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▼ 感情


「ねぇ、空音」
 姫火が少しだけ遠慮がちに呟いた。
 ごーん、ごーん、と学校が終わった事を告げる鐘の鳴る、夕暮れ時に教室で。
 まだ2人しかいないこのクラスで、一つの机に向かい合い、空音が購買で買ってきたアイスを食べながら、姫火は何やら悩ましげに問い掛けた。

「なんで感情ってあるんだろうね」

 静かにカップアイスを口に運んでいた空音の手が止まる。
 深い海の底のような、決して揺れ動かない蒼の瞳を目の前の少女に向けた。
 姫火はソーダ味のアイスキャンディを一口だけ齧り、ため息を吐く。彼女は空音に問い掛けたが、返事を期待したわけではない。彼はいつだって静かで、おしゃべりな方ではなく、あるがままを受け入れやすい性であるからだ。
 手を止めた空音は、何も言わずに姫火の赤い瞳を見る。
 自分と正反対の色の瞳を。
「どうして私たちだけ感情があるんだろうね。他の人は無いのに」
 無理やり笑って、冷たいアイスキャンディを齧る。
 この質問に他意なぞない、意味なぞないと言うように。

「……人に近いから、だよ」

 バニラアイスを一口掬って、空音は答えた。
「……感情が必要なのは、今を精一杯生きるため」
「私たちは死んでいるのに?」
「ん」
 ぱく、と白いアイスを口に含み、空音は幸せそうに頷いた。幸せそう、とは言うものの感情を面に出さない空音の感情を読み取れるのは姫火だけであるが。
 幸せそうな彼の様子をぽかん、と見ていたが、なぜだか胸の奥が温かくなり、姫火はくすりと笑みが零れた。
「そうだね、きっと。そうじゃなきゃ楽しくないもの」
 少し溶けたアイスキャンディを齧り、いつも通りの笑顔を見せた。
 空音は特に笑うわけでも、何か言うわけでもなくただアイスを口にする。
 それでも、2人は構わない。ただ側にいるだけで安心するからだ。
「空音」
「……ん?」
「私といて楽しい?」
「……そうじゃなきゃ一緒にいない、よ」
「……そっか。ありがと」
 一緒にいたいという思いも、感情なのだろう。
 他の、普通は感情を持たない死神たちに落第生と呼ばれ、感情を持っている事に少々引け目を感じていた姫火は肩の荷が降りた気がした。
 感情を持つ事は罪ではないと再確認できたからだ。
 なぜ、死神は感情を持てないのだろう。
 決して前世で罪を犯したわけではない。ただの被害者であるのに。
 天使もそうだ。彼らは幸せそうな笑みをずっと浮かべているが、体を裂かれてもなぜ笑っているのだろう。
「不思議ね」
「……ん」




 いつかきっと知るときが来る。
 それまで、私は笑っていよう。泣いていよう。
 持て余す感情を惜しげも無く表して。
 2人で笑っていよう。




感情
(……美味しいのは幸せなこと)(名言だね空音!)


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