海原祭:中編


今日は何事もなく平和に店番を終えることが出来た。昨日はあまり回れなかった分、今日は美波ちゃんと回ろうって約束してたけど、たった今美波ちゃんの別の出店で急遽人が足りなくなって、出ることになったと連絡があったところだ。

1人で回るなんて寂しいし、だったら帰ってしまいたいけど後夜祭は必ず出ないといけないからそういう訳にもいかない。どこか人のいない所で時間を潰そうか。空き教室に向かっていると、前方に弦一郎の姿が見えた。

「1人なのか?」
『うん...美波ちゃんが急遽店番することになって』
「そうか...彩華が良ければ俺と回らないか?」
『え...?』
「いや、嫌ならいいのだが」

今思えば、弦一郎と学園祭を一緒に過ごしたことなんてなかった。1年生の時は美波ちゃんと回って、去年は精市と回ったんだ。幼なじみだけど、何だか距離が出来てたから、また最近弦一郎と話せたり出来るようになってなんだか少し嬉しい。

『嫌じゃないよ、回ろう』
「よし、行こう」
『ふふっ』
「何がおかしい?」
『弦一郎とこんな風に過ごすなんて久しぶりだなって思って』
「ああ、そうだな。ずっとテニス漬けだったからな」
『そうだね』
「行きたいところはないのか?」
『うーん...、甘いものが食べたいかな』
「よかろう」

弦一郎に着いて行くと、3年B組の教室に着いた。ああ、ここは丸井くんと仁王くんのクラスで、ワッフルを売ってるとか美波ちゃんが言ってたな。

「おお、真田に彩華。いらっしゃい、食べていきんしゃい。俺が奢っちゃる」
「いや、それは申し訳ない」
「何を言うか、気にするな。ほら、彩華も好きなの選んでくれ」
『えっ、いや自分で払うよ?』
「おまんらは強情っ張りじゃのう。いいから選びんしゃい」

仁王くんも引く気がなかったみたいだから、ここは素直に奢られることにした。目の前に運ばれてきたワッフルには、トッピングされた生クリームといちごソースがかかっていてとても美味しそうだ。弦一郎は何もかかってないのを頼んでいて弦一郎らしいなって思った。

『仁王くん、いただきます』
「どうぞ」
『美味しい!』

学園祭でこのクオリティはすごいと思う。美味しかったからか、あっという間に平らげてしまった。そのタイミングで仁王くんの店番が終わったみたいで、あたし達の隣の席に座ると頬杖をついてこっちを見てくる。

「後夜祭、サボりたいのう」
『3年生は強制なんておかしいよね』
「幸村も派手なことになってるし...」
『...そうだね』
「今回の投票、操作されてるものだとしたらどう思う?」
『え?』
「何っ!?」

操作されているもの?それって、投票に不正があったってこと?でもどうしてそんなこと...。

「誰が誰の為にやったかなんて検討つくじゃろ」

小田原さんが精市と並ぶ為に...。まさかそこまで本気だったなんて..。

『でも仁王くん、確証はあるの?』
「ああ、うちには参謀がいるからのう」
「蓮二か?」
「そうじゃ。生徒会も少し開票作業を手伝ったそうだ」

「ああ。そうだ、その時に気づいたんだ」
「噂をすれば...ご本人のお出ましか」

いきなりの柳くんの登場にタイミングが良すぎるのではないかと何か疑ったけど、たまたま通りかかったところ、あたし達が見えたから入ってきたらしい。

「開票作業は一気にしないで、何日かに分けて行った。最初の開票の際には精市と小田原の票など1票もなかったのだが、3回目くらいからいきなり2人の票が増えたから疑問に思ったが、どうやらそう思っていたのは俺だけだったらしい」
『筆跡は...?あの投票、誰が何票も書けるような感じだったし...』
「ああ、気になった俺は筆跡も見たが、どれも違う人間が書いたようだ」
「おーおー、どんどん明るみに出てくるのう。彩華と幸村が別れたのも仕組まれたものだったりしてな...」
『!?』

えっ...。あたし達が別れたのは仕組まれたもの?いや、あたしの意思で別れたんだ...。まさか他人に操作されて別れたなんてそんなこと...。

「仁王!余計な詮索はやめんか!」
「プリッ」
「弦一郎、今回のこの投票に関しては俺も疑いたくはなかったが、小田原の最近の行動が目に余るものであったからな。これに関しては黒だと思う」
「...くだらん。仁王、ご馳走になった。いくぞ、彩華」
『えっ、うん...。仁王くん、ご馳走様でした。柳くんも、また今度』

早足でどんどん先へと行ってしまう弦一郎を追いかけた。もしかして、怒ってる?でもどうして弦一郎が怒るのだろうか。正直あたしは、仁王くんと柳くんの話を聞いて混乱している。全部小田原さんが仕組んでいるものだったら...。いや、人を疑ってはダメだ。

「彩華?すまない」
『あ、いや...急にどうしたの?』

考え事をしていたら、いつの間にか目の前には弦一郎がいた。言葉の通り、本当に申し訳なさそうな表情をしていて、最近気を使わせてばかりなせいか、こんな弦一郎ばかりみている気がする。

「少し場所を変えないか?」

提案に首を縦に振るも、どこの空き教室には人がいたから結局男子テニス部の部室に行くことになった。さすがに学園祭ということもあり、部室には誰もいなかった。

「ここしかなくて、すまないな」
『気にしてないよ、お邪魔します』
「ああ、適当に掛けてくれ」
『ありがとう。それで、何かあったの?』

あたしは長ベンチに座ると、弦一郎は何も言わずに隣に座って来た。そして、ただひたすら前を見据えながら彼は応える。

「俺は幸村が何を考えているのか分からない」
『どういうこと?』
「付き合うとは、好きですることなのだろう?」

そうだった。弦一郎は誰よりも恋愛事には疎くて、そして純粋だ。あたしも精市が何を考えているのかは分からないけど、弦一郎からすれば尚更かもしれない。

「アイツらの言い草だと、まるで小田原の一方的なものだとしか感じなくてな」
『必ずしも全てのカップルが両想いだとは限らないと思うよ。あたしも精市のことは分からないけど』
「そうなのか...。お前は大丈夫なのか?」
『あたし?うん、もう大丈夫』
「そうか...。その、付け入るつもりはないのだが、後夜祭のペアは決まっているか?」
『ううん、実は決まってなくて...』
「ならば、俺と組んでくれないだろうか?」

ずっと前を見ていたのに、この時だけあたしを見て来た。気のせいか分からないけど、弦一郎の顔が赤くなっているように感じる。そんな顔されたら、いくら幼なじみでも意識しちゃう。

『え?あたしで良ければ...』
「ああ、ありがとう。よろしく」

そう言って俯いた弦一郎の横顔を見て、彼はもう立派な「男」なのだと感じた。

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