昔、この山には天狗とは違う存在が居ると聞いた事があった。
天狗と同等の力を持っていながらも、その存在は異端扱いされ、山の奥…崖の頂に幽囚されているらしい。

(異端だと言うのが分からねぇ)

その姿を見た事も無かった天狗はその違う存在の姿を一度見たくなり、頂に向かう事にした。




(…霧?)

頂の付近に近付いた時、突如として霧が行く手に現れた。然し霧等天狗にとって風と同じ。手にした刀で全てを薙ぐ。
刹那、風が巻き起こり霧は虚しく、文字通り霧散した。

「他愛も無ぇな」

誰に言うでも無いがそう呟き、頭上を見上げる。
目前にあったのは険しい崖。飛行が出来なければ上に行く等不可能に近い其れも、やはり天狗にとっては何て事の無いものだった。

「…この上か」

真っ直ぐに上を見上げそう呟いた天狗は羽を広げ地を蹴ると、大きく羽ばたいて一気に上へと上った。
時折吹く横からの風も気にせずに上り詰め、漸く、頂上を見えた。

(…其れなりの高さだが…天狗なら降りるのは可能だな)

異端、とはこういう事かと一人納得し、地に脚を着ける。すると、其れと同時に声が聞こえた。

「…天狗が何の用?」

「…、…」

澄んだ声だった。
一瞬、その声に酔いしれたかの様に言葉を無くした。然し直ぐに我に帰り、前を見る。

夕焼けの髪に琥珀色の瞳。その背後からは見事な迄の多尾が覗いていた。
その言い様の無い妖艶さに再び言葉を失い掛け、首を振り咳払いをする事で何とか踏み止まる。

「…お前…九尾の狐か」

「…九尾とはまた違うね」

九尾とは違うと言った其れは、自身の尾を広げて此方に見せた。
天狗がよく眸を凝らして見ると、どうやら十本生えているらしい。成る程確かに、と胸中で呟く。

「九尾じゃないならお前は何なんだ?」

天狗が訊ねる。するとあんた何も知らないの、と呆れた様に言われた。

「九尾と天狗の間に生まれた…天狐とでも言っておこうか」

「天狐…」

異端と言うのはこういう事だったのかと一人納得して、天狗は続けた。

「如何して此処に居るんだ」

「天狗同士じゃない子を世に出すなんざ恥曝しだからだろ」

其れにも成る程、と納得した。
確かに違う存在と言うのは視線を集めてしまう。其れが天狗しか居ない山となれば尚更だ。

然し同時に疑問が浮かんだ。

「天狗らしい所が無ぇな」

独り言の様な其れに、天狐と名乗った其れは一瞬眉を跳ねた。伴って、若干空気が冷たくなったのはどうやら気の所為ではないらしい。
天狐が重く口開いた。

「昔はあんたみたいに羽があったんだよ」

天狐はそう言うと大儀そうに腰を上げ、背を向けた。


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