忍とは、逃げ出す術を持っている。
縄や鎖、枷等で拘束されようとも其れ等全てから抜け出せる術を持っていた。
持っている筈、だった。
「…ね、いい加減放して」
「断る」
両手の自由を奪われ、降ってくる口付けを甘受し、身悶える。
熱を含んだ吐息を吐き出し、両手の自由を取り戻そうと試みるが、先程から上手くいかない。
(…何で)
縄でも無ければ鎖でも無い、かと言って枷ですら無い。
男の、両手。
振り解く事等容易い筈なのに、先刻から其れが出来ない。
逃げたいのに、胸が熱い。
「御願い…放して…」
此以上の事をされたら狂いそうで。
怖くて、熱くて、逃げたくて、優しくて。
強引で勝手な男だと呆れたいのに、其れさえも出来ない。
「嫌なら、逃げろ」
「…っ…」
「俺から逃げればいい」
振り返る事無く、風の様に。
忍の術を使って、闇の様に。
「逃げるなら、今の内だ」
そう言って緩んだ両手が、本当に逃がそうとしてくれているのに。
「……、…」
(なんで)
逃げる事が出来ない。
胸が痛い。
顔が熱い。
逃げたく、ない。
(捕まえてて欲しい、なんて)
「…逃げないのか?」
訊ねられたのに、答える事すら出来ず。
唯、涙を流した。
その手は
どんな拘束具よりも重たくて温かい
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冷たい束縛よりも温かくて痛い束縛なら、もう逃げられない。と言う妄想から。