この恋、きみ色 2 (2/2)
『何見てんだよ海斗ー?』
『あー‥‥?』
『あ、吉田のクラス体育じゃん』
『おー‥‥』
『いいよな海斗。吉田の幼馴染でさー』
『おー‥‥そうかぁ?』
同じクラスのタカシが何か言っているが、正直あまり耳に入ってこない。
窓際の席、頬杖を付きながら眺めるグラウンド。
白い体操服の彼女は今日も、そこだけが眩しかった。
『吉田、美人だよな』
『‥‥はぁ?喧しいだけだろ、あんな女』
『そこがいいんだよ!学年で一番可愛いし、許せる』
そこで漸く、俺はタカシに意識を向ける。
『バーカ、お前の眼は節穴か?あいつなんかより‥‥‥』
香奈なんかより‥‥‥彼女の、方が。
ずっと‥‥‥。
『な、何だよ‥』
『‥‥‥何でもねぇ』
香奈よりも水無瀬千咲の方が可愛いと言うつもりで、やめた。
俺の一言で誰かが彼女に興味を持ってしまったら嫌だと思ったから。
『やべぇ‥‥』
『俺にはお前の独り言の方がヤバく見えるけどな』
今になって気付いた俺は、相当鈍感だと思う。
どうやら一瞬目が合っただけの彼女に一目惚れしていた事に、全く気付かなかったのだから。
香奈との会話の中で時々出てくるその名前に、どうして反応していたのか、今まで気付かなかった。
ようやく、とっくにスタートしていた片想いの長距離走に気付いた、高校二年の初夏。
君が好きで、好きで、ずっと目で追っていたんだ。
香奈が羨ましいと思いつつ、俺の気持ちを香奈に知られたくないからずっと黙秘を続けた。
正直、幼馴染の親友に恋するのは結構キツい。
香奈が知れば彼女に筒抜けなんじゃないか‥‥と思う。
一方で、香奈を味方に引き入れれば有利なんじゃないか、とも計算してしまうのが性に合わない。
香奈は妹みたいなものだ。利用するのは自分自身にフェアじゃない。
見ているだけで、いいと思った。
それから季節は移り変わり、いよいよ最上級生になった頃。
雑念を振り払う為もあり、今までよりも熱心に部活に身を投じたのが良かったのか。
思いもかけない所から『機会』は訪れた。
『海斗、最近部活熱心じゃん。インハイの射程に入ったんだって?』
『まぁな。つーかそこ退け、俺の椅子に座るな。つーか部屋に勝手に入ってくんなって何度言わせんだよ』
『まぁまぁ、固い事言わないの。出場が決まったらお祝い上げるから』
この勘がいい女に、いつまでも隠し通せると思ったのが甘かったのか。
敢えて、話し掛けた事もなかったのに。
『‥‥‥400m、全国大会に出場が決まったらさ、千咲に紹介してあげる』
『‥‥‥‥‥‥はぁっ!?』
『正直アンタには勿体無い娘だけどねー。今まで千咲との間を取り持ってとか言わなかったでしょ?その心意気だけは認めてあげるわよ』
『‥‥おい、待て』
『千咲は手強いんだって、長い間好きなんだから知ってるでしょ?きっとアンタの名前も覚えてないよあの娘』
絶句してしまった俺。
爽やかに笑ってのけた香奈が、天使にも悪魔にも見えた。
つーかお前、何年も水無瀬と友達やって来て、俺の話題を出した事ないのかよ‥‥‥。
それ、色んな意味で薄情じゃないか。
『だ・か・ら、私とタカシで千咲の攻略を考えてあげるっ!』
『気持ちは嬉しいけど余計なお世話だから帰れ』
‥‥‥そして。
「水無瀬!」
「‥‥‥え?あ、の‥私?」
夏が終わり、もうすぐ部活を引退するといった、九月の最初。
まさに帰ろうとしていた彼女を見つけて、夢中で呼び止めた俺は───
「水無瀬、俺と付き合わないか?」
「え?ごめん、もう一回」
困った表情の彼女も可愛いと思いつつ、初めての至近距離に内心落ち着かないものの、それを表に出さないように努めて。
行動を起こした。
「俺と付き合わない?って言ったんだよ。返事は今すぐ欲しいけど、水無瀬の気持ちもあるから」
見ているだけの長い恋に、ピリオドを打つべき時が来たんだ。
君が好きで、好きで。
とっくに君の好きな色を好きになっていた俺。
俺の事を知って欲しい。
君に、俺を好きになって欲しいから。
この恋、きみ色
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