思はぬに 妹が笑まひを 夢に見て
 心のうちに 燃えつつぞ居る






「暇があれば曲輪で鍛錬しているようですわ」

「くるわ、ですか。行ってみます」

「‥‥ほんとうに、女人の噂一つない子で心配しておりましたけれど、安心しました」


乙和さんに三郎くんの居場所を聞訊ねれば、それはそれは深い笑顔を向けられる。

何を安心したのか知らないけれど、聞くと話が長くなりそうなので、私は曖昧な笑顔でこの眼の保養になる美女の部屋を辞した。




『曲輪』って何のことだろう?と、丁度すれ違った顔見知りの兵士さんに聞いてみる。

いわゆる駐屯施設と言うか詰め所にあたるらしい。
戦時には兵達の拠点なのだから、城の要、即ち一番重要な防衛ラインなのだそうだ。


なるほど‥。
そう思いながらやって来た曲輪は、流石に男の人ばかり。


鎧と甲冑を着けてない普段着ではあるものの、十数人が打ち合う姿は圧巻だった。



「脇が甘い!次!」

「はっ!」

「‥いたいた」



叱咤している声は、三郎くんのものだ。

彼らが見える、けれど決して邪魔にならない位置で立ち止まる。
傍の木の陰からこっそり見ているなんて、まるで飛雄馬のお姉さんみたいだなんて思いながら。




四郎の言っていたことって本当だったんだな。



『兄上も父上も面構えこそ柔和で優しげだけど、合戦時は鬼神の如き気迫で、敵兵共を蹴散らすんだ』




その言葉に興味を引かれて、こうして乙和さんに居場所を教えてもらってまで見にきた私は、四郎が認める三郎くんの太刀に眼を奪われている。




「──上段に構え過ぎる!足を狙われるぞ」

「はっ!」




‥‥‥もう、凄い。


真刀じゃなくて木刀なのに。そうとは思わせない気迫。

刀とか剣道とか無知の私でも、彼の腕が他を圧倒する物だという事だけは分かる。


普段の優しくて癒し系な三郎くんからは想像も付かない。



刀を振るう、三郎くんって‥‥‥



「‥‥‥恰好いい‥」



これでは飛雄馬のお姉さんじゃなくて、野球部の少年を見つめる片想いの少女みたい。
片思いかぁ‥‥‥それはそれでなかなか面白いけれど。

そう思った時だった。



「何が恰好いいの?」

「ひぃっ!!」

「あぁ、三郎兄上か」



突然耳元で声がすれば、誰だって飛び上がる。



「四郎!いきなり後ろから来ないでよ!」

「俺は親切で教えてあげてるの。少しは背後に気を配れってね、楓」

「‥っ、もう!馬鹿!仕方ないでしょ、あまりにも凄くて必死だったんだから」

「‥‥‥ふぅん」



木に凭れながら立っている私の後ろにいる四郎の手が、幹に凭れていて。
背後から私が包まれているような、なんとも言えない微妙な密着度。



「し、四郎!」

「んー?」



でも、ここで逃げたり反応したりしたら、四郎のことだから笑い出すに違いない。
楓は俺を意識してるんだ?とからかってくるんだ‥‥‥うん、確実にそうだと思う。

現に今だってニヤッと笑っているもの。



「‥‥楓殿?如何しましたか」



無駄に綺麗な顔をどう遠ざけようかと睨みつけている私の耳に飛び込んだ声。



「あ、三郎くん!ごめんね、煩かった?」

「いえ、丁度休息を取らねばと思っていたので‥‥‥四郎、楓殿で遊ぶのではない」

「兄上の仰せの通りに」



あっさり離れた四郎に、やっぱり三郎くんの一声って効果絶大だわ、と感心した。



「時に楓殿?何か言伝てでもあるのですか?」

「え‥‥あ、ううん!ちょっとね、鍛錬ってどんなのか見てみたかったの!」

「あぁ、然様で。華もなく、女人の楓殿には詰まらぬ物でしたでしょう」

「と、とんでもない!凄い迫力で‥‥‥好奇心で見るのが申し訳無いと思いました」



だって皆、自分の命を守る術を鍛えている。
そして、敵兵の命を屠るすべを。

一歩間違えれば簡単に首を取られるのだろう。

そうさせない為、首を取る為───ひいては、勝利の為。

それこそ必死で戦わなくちゃならなくて。

それは、平和な時代でぬくぬくと生きていた私には、到底真似できない純の領域。


今更になって、ミーハーな気分でいたことを酷く恥ずかしく思い、俯いた。



「ごめんなさい」

「‥‥‥楓」

「──いいえ。楓殿に見守られていると思えば、百人力となりましょう」



優しい声に顔を上げれば、いつもの柔らかな笑顔。

さっきとは別人の様。人を和ませてくれる笑顔。

其処此処で水の入った竹筒を手に休憩している兵士さん達も、笑顔で。
‥‥‥ニヤニヤしてるようにも見えるけれど。



「楓殿が宜しければ、ごゆるりとされて結構ですよ」

「‥‥‥はい」



釣られて笑うと、三郎くんは更ににっこりと笑う。



「では、私はそろそろ戻りますので」




「そんな三郎様っ!?」

「三郎様!そりゃ無いでしょう!」

「鬼!」

「‥‥よし、鬼と言った者から掛かって来るがいい」



三郎くんが手にしていた布で汗をふき取りながら言えば、兵士さんの間で盛大なブーイングが起こる。
思わず吹き出した私は、頭に乗せられた軽い衝撃に視線を上げる。

手を置いている四郎は、私を見ていなくて。
真っ直ぐな眼差しを、前に。



「三郎兄上。俺と手合わせ願えますか」

「四郎が?構わぬが‥‥‥お前が相手なら、私も良い鍛錬になる。一切の加減は出来ぬがな」

「無論。本気で掛かって下さらないと、兄上に怪我を負わせてしまうので。俺は強いですから」

「‥‥その言葉、そっくり返そう。来い」



あ、そうか。
四郎も武士‥‥それも皆を従える武将だから、鍛錬するんだ。
それはそうよね。
普段私の前では見せないけれど、四郎ものんびりしているだけじゃない。




二人の遣り取りを聞きながら、四郎の鎧と甲冑を纏った姿を想像してみた。


きっと涼しげな若武者って所なんだろう。

この人、容姿は最高の部類なんだから。



「───楓」

「なに?」

「俺を、見てろよ?」





‥‥‥挑戦的な眼差し。





不覚にも鼓動が高鳴ったなんて、教えてあげない。









刀を振るう横顔に、息を忘れて見入ったなんて‥‥‥



絶対に、絶対に秘密。


 





思いがけず君の笑顔を夢に見て
恋の炎が抑えきれなくなっている
 (家持・万葉集721)


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