シャクリと林檎を齧ったら口の端から果汁が垂れて服を汚した
拭ってもベタベタと不快を感じて、横着せずに切ればよかったと思ったがもう遅い
もう一口齧ってその断面を見つめると歯型が残っていた
でもそれは決して綺麗なものではなくてやはり切ればよかったと思わせた
急激に食べる気が無くなり机の上に無造作に置くと酸化してみるみる色が変わる断面
その様を見つめていると虚しくなる
目の前の鏡に映る自分と重なるからだ
見栄えだけ整えた所でそれを剥いでしまえばこうも汚らしいものか

[名前ちゃん指名だよ]

呼ばれて客の元へ行く前に林檎のせいで剥げたリップを塗り直す
ぷっくりとし真っ赤な唇は私のチャームポイント

「久しぶりじゃないですかぁ」

齧り付いてしまいたくなるような瑞々しい林檎のように、その真っ赤な唇を巧みに使い男の心を掴んでいく

[どうも色々立て込んでしまってね]
「だからって1ヶ月も会いに来てくれないなんてぇ」

売上的にと心の中で思い、口からは寂しかったとだけ吐き出す

[そのお詫びも兼ねて1人じゃないんだから許してよ]

視線を追えば静かに煙草を咥える男が丁度煙を吐くところだった
ふーっと上がる煙の奥でこちらを見つめる目と視線があった時、全てを見透かされているような居心地の悪さにドキリとした

[白峯会の会長さん]
『どうも』
「あっ、どうも」

言ってしまった瞬間やってしまったと思った
まさかの私の挨拶に周りのザワりとした空気が手に取るようにわかる
どうしたものかと短くはないこの世界で生きてきた経験をフル活用しようにも、こんな失態をした事が無い場合、打開策なんて思いつくはずもなく

『そんなに見つめたら勘違いさせますよ』

それともそんなに見つめたくなる容姿ですか?
口角を上げて悪い顔して笑う彼に助けられるとは思わなかった
でも実際に彼の一言で場の空気が和み

[名前ちゃん、峯くんみたいな人がタイプなの?]
「やだぁー社長さんがタイプって言ってるじゃないですかぁ」

冗談を言い、笑いが出るまで戻った



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