例え僕を愛していなくても
目の前の彼女は涙を流しながら真っ直ぐと俺に嫌悪の目を向けていた
そんな目でさえ、逸らされることなく向けられている事実に心の底から満足出来てしまう事が異常だと自覚出来なかったのは、自分がそれ程までに狂っていたという証明なのであろう
狂っているからこそ眩しかった
初めて会った時に俺ではない男に向けていた笑顔が眩しすぎて、欲しくなった
欲しくて欲しくてどうしようも無くて、奪ってしまおうと思い立った時にはもう俺自身でさえ自分を止められなかった
『名字名前さん』
名前を呼ばれて揺れた体は1歩だけ後退したが、もう一度名前を呼び手を伸ばせばその手を掴んでくれる事に思わず笑みがこぼれた
抱き寄せると抵抗もなくすっぽりと収まる事にも笑みがこぼれた
自分の背に彼女の腕が回らないことだけが不満ではあったが、それは今はいい
『約束は守りますから安心してください』
腕の中の彼女を手に入れるのは簡単だった
彼女の婚約者であった男の会社を潰せば良いだけの話だったから
そしてその男は迷うこと無く彼女を捨てた
そうすれば俺がこの手を止めることを知っていたから
抱きしめていた体を少しだけ離して彼女の右手をとり、薬指にはめられた婚約指輪を外し、後ろに投げ捨ててはポケットから出した新しい指輪をつけた
そして左手をとり、何もつけられていない薬指には俺の指についているものとペアのものをつける
『手続きはもう済ませてありますから』
この瞬間から貴女はもう俺だけの物です と彼女の名前をもう一度呼ぶ
『峯名前さん、愛してます』
目を伏せ静かに涙を流す彼女はキレイだった
例え僕を愛していなくても
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