かぎりなき雲居のよそに 別るとも
 人を心におくらさむやは






「楓の由来?」

「うん。平泉にいたときに御曹司に聞いたんだけど、結局ちゃんと教えてくれなくて」


御曹司が教えてくれたのは、
『花もそうだが楓の実も変わっているから、楓と名付けたんだろう』
という、謎かけの様な言葉のみだった。


「‥‥‥ふぅん。あの方には聞いて、俺には聞かなかったんだ?」

「一回聞いた事あるじゃない!しろ‥忠信がはぐらかしたくせに」

「忘れた」


忠信がふいと横を向いた。


「それに、御曹司に聞いたって言うより、あの人が話を振ってきたんだよ。‥‥って、もう!拗ねないで」

「拗ねてないけど」


嘘ばっかり。
表情はあまり変わってないけど、解るんだよ。

眼差しが、面白くないって言っている。
頬も、心なしか堅い。

‥‥‥これって、きっと。多分。


「ヤキモチ?」

「‥は?俺が?何言ってるの」


ほら、顔がちょっとだけ赤くなった。
何だか今日の彼は可愛い。


「嬉しい。妬いてくれてるんだね」

「‥‥‥あんた、馬鹿?」


呆れ混じりの溜め息を無視して、背中に思い切り抱きついてみた。

胡坐を組む忠信の見た目は華奢だ。

刀も槍も持ちそうにない。
どちらかと言えば舞扇や花が似合いそうなのに。
意外としっかりした身体をしているし、刀を手にすると凛々しくてドキドキさせられる。
実は着やせするタイプなんだって、知ってる。


そんな彼だから、結婚しても鍛錬中の様子を見に来る女の人の数は減らない。
忠信に話しかける勇気のある子は殆どいなくて、だから皆ひっそりと見つめていて。
その光景は見ていて面白いものじゃない。
けれど、彼女達の気持ちは分かってしまうだけに何も言えなくて。

だから‥‥嬉しい。


「たまには正直に言ってよ。‥‥御曹司に妬いた?」


嫉妬しているのが私だけじゃないなら、嬉しい。

くすくすと笑いながら、背中に抱きついたまま濡れ羽色した髪に頬を埋める。
しなやかな筋肉の付いた肩と、嗅ぎ慣れた香の匂い。


「正直にね。‥‥言えば、何かしてくれるわけ?」

「何か?うんいいよ。何して欲しい?」


大好き。

この人が、忠信が、愛しい。

こうして傍にいられる事が嬉しい。


「‥‥ない」


素っ気無い言葉が返ってくる。


「あれ、ないの?───きゃっ、」


と同時、視界がくるりと回転した。


後頭部を打ち付ける、と思ったのは束の間。
その衝撃は何時までも来ず、忠信の硬い手が頭を包む。

背中には柔らかな布団の感触。

そして上になった忠信の肩越しに、天井が広がる。


「楓が傍にいるなら、他にない」


真剣な眼差しがほんの少しだけ揺れる。


「‥‥‥いるよ」


表情が変わらない。
感情が読めない。

忠信を見て、人は冷たい言うけど、本当の忠信は全然違う。


「傍にいる、一生」


この人に会いたかった。

彼の隣を苦しい程に望んだ。

家族、親友、友人、学校、守られた世界。
失ったものは、あまりにも大きい。
今でも時々夢に見てしまうのは、罪悪感や望郷の想いが残っているから。


それでも、後悔はしていない。


「頼まれたって離れてあげないんだから」


三郎くんがいて、基治さんと乙和さんがいて、若桜や御曹司、御館や国衡さんがいて───。
そして忠信が生きているこの時代を、選んだ。


この恋だけは、捨てられなかったから。


「俺から頼む事もないし、それでいいだろ」

「素直じゃないなぁ。そこは離さないって言ってよ」


まぁ、これでこそ忠信らしいけど。

呆れ半分、可笑しさ半分にクスクス笑う私を見下ろして、常盤色が柔らかに緩む。


「言葉じゃ、伝えきれないから‥‥」

「‥‥‥んっ」


たった今まで笑っていた私の口が中途半端に止まる。

唇に、ゆっくりと暖かいものが覆いかぶさってきた。




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