去り際に嘘をつかないで



ボッと音を立てて燃える火に煙草を近づける
ジリジリと燃えた煙草を思い切り吸い、肺いっぱいの煙を吐き出す
そして腰にまとわりつく者の頭を撫でると、眠っているはずなのにぐりぐりと顔を擦り付けてきた
それが甘えてる時の癖だと理解した瞬間に感じた愛しさを未だに思い出す
手に触れる金髪は何度も脱色をしている筈だし、シャンプーだってこだわってる訳でもなく、ヘアケアのへの字も無いくせに柔らかく触り心地が良い
すーすーと寝息をたて始めた顔にかかる髪を払うと、いつもより少しだけ幼く見えるのはこの無防備さからなのか

「龍司」

名残惜しくもあるが眠る男を起こす
だが一向に起きようとしないのでまとわりつく腕を解こうとするが、やはり力では敵わない

「帰らなきゃ」

明日は土曜日だが、朝一で大きな会議が入ってしまった
(俗に言う休日出勤と言うやつだ)
遅刻をする訳にも行かないので、早々に帰宅して眠りたい
なのにこれだけ揺り起こしても起きる気配のない男は、もしかしたら寝たフリでもしているのかもしれない
短くなった煙草を灰皿に押し付け、本格的にまとわりつく腕を解きにかかる

『仕事なんやめぇ言うてるやろ』

やはりというか、寝たフリだったか
薄らとあいた目は眠気を帯びていない

「それは言わない約束」

龍司と体を合わせるようになってから直ぐに決めた事
私は自分の人生を他人に任せるなんてしたくない
甘えるに甘えて、もしそれが忽然となくなってしまった時にどう進んでいいのか分からないのは、どれほど怖い事だろうか

「龍司、あんた絶対ろくな死に方しなさそうだもん」

ハハッと笑うとお気に召さなかったのか、何やねんムカつくわとあからさまに拗ねた
目の前のこの男はきっと突然死ぬのだろう
突然連絡が途絶えて生死すら分からず私は余生を過ごす
明日にでもそうなってしまう可能性が大いに見えてしまうからこそ、深入りしては駄目なのだ
腕から抜け出し、床に散らばった服を身に纏う
そんな私を龍司はベッドの上で胡座をかいてただ見つめていた

「さよなら」

わざとおどけた様な投げキッスをして私は言う
これが本当に最後かもしれないから、またねなんて嘘をつかぬように



去り際に嘘はつかないで



部屋の扉が締まりきってしまう前に聞こえた声

『ほな、さいなら』

いつもは またな って言うくせに
やっぱり龍司…あんたはろくな死に方をしなかったんだろうね



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