした?」
『ううん、なんでもないよ。早く探してあげないと!』
「そうだね...ちょっと声を出せば変わるかもね。すみませーん!!迷子の男の子連れてます!」
『!?』

精市がこんなに大きい声出してる姿は初めて見る。さすがに周りの人達も振り返り、1人掛け寄って来た人が「さっき迷子の男の子探してるって人があっち行ったよ」と教えてくれた。指さした方へ向かうと、いきなり男の子が「ママ!パパ!お兄ちゃん!」と叫ぶから、弦一郎が慌てて男の子を下ろすと家族の元へと駆け寄っていった。両親からはかなり感謝されて、何だかいい気持ちだ。

「良かったね」
『うん、そうだね。弦一郎もお疲れ様』
「ああ、大したことない」
『精市もありがとう』
「俺も力になれて良かったよ。真田、邪魔をしたね」
「なっ、そんなことない...」

精市は「また新学期ね」と言って行こうとするから、あたしは咄嗟に『この後、3人でご飯でもどう?』と弦一郎ともそんな予定なかったけど、まだ精市といたいから言ってしまった。精市は驚いた顔をして「いいのかい?ご一緒させてもらうよ」と微笑んだ。

「彩華、そんな予定組んでいたか?」
『ごめん、今いきなり思いついて...』
「真田いいじゃないか、滅多にない機会なんだし」
「ああ、そうだな」

精市はまた微笑むと、その笑顔に心做しかドキッとしてしまった。あたしはハッとして急いで顔を背けると「彩華?どうかした?」と精市はいたずらっぽく笑いながら覗き込んでくる。もしかして見透かされてる?彼は一体何を考えているんだろうか、あたしもあたしだけどいつまでも振り回される訳にはいかない。卒業までにはこの気持ちに踏ん切りをつけないと...。

「あ、言い忘れていたよ。明けましておめでとう、今年もよろしくね」

ああ、無理そうだ。

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