見たくない


海原祭準備も大詰めで、あとは飾り付けだけだ。廊下に向けて貼る「執事喫茶」の文字は、弦一郎が習字で書いた。かなり立派なものになっている。改めて思うと弦一郎って何でも出来ちゃうんだな。

「彩華!ちょっと実行委員のとこにおつかい頼まれて、一緒に行こ!」
『美波ちゃん!いいよ、行こ!』

廊下は普段とは違って、各クラスのポスターやらチラシが貼られてカラフルだ。教室の前はその出し物に見合った飾り付けがされていて、歩いているだけでも楽しい。

実行委員の本部になっている教室に着くと、見たくもないものがでかでかと貼られていた。ミスミスターのポスターだ。タキシードに身を包んだ精市と、綺麗な淡いピンク色のドレスを着ている小田原さんが腕を組んでいる写真だけど、プロが撮ったのかとても味がある写真に仕上がっている。

「何これ!さすが立海、お金かけるとこが違うねー」
『そうだね...』
「たまたまカップルが選ばれるなんて、なんか怪しくない?」
『そうかな?お似合いだし、いいんじゃない?』
「彩華...急いで用済ませてくるから、ちゃっちゃとこんなポスターとはおさらばしよ!」

美波ちゃんは本当にものの2・3分で用を済ませて来た。

「それよりさ、後夜祭のペアダンスの相手決まった?3年生は強制とかありえないわ」
『まだ決まってない...』
「真田くんと踊ればいいじゃない!」
『だから弦一郎はそういうんじゃないの』

教室に着くと、買い出しの擦り付け合いをしていた。これでは埒が明かないから買って出るけど、美波ちゃんは他の出し物の手伝いがあるから行けないって言うししょうがないから1人で行くってなったけどどうしても2人で行けと言われる。

「俺が行こう」

その声の主に一斉に視線が集まる。弦一郎は「何かあるのか?」と言うと顔を引き攣らせてありがとうと言う声がぼちぼちと聞こえた。弦一郎にはこういう所がある。みんなが面倒がることを進んで引き受けたりするし、更にそれを完璧にこなす。さすが副部長をやっていただけある。

「じゃあ、飾り付けがなんか寂しいから良さげなの買ってきて!センスは...彩華ちゃんと真田くんに任せるから」
『う、うん分かった...』

あたしと弦一郎で大丈夫かなと不安になりながらも、繁華街へと向かった。向かってる途中は特に会話もなく、弦一郎と並んで歩く。でも幼なじみのおかげなのか気まずさはこれっぽっちもなくて、この時間を退屈だとは思わなかった。

お店に着くと、造花の飾り付けとか執事喫茶っぽくヴィクトリア風の小さな置物などをカゴに入れていく。でもあたしもそこまでセンスに自信があるわけじゃないからなんか不安になってくる。

『弦一郎はどういうのがいいと思う?』
「俺は欧風のものには鈍くてな。お前の方がセンスがいいだろう」
『えー!』

「だったら、ロウソクとか置いてみたらどうかな?」

聞きなれた、透き通った声に振り向くと精市がいた。精市も買い出しに来たようで、カゴの中には色々と入っていた。

「幸村、例えばどういうのがいいだろうか」
「そうだな、こういうのがいいと思うよ。本物の火は使えないからね」

精市はキャンドルライトを手に取ってどうかな?とあたしと弦一郎に見せてくる。確かにこれがあるだけでもだいぶ雰囲気は変わるだろう。さすが精市だと感心するけど、精市もクラスの買い出しに来たはずなのに何だか申し訳ない気持ちだ。

『ありがとう...』
「お礼を言われることなんてしてないよ」
「...。幸村、お前も買い出しか?」
「うん、クラスの出し物のね。そっちは2人で?」
「ああ、そうだ」
「ふーん」

相変わらず精市と顔を合わすのは気まずいし、会計してしまおうと、弦一郎が持っているカゴを取ろうとすると「俺が行く」と行って1人でレジの方へと向かって行ってしまった。これじゃダメなのに...。残されたあたしと精市。久しぶりに2人きりになった。

『じゃああたしも...』
「待ってよ!彩華...」

レジへ向かおうとしたら手首を掴まれた。驚いて立ち止まるけどまだ離してくれない。心臓が騒がしくなる。まただ、思わせぶりなことをしてくる。

『な...に?』
「色々と話したいことがあるんだ」
『...』
「今度、いいかな?2人きりで」

2人きりで何を話すというのだろうか。正直いってこれ以上話すことなんてないと思う。あたしと精市は別れた。精市は小田原さんと付き合っている。これが事実であって、これ以上何も変えられないんだ。

『話すことなんてないよ...。それに、こういうの良くないと思う』
「俺があるんだ。お願いだ、聞いて欲しい!彩華、」
「待たせたな。帰ろう、彩華」
『う、うん...』

会計を済ませた弦一郎が戻ってきた。精市はあたしの手首を離すと、弦一郎を睨んだ。

「真田、今は彩華と話しているんだ」
「悪いが早く戻るように言われている、話は今度にしてくれないか」
「...」
『ごめん、また今度...』

まただ。悲しそうな顔。あたしは弦一郎を追いかけるようにお店を出た。

『その、いつも変な気を使わせてごめん』
「幸村は小田原と付き合っているのだろう?俺はただお前に傷ついて欲しくないだけだ」
『弦一郎...ありがとう』

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