嗚呼止めてくれ止めてくれ。
俺はそんな事をされたら、
【熱言】
同盟を組んで、初めての共闘。
ついこの間、刃を交えた様な記憶があったのに。それは気の所為だと言う様に。
当たり前の様に、アンタは横に居た。
「オイ忍!お前、もう此処は良いから真田の所に行け!!」
鋭く戦場に響いた声を、佐助は背で跳ね返す様に笑う。―と言ってもその笑みが作られたものだと小十郎はまだ知らない。
「莫迦言わないでよ、真田の旦那に此処を任されたんだから」
余裕だと言う様に佐助は目前に居た敵兵の首を易々と跳ねる。
血を浴びる佐助が少し辛そうな表情になったのも、小十郎は知らずに前だけを見ていた。
「真田が心配じゃねぇのか!」
聞こえる様に大きな声で喋る小十郎に、嗚呼この人面白いや、と一人胸中で笑う。
「旦那の傍には竜の旦那が居るでしょ?大丈夫だよ」
「まぁ、な!!」
素早く斬り棄て、また別の敵を屠る為に地を蹴る。
小十郎が愛用の刀は血を纏い、鈍くぎらぎらと光を帯びていた。そして同じ様に、佐助の使う大型手裏剣も血で鈍く光っていた。
「………」
そろそろこの戦も此方の勝利で終わりを迎えるだろうか。
佐助は自分らしくない慢心した憶測をし、自嘲した。
何故勝てると思うのだろう。
(…分かる、これは…)
この黒い竜が居るから。
何故だか酷く安堵感に包まれる。
…何故?
「…っオイ!!」
「…っ…!?」
突然走った脇腹への衝撃に、対応しきれず地に伏した。
仰向けに倒れながら舌打ちをした。
(嗚呼畜生油断した)
脇腹は幸い刀ではなく、重い鉄の棒が食い込んだだけだった。
「だ、から…何か…やたらデカい棒持って…回ってる奴…嫌いなんだよ…っ」
適当に一人ごちて、衝撃を喰らった脇腹に手をやるとこれは肋何本かイったなと、更に舌を打つ。
忍は主に速さを武器にしている。だからああ言う力強い奴は、卑怯だが背後からしか倒さない。
にしてもこれは動き難い。
「…ぐっ…」
(…まぁ、無理矢理動けそ……?)
起きる為に無意味だと分かっていても腕に空を掴ませる。途端勢い良くぐいと引かれた腕に、思わずその腕を引いた相手を見た。
強面の…然し優しい男。
間違い無く小十郎。
舌打ちしながらも佐助を己の胸に掻き抱いて、そのまま走り出す。
驚いたのは佐助で。
「ちょ、何これ!右目の」
「煩ぇ黙ってろ!!」
睨みを効かせながら敵を屠るその姿。
佐助を黙らせるのに、それは充分過ぎる程だった。
(…ヤバい…ヤバいヤバいヤバい…!)
顔が熱い。
放してくれ。放してくれ。
アンタの匂いが。
アンタの腕の力強さが。
アンタの強い心臓の音が。
思い出したくない想いを呼び起こす。
止めてくれ。
「…終わった、な…」
あれから一刻して、やっと遠くから伊達軍の鬨の声が上がった。
小十郎は刀を鋭く振り、付着していた紅を落とし鞘にしまう。
そして、思わず掻き抱いていた佐助に一瞥を投げた。
「……しの」
「右目の旦那」
小十郎の言葉を同じ言葉で封じ、相手を見る。
(…分からないんだ)
否、本当は分かっていた。
如何してこんなに苦しいのか。
如何してこんなに熱いのか。
この竜なら、容易く答えを言ってしまうのだろう。
「俺…」
「言うな」
「え…」
「俺が言う…」
畜生畜生畜生。
なんて格好良いんだ。
アンタの腕の熱さが移る。
「佐助…」
こんな時だけ名前で呼ぶのは止めてくれ。
吐息が髪に触れて熱くなるのも愛しく思う。
「好きだ」
照れたアンタが言うその言葉が、唯熱くてならなかった。
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