※この話は「せつな花」の本編とは別設定です。「もしも楓が義経の側室になっていたら」というテーマでお送りしています。





それは思いの外、優しくて。

それは思いの外、穏やかな日常。









眼が覚めて、ぼんやりと隣の人の寝顔を見つめた。


御曹司も黙っていると格好いいのに。

なんて思いながらそうっと手を伸ばして、髪に触れてみる。
さらりと指を滑る青の手触りは気持ちいい。

‥‥‥起きる気配はないな。

気持ちよさそうに眠っている御曹司にくすりと小さく笑みを漏らしながら身体を起こし、手早く身支度を始めた。









現在、私の立場は『源九郎義経の側室』。
だけど他に正室も側室も迎えていないことから、今は私だけが妻だ。




あの日、捨てきれない想いを抱えたまま嫁いだ私に、御曹司は待つと言ってくれた。


『そなたの覚悟が決まるまで、手は出さぬ』


初めての夜、静かに涙を流す私を優しく抱き締めてくれて。


───半年経った今でも、立場上一緒に寝ているけれど何もない。
頬や額に唇で触れられたり、眠る時は彼に抱き締められるのが日常になった今でも。

私達は、事実上の夫婦ではなかった。


御曹司は優しい。
側にいると包まれているような、暖かさ。

頑なだった私の心をゆるりゆるりと溶かしていく。


だけどその優しさは、私だけに向けられたものじゃないから。

‥‥そう、最近はそれが悩みだったりする。


「‥‥‥はぁ」



まとわりつく身体の気怠さを振り切るように、寝屋を出た。


「あぁ、おはよう楓。良く眠れたかい?」


待っていたかのように背後からするりと肩を抱く腕。
くすくすとからかいを多分に含む笑い声。

それらに私は再度の溜息を禁じえない。


「おはようございます。‥‥何してるんですか」

「何って、愛しい楓に朝の挨拶だよ」


抱きついている人、藤原国衡さん。
私と御曹司を結婚させた義父の藤原秀衡さんの息子で、つまりは私の義理とはいえ兄になる。


そして、佐藤家の兄弟が舘の山に戻った現在、私の警護に人手を裂いてくれるのも彼の役目だ。


国衡さんと御曹司は、気が合う遊び仲間。
一時はそれこそ二人で出掛けて、女の人を何人も、時には十数人も侍らせていたのを知っている。



「悩み事でもあるのかい?」

「‥‥私ですか?」

「ん、顔色優れないよ。‥‥‥ま、まさか!!」


軽いようでいて、この人は鋭い。
それは御曹司も同じ。

でもまさか、国衡さんに聞ける訳ないし‥‥‥。

俯いてしまった私に肯定の意を汲んだのか、耳に掛かる声が強まった。
というより、耳が痛いんだけど。


「まさか、九郎に無理強いされているのかいっ!?」

「む、無理強い!?」

「そうか、そうなんだなっ!全く、あいつは加減を知らないのか!?」

「違いますって!」

「え‥‥あれ、違う?」


困惑の態度に気付いた国衡さんが問いかけるのに、私は首を左右に振る。


「どうしたんだい?俺でよければ話してご覧」


ふわりと落ちろ問いかけがあまりにも優しいから、普段なら決して言わなかった言葉も落ちそうになる。

後になって私の本心は、誰かに聞いて欲しいと思っていたからで。
相手が国衡さんだったのは、女の人への接し方が御曹司と同じだったからなんだ、と気付くけれど。

この時はただ不意の衝動に口を開いたんだと思っていた。


「御曹司は凄く優しいです。でも‥‥」

「でも?」

「‥‥私でいいのかな。私と居て、楽しいのかな」

「‥‥‥」

「御曹司の側にはもっと綺麗な人が一杯いるのに」



私と一緒になってから夜は毎日一緒。
だから、他に通う女の人はいないんだろう。
その私との関係も、周りが期待するようなものじゃないし。


‥‥相変わらず、彼の側に女の人が絶えることはないけれど。


最近、私は変だ。

半年前は気にもしなかったことで、泣きそうになる。


「‥‥‥楓は、どうなの?」

「私‥?」


これは政略結婚だ。

お互いに恋をしていた訳でもない。
だから私が心配しなくても、御曹司の好きにすればいい筈なのに。


「話は九郎から聞きだしたよ。だから俺には九郎の気持ちが分からなくもいけどね。楓は‥‥‥」

「その辺にしろ、国衡」


低い静かな声と共に、国衡さんの腕が離れる。
ああ、そう言えば抱きつかれたままだったと気付く。

離れたと同時、別の腕に身体を引かれた。


「あれー、駄目だった?お前の代わりに聞いてあげようと思ったのに」

「要らぬ世話だ。それに以前から何度も言っているが、お前は何かと楓に触れ過ぎる。私の妻に触るでない」

「‥‥ふうん。始めからそう言えばいいのにさ、楓を不安にさせる前に。ねぇ楓?」

「え、え!?」


突然話を振られても。

私の動揺を余所に、御曹司の唇が勝気な笑みを形作った。


「案じるな。今から楓に刻んでやろう」

「お、んぞうし‥?」

「漸く動く気になったか。‥‥‥邪魔するのは下賎だし、俺は戻って寝るわ。昨夜の姫君は中々離してくれなくてねぇ」


いやぁ参った参った、と頭を摩りながら国衡さんが廊を歩いていった。

結局、協力してくれた‥‥?
後ろから抱きついたのも、御曹司を煽ってる感じだったし。

ともあれ、やっぱり掴めない人だ。


「さて、楓」


両肩を掴まれ、くるりと向きを変えられた。

恐る恐る見上げれば、満面の笑み。


「先刻、私でいいのか‥‥と申したな?」

「‥‥‥はい」

「私が他の女の元へ通う事を、そなたは許せるのか?」

「‥っ、‥‥」


私以外の、所に‥‥?


「‥‥嫌」


ああそうか。
悩んでいたのは、何てことない。

いつの間にか、私は御曹司を一人の『男の人』として見ていた。

未だ消えない面影は、胸に生きている。

その一方で、癒されていた。
緩やかな日々の中、確実に私の心は解けて行っていたんだ。
もう、思い出しても泣いたりする事はなくなった。

それは、この人がいてくれるから。

御曹司の腕と大らかな優しさに包まれて。


いつの間にか、私の心に居座っていた。
誰にも譲りたくないと思う程には。



「同じだ」

「同じ?」

「そなたは私の周りの女に妬くのだろう?」

「うん‥‥多分」

「私もそうだ」


私の身体を支えながら、御曹司がにやりと笑った。
あ、なんだか嬉しそう。


「国衡だけでない。継信にも、忠信にも妬いていたがな。嫉妬の歴史ならばそなたよりも長いぞ?」


それって、まさか。

その意味に驚いて言葉もでない私に、優しく微笑んだ。
乱れた髪の毛を整える様に、前髪を指先で梳る。

大きな手の平と節のしっかりした指先は、意外な程優しかった。

気持ちいい。
そう思ってしまうのは、この手の暖かさを知っているから。


「そろそろ忘れさせても良い頃だな」

「‥‥疑問ですらないんだ」

「そなたの心が私に傾いているのだ。この隙に付け込ませて貰う」


言って、ほんのりと触れる唇。


「いい加減、私のものになれ───楓」


低く掠れた甘い甘い声。

もっともっと最上級の甘さが欲しくなって、再び近付く顔に頬を染めながら、瞳を閉じた。






御曹司夢というより国衡メイン?と首を傾げてしまいますが一応御曹司のお話。
もし第一章のラストであんな事にならずに楓が結婚していたら、きっと彼女は引き摺っていると思うので、何だか煮え切らない感じになりました。甘くない上にSSじゃないという悲しいお知らせ。
巳香さん、ありがとうございました!



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