キスで起こして王子様



今はあまり使われなくなった多目的教室
その教室には、ある日の雑用で偶然見つけた死角があった
どうにも騒がしいと言われる俺は、先生に目を付けられるのはあっというまで、授業の教材を片付けてくれなんて頼まれることも少なくない
バスケ部だから体力あるだろうとかなんとかうまいこと言ってだ
そんなこんなで今日も、午前最後の授業終わりに頼まれてしまったということで、ついでに其処で昼を過ごした
普段は皆でがやがや過ごす昼休みだが、たまには静かな昼休みもいいじゃないか
落ち着いた大人な男になった気分でここへ来る途中で買ったパンを頬張る
なんて悠長にしていたのがまずかった
授業開始5分前を知らせる予鈴が鳴る
慌ててパンの包みなどのゴミと、飲みかけのパックジュースを手に教室まで猛ダッシュ
ギリギリ間に合った授業の途中、俺は気が付いてしまった...携帯が無いことに


そして今、俺は携帯を取りに来た
取りに来たのはいいのだが大問題発生
昼休みを過ごした多目的教室の死角という一角に、女子がすやすやと眠っている
そして何が大問題かというと、その眠る女子の奥に俺の携帯がちょこんと置いてあるじゃないか
どうにか取ろうにも、マットが敷いてあるこの死角は、人1人が寝転ぶほどしかないスペースなので、起こさずに取るということは不可能
だが、さっきから『あのー』『もしもーし』と声をかけるが起きる様子もないのに、壁にかかる時計を見ると、一刻一刻と時間は進む

どうすんだよ...部活に遅れちまう!!!

焦りに焦り、悩んだ挙句もう行動するしかないと決めた
恐る恐る眠る女子に近づき、僅かに空く女子の体ぎりぎりのスペースに右手を置き、左腕を伸ばす
右手と左ひざに全体重がかかり少しでもバランスを崩せば終わる
色々な意味で終わる
迅速に事を進めようと更に左腕を伸ばすと
ぶーぶーぶーぶー!!!!!!!!
と携帯のバイブレーションがタイミング悪く鳴り響いた
心臓が止まるのではないかと思うくらい驚いた俺は、やはりというかなんというかバランスを崩した
だがここで倒れてしまうかと、力という力を振り絞り体制を立て直そうとしたのは上出来
でももう時すでに遅し

『あ、いや、携帯を取ろうと思って...』

眠っていた女子とばっちり目が合った
その時気がついた
眠っていた女子が、隣のクラスの名前であること
そして体制を立て直そうとした際に、俺は左手もマットの上に置いていたので、どこからどう見ても寝込みを襲おうとしている体制になっているということに
そう、気が付いた時にすぐさま体を離すなりなんなりすれば良かったんだ
首に回る腕に、鼻に届く甘いいい香り
目の前はある長いまつげに唇には柔らかい感触


キスで起こして王子様


奪われた俺のファーストキス
奪われた相手は入学式に見かけて気になっていた隣のクラスの女子

「清田信長くんのえっちぃ」

どの口がそんなことを言っているのだろう
硬直する俺の顔の目の前は名前の顔で、目の前にあるふふっと笑う顔がめちゃくちゃ可愛くて

『好きです...』

どういう経路でその言葉が出たのか今でも分からない

「両思いだね」

ふふっとまた笑う名前が俺を好きな意味も分からない
でもやっぱりめちゃくちゃ可愛いからもうどうでもいい



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