諦めれるならとうの昔に諦めてた



『よお』
「よ、よお」

顔をボロボロにした幼なじみ、三井寿がうちに散髪に来たのは気まぐれだろうか
久しく話をしていなくて居心地の悪い挨拶に、彼は何を思い私の前に立っているのか
あいにく父も母も他のお客の相手で手が離せぬこの状態でなんとも言えない空気が店内に流れていると感じているのは、当事者である我々2人だけだとしても、迷惑がかかってしまわないかと1人そわそわとしてしまうのは、この三井寿との会話の最後を未だに鮮明に思い出せてしまうからだ

『バスケもお前もいらねぇんだよ』

唐突に告げられたこの言葉は、長い間私を苦しめた
今更どの面下げて現れたのかと罵倒しきれないでいるのは、自分にまだ未練があるからなのだと自覚はしている
冒頭で幼なじみの三井寿と言ったが、彼は幼なじみであり、俗に言う元カレというやつだ

「ここに座って」
『あぁ』

直ぐカットに入れるようにカットクロスやらを付けていく私を鏡越しに見つめては、居心地が悪そうにしている彼に気付かぬふりをしていた
こんな風になるくらいなら来なければいいのにと思ったのは仕方が無いと思う

「少ししたら父さんが来るから」

今私が出来る全ての準備を施し、足速に彼から距離を取ろうとしたのに、ちょっと待てと制止させられたのは

『お、俺さ…』

もう一度バスケをやろうと思うんだ と私に言うためなのだろうか

『それでさ…めちゃくちゃ都合がいい野郎だなと自分でも笑っちまうんだけど』

お前ともやり直せたらと思って と私に言うためなのだろうか

分かりやすく挫折してグレたこの男の悪い噂は嫌でも耳に入ったし、実際に悪いお仲間さん達と街をうろつく姿もよく目にしていた
その度に向けてしまう視線を無視してどこかへ行ってしまっていたのはこの男の方だ
合うことのなかった目が今は鏡越しとはいえ私を見つめている
私はどうしたらいいのだろうか
もう一度彼の元へ戻っていいのだろうか
でももしまたあんな自分勝手なさよならを告げられたら、私は一生この三井寿を恨んで生きていくことになるのだろう
それなら今のこのままの関係でいいのではと
そうすれば最後は苦しかったけれど、付き合っていた日々は楽しかった思い出として終われる
この未練も彼がいつか他の誰かを好きになった時に諦めがつくのではないか

『ごめん、やっぱり勝手すぎた』

忘れてくれ とカットクロスに手をかける彼の手を咄嗟に掴んでしまった
幾度となく喧嘩をしてきたであろう手はゴツゴツと痛々しい傷が残り、私の知る手ではなかった
それなのに握り返す手がやっぱりどこか懐かしくて、私はこの手で触れられることを待ち望んでいたのだと思わざるを得なかった
目の前の肩に顔を置く

「遅いんだよバカ寿」
『悪ぃ…』

右手を握る手に力が加わる
そして頭を撫でるもうひとつの手

『悪ぃ…名前』

あの日さえ呼んでくれなかった名前
顔を上げると昔と変わらない顔で笑う、私の大好きな三井寿が居た



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