それから三日後。
私と忠信は大広間にて城主夫妻と顔を合わせていた。


大広間には、家臣のオジサマ達や主だった兵士さん達が、忠信と私の両脇に座っている。
それも普段眼にする着物ではなく、皆揃って正装用の直垂ひたたれ姿なので、広間に足を踏み入れたときは思わず回れ右しそうになった。
普段のほほんとしている優しいオジサマ達から、今日は漂う威圧感に少し怯む。


「それでは父上、母上、俺達は参ります」


そんな威圧感に馴れているのか何も思わないのか、忠信が口上を切り出した。


「うむ。くれぐれも、源氏の御方々をお守りせよ」

「はい」


既に、白河の関で出立の挨拶を済ませている二人には、殆ど会話がない。
きっと今更なのだろう。

──武士とは、戦うこと。

人を殺すこと、殺し合いをすることだ。


だから毎回、城を出るときは『これが最後』という覚悟を持っているのだと、前に忠信が教えてくれた。


白河の関の手前で私と別れた時も、恐らくそう思っていたのだろう。
──最後だと。
また逢えると信じていた私だけれど、そんな忠信を薄情だとも、酷いとも、言う気はなかった。

きっと今の遣り取りも、『今生の別れ』の挨拶だと思う。
短い言葉の中に、計り知れない思いが込められているのかもしれない。
それは武士である二人にしか分からない世界だ。


「楓も、健やかに在れ」


たったひとこと。
けれど、私に向けられた義父上の瞳が、長い挨拶の言葉を紡ぐよりも、心を雄弁に語ってくれた。


「‥‥はい。義父上、義母上も、お健やかに」


胸が詰まった。
膝の上で重ねた両手に力を入れ、湧き上がった想いに蓋をする。
感動している場合ではない。
今の私には、最も大切な事を義理の父母に頼まなければならないのだから。


「どうか、四郎を宜しくお願い致します」


頭を深く下げると、隣の忠信からも同じように衣擦れの音が聞こえた。


「相分かった。何も心配するでない、我らが立派な武士に育て上げよう」

「愛しい息子と娘の頼みですものね」

「‥‥ありがとうございます」


義父上に続いて、義母上もにっこりと笑って請け負ってくれた。



鎌倉に息子を連れて行けない。

それが、私達の──私の出した結論だ。

四郎は私と忠信の子供だもの。
本当は、片時だって離れたくなんてない。
叶うならば一緒に行きたい。
何処までだって連れて行きたい。

もし此処が、私の生まれた時代だったなら、一緒に連れて行くことに躊躇いなんてなかった。

‥‥‥けれど、今から向かう場所は『鎌倉』だ。

この子を無事に『生かす』為。
未来へ繋げる為に。

身を切る想いでも、別れなくてはいけない。


「浅乃、お願いね」


女房頭の志津さんを除いて、女房の中で唯一同室を許されていた乳母の名を呼んだ。
愛しい息子を抱いている、大切な友の名を。


「はい。四郎忠信様と楓様の分も、大切に御育て致しますわ」


──だから、戻ってくるのよ。


続く言葉は、浅野の唇の動きだけで。
その唇から昨夜、言ってくれた言葉がまた生まれる。


あなたが戻ってくるのを待っているから。
四郎様の為にも、必ず帰ってきて。

ぎゅっと私の手を握ってそう言った昨夜の浅乃は、私の『覚悟』に気付いたのかもしれない。
帰って来る、と約束させたかったんだと思う。


「ありがとう。‥‥‥でも、あまり甘やかさないでね」

「そうだ。それでなくとも、甘やかす人が此処には居るからさ」


おどけた口調で付け足すと、忠信がそれに乗ってくれた。
その途端、緊張していた場の空気が解れてゆく。


「畏まりました。よくよく胸に刻んでおきますわ」

「あらまあ。基治様、釘を刺されてしまいましたわね」

「いやいや、一番危険なのはそなたではないか」

「‥‥あら、この私が四郎に危険を犯すとでも?この、私が、可愛い孫に?」

「いや、危険とは言葉の綾でだな、決して悪意は‥‥」

「左様ですか、うふふ。では後でお話し致しましょう、基治様?」


嘘でなく本気で蒼褪めてしまった義父上に、益々笑いが溢れる。


大鳥城の、この空気が好き。
穏やかで明るい、この雰囲気が大好きだ。
陰の部分は何処にでも必ず存在する。それでも、蝋燭が灯るような優しい明るさで陰を照らす、そこが大好きだった。


‥‥‥此処なら大丈夫。

笑いながら、視線を浅乃の腕の中へ。
すやすやと寝息を立てている小さな命を見詰める。

忘れないように、寝顔を眼に焼き付けておく。


大広間に来るまでぐずっていたのに、この賑やかな空気に眼を覚ます気配がない。


大丈夫。
きっと、この子は強くて優しい子に育つ。
大鳥城なら。

甘やかすなんて言ったけれど、ちゃんと厳しい一面を見せてくれるだろうから。

冬の厳しさも、雪解けのありがたみも、空の青も、緑の深さも。
人の優しさも──この子にとって、最高の環境だと信じている。

此処に来てからの私がそうであったように。


「‥‥‥行ってくる、四郎」


忠信がそっと、呟いた。
独り言の様なそれは小さな声で、私だけが聞こえたらしい。

きっと私達、今同じことを願っている。


どうか、健やかに。
この子が強く生き抜いてくれることを。


 

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