小説 | ナノ


▼ 青空の行方

「空は青いね。」
 目の前の彼女は屋上のフェンスに腰をかけ、肌寒くなってきた風に自然な色の黒髪とスカートをはためかせながら寂しげに笑った。その笑顔は横に立つ僕に向けられていたけれど、瞳があまりにも透明で、柔らかく僕からすり抜けてどこか遠くの空間を見つめていた。
 放課後の学校。
 生徒達の声は遠く響き、立ち入り禁止の屋上にいる僕らを咎める人は誰もいない。二人きりの空間。
 僕らは高校生になって以来、部活にも所属せず、こうして屋上で声を交わらせる。彼女は元々おしゃべりな方ではなく、専ら話しかけるのは僕だったけれど。
「空は、綺麗だね。」
「うん。」
「私ね、空が好きなんだ。見ていると嫌なことも悲しいことも全部、全部忘れられるの。」
 泣き出しそうな、泣くのを堪えている子供みたいな顔で空に視線を戻して独り言のように呟く彼女。ぽつぽつと言葉は空気に溶けていく。
 ああ、彼女が壊れてしまう。
 僕は彼女がクラスメイトに馴染めないことを知っていた。そして、それでも彼女が笑いながらクラスメイト達に馴染もうと努力をしていることも。けれども元々不思議な雰囲気の彼女は中々受け入れてもらえなかった。決して嫌われているわけではないけれど、なんとなく避けられていた。
 けれど、彼女はそんなことでは泣かないのだ。僕は一度も泣いている姿を見たことが無い。
 僕は空ろな目で空を見る彼女の横顔を眺めているだけで、壊れた水道から零れる雫のように聞こえてくる言葉達を掬い取ることしかできなかった。
 と、彼女は空を見ることをやめて視線を下に移した。
 一度固く閉じた唇が、動く。

 まだ頑張らなきゃ、と。

 ぎゅ、と白く手を握る。その手の甲に透明な雫がぽたりと落ちた。
 はっと彼女の顔を見ると瞳からは透き通る涙が流れ、いつも柔らかく弧を描いていた唇をかみ締めて静かに泣いていた。誰にも聞こえることが無いように。決して自分の嗚咽を聞かせないように。
 なんとなく人と隔たりを感じる毎日が辛かったのだろう。気丈に笑っていたとしてもそれは彼女の強がりだったのだ。笑顔という仮面が隠していたのは彼女の泣き顔だった。
 覗き込む僕と目が合うと、ごしごしと目を擦って彼女は笑い、ごめんと呟く。
 涙をうそぶく笑顔に、僕は偽る彼女の心に突き刺すようにと言葉の剣を振り上げた。


「もう、いいんだよ。泣いたって。」


 驚いたように目を見開く彼女。優しく傷をえぐるように笑う僕。ああ、僕は卑怯者だ。
 

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