▼ 第二楽章〜光の王国〜
人類がこの世界に誕生し、文化を形成してきた始まりの地。
そこに建つのは白く輝く重厚な城。
城下町には古き建物と新たに生まれた建物が共に建ち、古風な衣服を纏う人々が歩く。
まるで茶色のフィルムが色を持ち動き始めたかのような、どこか懐かしい雰囲気を持つ都市。
――光の王国《ヒストリア》
森で育った少女、セナは王国の規模に圧倒されつつも石畳の道を歩く。
ファフニールが衣服を整えてくれたおかげで田舎者の少女が都会の中で浮くことは無く、むしろその姿はどこかの凛とした令嬢を思わせる。
すれ違う人々は魔力を纏う蒼装の少女に目をやり、珍しそうに眺める。
「……とりあえず、宿を探しましょう」
実は此処に来るまでに二日も迷っているのである。
セナが飛ばされた場所からは一日でたどり着ける距離を。
迷いに迷い、魔物に襲われつつも何とか歩いてきた。
既にヘトヘトで早くベッドに身を沈めたい所だが、先に王に手紙を渡したほうがいいだろう。
きょろきょろと見回しながら歩いていると、ひそひそと声がした。
「……あの目、異種族の子かしら」
「でも見た感じ普通の子よ。気にしすぎよ」
どうやら城下町の奥様達の井戸端会議のネタにされてしまったようだ。
しかしセナにとってこの目のことを言われるのは慣れてしまっているため、風の如く無視をする。
とにかく、王に会わねば。
機械仕掛けの人形のように規則正しく足を動かし、高くそびえる城を目指して歩く。
運がいいのか、広大な敷地をもつ王国の地図が風に乗って足元に落ちた。
それを広いあげ、汚れが少々染みている紙に視線を落とす。
このまま大通りを真っ直ぐ行けば着けるようだ。
かつん、と黒のブーツで足音を鳴らしながら、石の道に影を踊らせて、陽気な音楽が芳しい香りのように漂う王国の奥へ奥へと迷い込む。
子供達が元気に駆けて行き、物売りの少女達がバスケットに色とりどりの花や瑞々しい果物を入れて売り歩く。
女性は糸を紡いで布を織り、男性は威勢よく人々に声を掛けては品物を見せている。
命に溢れた都。
ここが、人間が初めて歴史を紡いだ場所。
生命の輝きに、生気に満ちた風景に、セナはほう、とため息を吐きながら地図と共に迷っていた。
注意力の無さが仇になって。
あれ、此処は何処でしょう?
いつの間にか人気の無い裏路地に迷い込んでいた。
表の活気に満ちた雰囲気とは別に、物悲しく寂しい空間。
薄汚れた石畳の上に誰かが捨てた酒の入っていたであろうビンが転がり、道の隅には人々がうずくまって身を寄せ合いながら微かに息をしている。
漂う音は甘美な音楽ではなく、下卑た笑い声と女の嬌声、そして子供の泣き声だった。
「う、」
鼻を突く腐ったような臭いにセナは顔をしかめ、青く揺らめく袖口で鼻を覆った。
目の前でうずくまる人々はセナが立っていても顔を上げることはなく、時間が流れるのをただ待っているだけのように動かない。
そして、一人の女性が目に止まった。
ぼろぼろの布を体に巻きつけ、彼女は何かを大切そうに抱えて虚空を見つめている。
何か、をよく見ようと体を動かして、後悔した。
女性はぐちゃぐちゃになり悪臭を放つ腕に、やせ細り虫が湧いた小さな亡骸を壊れないようにと抱いていたのだ。
思わず顔を背け、吐き気が込み上げた。
そしてそんな反応をしてしまった自分に、嫌悪感が湧き上がる。
顔を背けてはいけない、背けてはいけない――。
「う、うぅぅぅ……! げ、げほっげほっ!」
顔を地面に向け、崩れ落ちながら咳き込む。
耐えられない。
こんなにも、酷い惨いものがあったなんて……!
目尻には涙が浮かび、口の中には酸っぱいものが滲んだ。
そんなセナに、声を掛けた者がいた。
「嬢ちゃん、こんなところで何をしてんだ?」
「げほっ…え?」
振り返った途端、両腕を押さえ込まれ、地面に叩きつけられる。
ぐるりと視界が回転し、背中から脳へ苦痛が強制的に信号として送られる。
セナを拘束したのは、大柄な男だった。
にやにやと気味悪い笑顔を浮かべ馬乗りになり、苦しそうに顔を歪めるセナを満足げに眺める。
「な……に、を……!」
「いやぁ、汚いダウンタウンにこんな若くて可愛い女の子が迷い込んだら誰だって声を掛けたくなるだろう?
ここには表通りから追放された『ゴミ』が集まるところだからね、嬢ちゃんみたいな年頃の娘が来るのは珍しいのさ」
男はいやらしい目つきでセナを足から頭までじっくり眺める。
その視線に寒気と恐怖を感じながらも、セナは誰か来てくれるかもしれないと周囲を見回す。
誰もいない、暗くて冷たい空気が裏路地を包んでいた。
「どいて、ください……!さも、ないと、」
「おお、魔術師か。その目からすると誰かに体を弄られたソーサラーだな。マニアックな奴にはたまんねぇわ」
「……いいか、ら、早くどきなさい……っ!」
「誰が退くかよ。こんな上物を見つけて。適当に貴族に売りつけりゃあ金になるのによ…嬢ちゃんなら五十万はくだらないな」
青と緑の目を細め、怯える少女の姿を笑う男。
セナは聞こえてくる嬌声にぞっと身を竦めた。
「こんなこと、許され、ませんよ……!だれか、」
「誰もこねぇよ。ほら、さっさと優しい優しい貴族様とお愉しみでもするぞ」
セナの首に男は手をやり、少しずつ締めていく。
恐怖が背中を伝い、男の手首に爪を立てて抵抗するも全くの非力だった。
絶望に突き落とされかけたとき、セナを助けようと行動してくれた者がいた。
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