源太との言い争いが佳境を迎えた頃に茶褐色の髪のお兄さんが仲裁(?)に入り、その後はすんなりと話が纏まった。
縄を掛けられた女装窃盗犯は源太の部下達が連れて行かれ、私も御所へと連行される事に。
既に街道には野次馬の姿もない。
数歩前に源太、私の隣に歩くのは茶褐色お兄さん。
いつもと変わらぬ爽やかな朝の風景が、今の私の心境とかけ離れてる──なんて緊張感の欠片もないことを考えていたり。
私がのほほんと物見遊山気分でいられるのも、ひとえに茶褐色お兄さんのお蔭だ。
「‥‥‥ところで、何処かで会いましたっけ?」
「ええっ!オレの事忘れちゃったのか!?」
初めて見る気がしない、と本人に尋ねてみたら全身でがっくり項垂れたのだ。
何、この反応。
「酷いなぁ楓ちゃん。オレは忘れてないのに」
「そう、それです。なんで私の名前知ってるんですか?」
「え、自分で名乗ったのも忘れてんのっ?」
「私が名乗ったの?」
確かに、言われてみれば何処かで会った気もするんだけれど。
何処で会ったんだろう。
鎌倉‥‥はなさそうだ。来て間もない期間だし会った人なら顔を覚えている。
覚えているように、と忠信に言われているから。
そう考えると、会ったのは舘の山か平泉だ。
もう一度お兄さんに眼を向ける。
引き締まった顎、がっちりとした体躯に日焼けした浅黒い肌。
とても北国出身の人には見えない。
こんな濃い人、知り合いだったら忘れられそうにないんだけれど‥‥‥。
「‥‥‥まぁ、一瞬だし仕方ないか」
「何か言いましたか?」
「いや別に。じゃあ手掛かりを出してあげるよ。───『弥太郎』、この名前に覚えある?」
「弥太郎?弥太郎か。やたろう、や、たろう、やた、ろう‥‥‥弥太郎っ!?」
「思い出したっ!?」
「煩ぇっ!早朝から騒ぐな!」
思わずお兄さんを指差した私と、反応に喜色満面なお兄さんと、前から降ってきた怒鳴り声。
どう考えても騒音は奴だ。
そもそも、早朝から怒鳴りまくっていたのは不機嫌丸出しの奴だ。
言い返しても良かったけれど、敢えて無視を決め込んだ。
お兄さんも奴をスルーの方向らしい。
そうか、それが正しい対処方法なんだね、ひとつ成長した。
ほんの僅かの時間で奴の扱いが少し掴めた気がする。
「うん、思い出したよ。去年の夏に城下で会ったよね?」
チッ、と舌打ちの音が聞こえたけれど、二人揃ってスルーだ。成る程。
平成時代から帰ってきた翌日、忠信と心を交わした日───。
大鳥城下の町で話しかけてきた人だ。
交わした言葉もたった二言三言だったけれど。
『オレは弥太郎。お嬢さんは?』
聞かれて楓と名乗ったら、『いい名前だ』って言ってくれた人。
あの時は、忠信がくれた名を褒めてくれた事が嬉しかった。
「覚えてくれてたんだ、弥太郎さん」
「男としちゃ飛び切り可愛い娘は忘れられねぇからな。いや、思い出してくれて良かったぜ」
太陽みたいな笑顔が降ってきた。
‥‥‥あ、いい笑顔。
タイプは違うけど、爽やかさなら三郎くんと張り合える。
三郎くんが春の日向タイプなら、この弥太郎って人は照りつく夏の太陽だ。
「けっ、全身真っ平らな餓鬼相手にご苦労なこった」
煩いな!
真っ平でごめんなさいね!これでも発育期間は終了したんです。
ちなみにこれでも母なんですけど?
と怒鳴り返しかけて──いいや違う、言い返しちゃダメだと自分で自分を宥めた。
無視だ無視。
相手していたらキリがない。
でもムカついたので、心の中で奴を『反抗期』と呼んであげることにした。
反抗期の子供なら、可愛くないのも頷けるから。
「楓にはもう一度会えるって思ってたよ。『またな』って言っただろ?」
こちらも爽やかに反抗期を無視して、弥太郎さんが微笑んだ。
意味深な言葉だ。
謎かけを楽しんでいるようにも見える。
‥‥‥確かに別れ際『またな!』と言っていた。
話していた私達に気付き、こちらに駆けて来る忠信から避けるように。
あの時、彼は『またな』の前に『時間切れ』だとも言っていなかった?
だとすると。
「あの時既に私のこと知っていた、とか?」
そう考えるのが妥当だろう。
「お、なかなか鋭いねぇ。知ってたっつうか、聞いていた?」
「‥‥‥誰から聞いたんですか?」
「おっと、もう到着か」
立派な門が見えてきた所で、弥太郎さんは「じゃあ、オレは仕事あるんで」と片手を挙げた。
「ちょっと待ってよ、話がまだっ」
「引き止めてくれるのは嬉しいが、焦らすのも駆け引きってやつだ。謎を持ったままの方が、オレを恋しがってくれるだろう?」
「は?」
「今度は忘れるなよ!───じゃあな」
アメリカ人紛いの実に爽やかな笑い声を上げながら、一人さっさと門の中に消えていった。
意味不明の置き台詞と私と反抗期を残したまま。
「‥‥‥なにあの人」
「女と見りゃ見境なく手を出す阿呆の見本だ」
「そっか、成る程」
「ったくよ、幾らなんでも色気の欠片もねぇ餓鬼は相手しねぇと思ってたのに」
そうよね、物凄く手が早そうよね。
呆れた口調の反抗期が少しだけ大人に見え‥‥‥‥っと、ちょっと待て。
色気ない、って何回もしつこくないか?
スルーを決め込むつもりといえど、我慢も限度というものがある。
もともと私は気が長い方じゃないのだから。
「あのねぇ、さっきから色気ないとか言ってくれるけど、これでも私は一児の母なんだからね!」
これでも多少はある(と思っている)胸を反らしながら宣言すると、反抗期は眼をかっと見開いた。
「嘘だろおい‥‥‥つまり、お前に欲情した奴が居るってのか?」
うん、抹殺決定。
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