『えぇ!僕が、柳さんとダブルス2!?』
いきなり真田さんに告げられた県大会のオーダー。県大会に出してもらえるのはとても嬉しいことだけど、柳さんとダブルスなんて予想外だった。それに、柳さんとはまともにコミュニケーションを取ったことがないから上手くいくのだろうか...。
「ああ、問題ないだろう」
『それは、柳さんも分かっているんですか?』
「分かっているも何も、蓮二から申し出たのだ」
なんで、どうして...。
"「一応、蓮二には気をつけて。でも、万が一バレたら俺がなんとかするよ」"
もしかして、あたしの事を探ろうと...?幸村部長がなんとかしてくれるって言ってたけど、幸村部長の手を煩わせる訳にはいかない。
「弦一郎、もう居たのか」
「ああ、大河に県大会のオーダーのことを話していてな」
静かに部室に入ってきたのは、柳さんで、あたしを見ると無言で歩み寄って来た。
『お疲れ様です、柳さん...』
「ああ、お疲れ。お前の実力、確かめさせてもらう」
『はい...』
試合と思いきや、ラリーを続けているだけ。いつだか赤也に柳さんってどんな人か聞いたら、データがとかよく分からないこと言い出したからふざけてるのかと思ったけど...、もしかして、ラリーだけであたしを分析しているの?
ある程度続いたところで、いきなり柳さんから止めた。
「お前のことは分かった。部室に戻ろう」
柳さんは、あたしを置いてスタスタと部室に向かって歩いて行ってしまった。道具を片付けて急いで部室に向かうと柳さんしかおらず、机の上にノートを広げて何か必死に書いていた。
「樋口大河...。お前、本当に大会に出たことないのか」
『はい...』
「お前のプレイスタイルはどこかで見た覚えがある」
まさか、女子テニスで活躍していた時に見られていたとか。だとしても、かなりの人数が出ている大会だ。まぁ、優勝は何回かしているけど...。でも、女子テニスのプレイスタイルをわざわざ覚えているものだろうか。有り得ないよ...。
「まさかお前...」
『はい...』
もう、終わりだ...
「樋口 さくらだろ」
なんで...
「なんで知っているのかと言うような顔をしているな。ジュニアの大会で敵無しだったのも知っているし、何せ、1度俺の友人と当たっているからな」
幸村部長...どうしましょ、こんなに早くバレてしまうとは思っていませんでした。もう、あたしは大河としてテニスができないの...!?助けてください。
「正直最初からお前が男で無いことには何となく気がついていた。何か理由があるんだろう」
え?なんで柳さんはこんなに落ち着いているのだろうか。じゃあ、あたしを女だと知ってて1ヶ月間何も言わずに過ごして、更にはあたしとのダブルスを申し出た...。逆にあたしの方が驚いている。
『あの...何とも思わないんですか』
「ここ1ヶ月お前を観察して思った。お前程の実力であれば男子テニス界でも充分通用する。許されないことではあるが、理由によっては目をつぶっておいてやる」
心臓がバクバクしすぎて破裂するかと思ったけど、柳さんの言葉にほっとした。もっと咎められるかと思ったけど、こんなにあっさりしているとは思わなかった。あたしは、全てを柳さんに話すと何も言わずに聞いてくれた。
「そうか。やはり精市は知っていたか。お前が本気ならば俺もサポートする。打倒、手塚とな?しかし、絶対に他にはバレないようにすることだ。俺以外にバレた場合はここから去ってもらう、いいな」
『はい、分かりました。ありがとうございます!』
あたしは、今までにした事ないような深さで礼をした。