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梅雨に入ると悪天候の日が続き、コートを使っての練習ができなくなることが多くなった。そんな日は筋トレとか、素振りとか出来ることをやるしかない。でも、それさえ怠らないで厳しいトレーニングを行う立海は流石だと思った。

「それではサーキットトレーニングをやっていて欲しい。大河、お前は俺と別メニューだ」
『えっ、はい!』

あたしだけ別メニュー?でもこうして見渡すとあたしと他の部員の体格差は歴然としていて、真田さんとマンツーマンで筋トレってことは、かなりキツいトレーニングをするってことか。中学生になったら、男女でここまで体格差が出てきてしまうとは...。確かに周りからは筋力がだの、軟弱だの言われてるから関東大会までに少しは筋力アップしないといけないなとは思っていた。

「頑張れよ、大河!」
『ありがとう!』

ここ最近で確実に赤也との距離は縮まって、今ではたまに相棒とか言われる。それは凄く嬉しいことなんだけど...。その反面、最近は騙していることにとても罪悪感を感じるようになってきた。

真田さんについて行くと、普段テニス部が使うことの無いトレーニングジムに着いた。

「お前には関東大会までに肉体改造をしてもらう。その為には、負荷をかけての筋力トレーニングが必要になる」
『もしかして、ジムで...』
「ああそうだ、こうして雨の日は俺とジムでトレーニングを行う」

そんな...。真田さんとジムで筋トレとか絶対きついし、厳しそうだし、ついに怒鳴られるかもしれない。覚悟をしなければ...。

「と言ってもいきなりきついことをしたりはせん。徐々に慣れていこう」

そうだ、これだ。真田さんはたまに声色が優しくなる。

「どうしたのだ??」

無意識に真田さんを見つめてしまう。

『いっ、いえ!!なんでもないです、すみません』
「む、そうか。よしまずは、脚から鍛えていこう」
『はい!』

ジムに来るのなんて初めてだから、器具の使い方が分からない。でも真田さんは、一つ一つ丁寧に教えてくれた。心做しか、距離が近い気がする...。でも、これは仕方ないよね。
ドキドキする...。どうしよう、真田さんを意識しすぎて筋トレに集中できない。ちゃんとしないと、怒られちゃう。

「少し、この場を離れる。今のままのペースで続けてくれ」
『はい...』

なんだか色々と楽になった。それにしても、最初の方は楽だったけどずっと続けていると結構キツい...。

『!?』

しまった、足が外れてしまった!ガシャン!と大きな音が響く。使っていたのはあたしと真田さんだけだからよかったけど、重り使うとこんな音がするんだ...。

「大河!?大丈夫か!?」

真田さんが焦った様子で来たけど、あたし自身は何も無く、ただ重りの音が大袈裟に響いただけ。器具使い慣れてる真田さんなら、それくらいのこと分かるはずなのに...。

『いえ、僕は何もありません、大きな音出してすみません』
「いや、謝ることない...どこか痛めたりしてないか?」
『はい、大丈夫です...』
「念の為に見せてみろ」
『あっ、大丈夫ですよ、ほんとに!!』
「怪我していたら元も子もないだろう、大会まで響いたりしたらどうする」
『うっ...それは...』

ほんとにあたしは何にもないのに...。でも、ここまで心配してくれるのは嬉しい...。真田さんは躊躇なく、あたしの足を掴んで軽くぐるりと回す。足、臭かったらどうしよう...。

「痛むか?」
『いえ、大丈夫です』
「なら、大丈夫そうだな」
『はい、ありがとうございます』

真田さんって、過保護なのかな?いや、でも、赤也とかしょっちゅう怒られたり、ビンタされたりしてるし、この前丸井さんが転んでも「たるんどる!」って叱咤してたし...。あたしだけ...。でも、それは"あたし"にじゃなくて、大河になんだよね。複雑な気持ち...って、ん...??真田さんはあたしのことは男として見ている。そして、その大河にここまで優しくしている...。一体どういうことなんだろう。

「どうした?やっぱり痛むのか?」
『いいえ、その...聞きたいことがあるんです』
「む、どうしたのだ?」
『気のせいかもしれないですけど、僕にだけなんだか良くしてくれるのは、まだ入って間もないからですか?』

真田さんは、少し驚いた様子であたしを見た。

「あっ、そのだな...それは嫌か?」

真っ直ぐ見つめてくる真田さん。筋の通った高い鼻、切れ長の目...。見れば見るほど男らしくてかっこいい。って、あたしは何を考えているんだ!

『嫌じゃないです!逆にうれしいです!でも、どうしてかなと思いまして...』
「蓮二と同じかもしれんな、年の離れた弟のようで、なんだか尽くしてやりたくなる」
『そうなんですね!でしたら、その分僕も頑張らないとですね』
「大河...有難う。お前には期待しているぞ」

ドキドキしているのはいつもあたしだけ。それはそうだ。だって、真田さんが見ているあたしの姿は"大河"なのだから。

あたしは気づいてしまった。この真田さんに対する気持ちは、憧れの先輩とかではなくて、男の人として気になっているって。でも、大河である以上、この気持ちをこれ以上大きくしてはいけない。さくらとして出会ったらどう変わっていたのだろうか。

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