彼女、が夜目を忍んで私を訪ねてきたのは、その数日後の事だった。






「遅くにごめんなさい。あの、私‥‥」

「まだ寝るつもりなかったから大丈夫。ほら、そんな所に立ってないで、座って?」

「ええ、ありがとう」


円座まろうざを勧めれば、落ち着かない様子で腰を降ろす。
燭台の明かりに陰影を描く、波打つ栗色の髪が見事だった。
丸い瞳は顔の中でかなり面積を占めているのかと思うほど大きくて。

一週間振りに会ったさくらちゃんはやっぱり、女の私でも抱き締めたいほど、可愛い。


「久しぶりだね。さくらちゃん最近元気なかったからどうしたのかと思って」


座ったはいいものの話を切り出し難い様子の彼女を見兼ねて、私から口を開いた。


「‥‥‥ごめんなさい」

「謝らなくていいの。体調が悪いのかと思っただけで、でもそうじゃないみたいだから。こうしてさくらちゃんが来てくれて嬉しい」


さくらちゃんはこの一週間、客人用の室から殆ど出ることがなかった。

三郎くんが出立したあの日。
城門まで見送ったさくらちゃんはその後、暫く塞ぎがちで。

それから二月経って、ようやく元気を取り戻したと思っていた矢先、また部屋に籠るようになった。

流石に心配で、彼女の食事や身辺の世話をしている浅乃に様子を聞けば、食欲は変わらないがぼうっとしている事が多いらしいとの事。


「あの‥‥‥楓ちゃんは四郎様とどうやって出逢ったのか、伺っても良いかしら?」

「私と忠信?別に構わないけど‥‥」


何を訪ねてくるかと思えば。

思い詰めたよう話し出す内容が『忠信との出逢い』ときた。
そんなにも、平成時代で言う『恋バナ』を聞きたかったんだろうか。

不思議に思いながら、請われるままに思い出す。




私達が出逢った日。

まだ一年と数月前。
今では随分と遠く感じる───新緑の匂い濃ゆる、あの初夏の爽やかな風の中。


「大鳥城の近くで倒れていた私を、偶然通りかかった忠信が見つけてくれたんだよ。それが始まり」


なんて綺麗な人なんだろうと思った。

こんなに整った顔を見たことがなくて。
薄い唇から紡ぎだされる言葉は、何処か意地悪で。
格好いいのに勿体無い、なんて思ったのを覚えている。

それでも、この人がいれば安心だと、心の奥で確信していた。


───あの頃は、彼に恋をするなんて想像も付かずに。


「そう、楓ちゃんは舘の山の人ではなかったの?」

「そうだよ」

「そう。のお国はどちら?」

「それが、ええと‥‥‥どうやら遠い場所から歩いて来たらしいけど、覚えてないの。記憶がなくて、此処に来るまでのことは」

「思い出せない?」

「うん」


流石に真実───何処から来たのかは言えないから、他の人達にしたように『記憶喪失』だと告げる。


「そう‥‥なの」


小さな呟きを落とした後、彼女はまた俯いた。


「さくらちゃん?」

「‥‥もう一つ、伺っても良いかしら?」

「?うん、いいよ」


やっと決心したという風情で彼女が顔を上げる。

漆黒の瞳の強さに何故か嫌な予感を覚えた。

その予感は、外れることがなく。


「楓ちゃんは、平泉に居たのでしょう?」

「‥‥‥え?」


言葉を失くす。

平泉に、居た?

整然と告げられた言葉の内容は単純かつ明快なのに、返すそれが見つからない。
何故ならば、私は彼女に自分の事など話してなかったからで。

前は何処に住んでいたのか。
何処からやってきたのか。

忠信に嫁ぐ前の立場も、御曹司との繋がりも───何一つ。



「‥‥い、居たよ。一冬越しただけだったけれど」


もしかして、基治さんや乙和さんに聞いた?
それも考え難い。

彼女が城主夫妻に面会したのは、三郎くんが出立する数日前に「さくら殿を宜しくお願い致します」と二人に挨拶をした時。
何やら誤解をしたらしい乙和さんの気持ちがいいまでに晴れやかな笑顔を、たまたま相席していた私と忠信も見た。

───いや、そんな話は今どうでもいい。


忠信達と平泉に出かけたことなら城内の人は皆知っているし、誰かに聞いたのだろう。


「そう。‥‥もしかして」

「な、なに?」


ああもう、どうしてこんなに緊張するのか。


「貴女が、九郎様の側室だった御方?」


今度こそ本気で言葉を失うほど、驚いた。


 

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