とうとう迎えてしまった試合の日。
もちろん試合なんて数え切れないくらいしてきたけど、こんなに緊張する試合は初めてだ。それは柳さんとペアって言うのもあるし、何せ相手は力のある男子だ。柳さんからは、男として試合に出るには十分だとか言われたけど、それでも県大会の決勝となればかなりの強敵が現れるだろう。
「大河、緊張するな。大丈夫だ」
そう声を掛けてくれたのは真田さんで、心做しかいつもよりも優しい表情をしているように見えた。
決勝戦の試合が始まり、ダブルス2という事であたしと柳さんは早速試合だ。
「大河、いつも通りでいけ」
『はい、分かりました』
試合が始まり、いきなりあたし達が流れを掴む。相手が焦り始めたのも目に見えて分かった。これは、このまま行ける!
そう思ったのもつかの間、相手のスマッシュを受けきれずにあたしのテニスラケットが弾き飛ばされた。さすが男子のスマッシュ、かなりの力だ。それからだ、スマッシュは必ずあたし目掛けて打ち込まれていく。
「大河!そんな奴らに負けんな!」
赤也の声がそれとなく聞こえてきた。そうだ、こいつらに負けてたらあたしの手塚国光を倒すなんて事は叶わないんだ。また相手がスマッシュを打つ体制に入った。
『負けるもんか...』
スマッシュをライン際に返してやった。
『ほっ...』
「いいぞ大河」
柳さんがそう小さい声で放った。試合はスムーズに進み、あと1ゲーム取れば勝つというところまで来た。長いようなあっという間のような。しばらくラリーが続いたせいか、あたしのラケットを持つ手が痺れ始め、甘いロブを上げてしまった。
『まずいっ!』
スマッシュはまたしてもあたし目掛けて打ち込まれた。
『っつ!!』
自分でも何が起こったのか分からなかった。コートにひれ伏したあたしの身体はしばらくの間動かすことが出来なかった。
「大河!大丈夫か!!!」
普段聞かない焦った様子の柳先輩の声が聞こえてきたけど、返事することすら出来なかった。ズキズキと痛み出すお腹。やっと冷静に考えることが出来た。相手のスマッシュがあたしのお腹に直撃したようだ。
「大丈夫かね、樋口くん?」
審判までもが来ているようだ。でもダメだ、お腹の痛みが増してくる。でも、こんな所で諦めたくない。せっかく試合に出してくれたんだ。
「大河ーーー!!!!!立てーーー!!!」
赤也...!!!そうだ、応えないと!!!
「大河、無理するな」
柳さんはそう言った。それは、棄権と言う事。それだけは絶対に嫌だ。勝たないといけないんだ...。やっと上体を起こす事が出来た。
「試合を続けますか?」
審判の問いかけにあたしは迷わず返事した。
『もちろんです』
相手を見やると、バツの悪そうな顔をしていた。やっぱりわざとだったんだ。審判はコートを出ると、監督代理としてベンチに座っている真田さんの方へと向かっている。
「試合を続行してもよろしいですか?」
その問いかけに真田さんは浅く首を縦に振ると、立ち上がってあたしの方へと歩いてきた。
「大河、大丈夫なんだな?無理はしてないか?」
『...大丈夫、です』
「変な気負いはしなくていい、お前の体の方が大事だ」
真田さんって、こういう人だったっけ...
『大丈夫です。勝ち取ってみせます』
「分かった。少しでも痛むようだったら遠慮せず言うんだぞ」
真田さんはコートを出ていくと、ベンチに腰掛けた。
「試合を続行します」
そう審判が発すると、さっきまでの痛みが嘘だったかのように飛んで行った。マッチポイント。柳さんが、今までに見たことの無いような力強いスマッシュを打ち込んで試合は終了した。礼を終えると、あたしはその場にへたれ込み、またしても体が動かなくなった。
「よくやったぞ、大河」
柳さんがそう言いながら手を差し伸べてくれた。その手を取ろうとした時、真田さんが「乗れ」と言って背中を向けてしゃがんで来た。
『そんな、大丈夫ですよ!僕、自分で歩けます!!!』
「そうは見えんがな」
『ほんとに大丈夫ですって!』
「何を恥ずかしがる必要がある、女でもあるまいし」
いやいや、実は女なんですってと言えるはずもなく、真田さんも諦める気配がなかったから、甘えることにした。
「大河、いい試合だった」
『ありがとうございます...』
色んなことが起こりすぎて追いつけなかったけど、とりあえず試合に勝てたことと、何故がドキドキしていたことだけは鮮明だ。