決意したのは


放課後、職員室に来たのは進路の報告をする為。そこまで悩まなかったかもしれない。いや、悩む必要も無いほどいい話だ。例の女子校の推薦を受けることにした。

「その答えを待っていたよ。推薦状を書くから、長所を3つほど書いてきて欲しい。今週中にな」
『分かりました』

ついでに別の先生に用があったからそれも済ませようと思ったら、その先生と精市が喋っている。もしかして、あたしの話聞かれたかな?まだ、精市にも弦一郎にも外部受験することは言ってない。結構話し込んでるみたいだし今度でいいやと職員室を後にして廊下を歩いていると、後ろから名前を呼ばれるから振り返ると精市だった。

「もしかして、先生に用だった?」
『いや、大した用じゃなかったから大丈夫だよ?急がしちゃってたらごめんね、あたしは今日はいいから』
「もう話終わるところだったから、こちらこそごめんね」
『ううん、大丈夫。わざわざありがとう、それじゃあね』
「待って!」

いきなり腕を掴まれるから少し驚いた。精市は小さな声で「ごめん」と言うと、掴んでいた腕を離す。まるで廊下に取り残されたかのように佇むあたし達を、窓から射し込む夕日が照らしている。

「実は知っていたんだ...外部受験するってこと」
『そうだったんだ。あたしも隠すつもりはなくて、受かったら言おうと思ってたんだ』

何となく知っているだろうなとは思っていた。以前、パンフレットを柳くんに見られたことがあったから、彼が言ったのだろう。

「そうなんだ。それって、俺のせい?」
『それは絶対に違うって言える。すごくいい話だし、こんないい機会ないと思うから。親も喜んでたし』
「彩華...」
『何...?』

精市はすごく悲しそうな顔をしている。そんな顔、見たくないよ...。

「俺たち、やり直せないかな?」
『...!?』

そんなこと出来るはずない。第一、今精市は小田原さんと付き合っているんだ。一体、どんなつもりでこんなことを言ってくるのか。

『それはできないよ』
「どうして...?」
『精市、無神経過ぎだよ。どうしてそんな事が言えるの?良くないよ...』
「まずは誤解を解きたいんだ」
『いいの。精市、幸せになってね』
「俺は、彩華とじゃないと幸せになれない」
『どうして...?』

小田原さんと付き合っているのに...。小田原さんとは幸せになれないの?じゃあどうして付き合っているの?どんどん精市のことが分からなくなってくる。

「それは、今でも「精市?まだいたの?」

階段の方から現れたのは小田原さんで、正直あんまり会いたくない人だ。走り寄ってくると、精市の腕を掴んで上目遣いをして「帰ろ?」と言う姿は彼女そのものだ。あたしはこんなに可愛いことできないし、しなかった。さっき言った精市のセリフは気のせいってことにしよう。あたしじゃないと幸せになれないなんて、そんな事ないんだから...。

『あたしは帰るね!バイバイ!』
「待って、彩華!」

あたしは彼らに背を向けたまま、脚を止めた。

「精市!ダメなの?」
「ちょっと、黙っててくれないかな?」

精市の冷めた声が聞こえてくる。彼女に対してそんなことを言うんだ。ここにあたしがいたら、2人に迷惑だ。だから早く帰らないと。

『あたし、急いで帰らないといけなくてさ』
「分かった。これだけは言わせて欲しい」
『...』

あたしは今も尚、2人に背中を向けたまま。でも床に映る影でわかる。あたしの少し後ろに精市が居て、精市の後ろに小田原さんがいる。精市が小田原さんを振り払ったみたい。彼女にそこまでしてあたしに言うことが...?

「彩華は魅力的だ。長所はこれで収まる。ごめん、職員室で聞いてたんだ」
『参考にする、ありがとう』

あたしはそのまま走って教室へと向かった。教室に着くと耐えていたものが溢れ出す。どうしてだろう。もう何がなんだか分からない。精市はあたしをからかってるの?魅力的?どこが?

『抽象的...過ぎるよ』

しばらく涙が止まらなかった。早く忘れられたらいいのに。

×
- ナノ -