▼ 冷雨の涙
かちり。引き金が死の音を立てた。
ざあざあと冷たい雨が涙のように降り、私と彼を濡らしていく。
こんなにも空が泣くなんてなにがあったんだろう。
そんなことをふと考えながら、目の前で私に銃を向ける彼を睨む。
「降伏しなさい。それとも、射殺されたいの?」
「……本当に、戦うのか」
「……ええ」
マスケットを支える腕が痛い。
彼がくれたマスケット。私が私を傷つけるものから守るようにとくれたもの。
今となって、彼に銃口を向けるとは。
心の奥で本当の私が悲痛に叫んだ。でも、止まることはできないのだと歩んできた軌跡が語る。
国を背負うということ。私の肩には何十万の命の錘が圧し掛かっている。
王の命令。彼もまた、彼の王の命令なのだろう。
そう信じたい。
「さあ、降伏するか。それとも私に撃たれるか」
「手を取り合うという平和な案は無いのかい?」
「無い」
背中の兵が一気に殺気立つ。
もうすぐ突撃して、ここは争いの場になるのだろう。
雨に濡れる足元の花も、木漏れ日と笑い声に満ちた温かな思い出も、泥だらけの足で踏まれ、揉みくちゃになるのだろうか。
そして真っ赤な命の雫で濡れるのだろう。
愛しい人、敵国の想い人。私の国と私の行いを許してはくれないのでしょうね。
胸のうちに哀しいという思いが芽生え、それを歯軋りと共に掻き消した。
私情を挟むべきではない、という国への忠誠心が私を戦場へ誘う。
「応えないようだから、撃つわ」
マスケットを構えると、目の前の敵も構えだす。
「……攻撃!」
雨に濡れる戦場に空を切り裂くような銃声が響いた。
わあわあと人の叫びが轟く。
私は彼に狙いを定め、引き金を引く。
さようなら、愛しい人。
ぱんっ。
二つの銃声が重なって、私の胸に衝撃が走る。
目の前の彼は泣きそうな笑顔で、赤い軌跡を描きながら倒れた。
彼が倒れると同時に、私も地へと落ちる。
ばしゃ、と泥が顔に跳ねた。
冷たくなる体に打つ雨が痛い。
彼のほうを見やると、泥で汚れた顔をこちらに向けて、震える手を伸ばしていた。
残りの力を奮うだけ揮い、彼の元へ這いずった。
――お相子だな。
――……ばか。
――次に会うときは、今度こそ一緒に入れたらいい、な。
――……ごめんなさい。愛してるわ。
――俺も愛してる。愛しい、
―――ぱたっ。
もしも来世というものがあるのなら、今度こそ神に愛を誓えますように。
先に旅立ってしまった彼の、指輪をしている手を握る。
拍子にしゃら、と胸元から鎖に通した大切なものが零れ出たのを感じながら、深く深く墜ちていく眠りについた。
愛してるわ、愛しい、
冷雨の涙
(さよなら、愛しい人)
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