第二部 | ナノ


▼ 第十楽章〜人殺し〜

 早朝、草原に朝日が差す。
 朝露が草木の上で煌めき、冷たく綺麗な空気が肺に流れ込んでくる清々しい時間。
 整えられた道を馬車がガタゴトと走り、その中には僅かな家財と持ち主の家族、そしてセナが同席していた。
 白い布が張られ、木の匂いが満ちる内部は少々狭く、場所をとらないように足を曲げて縮こまるように座るしかなかった。
「魔物が出たらお願いしますよ」
「分かりました。その時は私が降りて戦いますから、先へ走らせてくださいね」
「はい。……いやぁ、『暁の剣』が護衛なんて心強いです」
 馬に鞭を打っているのは一家の主である。今回の依頼は小さな森の村までの護衛で、ギルドに所属して一年、初めてセナ単体で任された護衛依頼だった。
 日が昇る前に王都を出発したものの、夜に比べて魔物が少ない朝は彼らを見かけることはなく、特に出番もないまま家財と共に馬車に揺られるままだった。
 まだ幼い子供が興味深げにセナの瞳を覗いているのに気がついて、にっこりと微笑む。
「どうしましたか?」
 赤地に白のレースが縁どられた可愛らしい服に身を包んだ子供は恥ずかしそうにはにかむと、母親の後ろに隠れてしまう。
 母親が挨拶するように催促しても、子供はセナを見つめて微笑むばかりで何も言わなかった。
「(可愛いなあ……)」
 思わず顔がにやけてしまいそうになるが、何か固いものが地面を削りながらこちらに向かう微かな音に気がついて顔が強ばった。不穏な雰囲気を察知して布の隙間から外を見ると、遠くから狼に酷似した魔物の群れがこちらに向かってくるようだった。
 一家の主はまだ正面を向いたままで、後方からやってくる群れには気がついていない。剣を持って主の元に屈みながら進むと、彼に言った。
「後方から魔物が来ました。貴方は私が降りたあと、速度を速めて先へ進んでください。魔物避けの陣は描いておきますから心配せず。もう少しで着くでしょう」
「……わかりました。どうかお気を付けて」
 セナは腰の小さな袋から薬草や様々なものを混ぜて煮詰めた聖油を取り出し、数滴馬車の内部に垂らす。そして魔物避けの陣を描く際に使うチョークで手早く紋章を書き上げると、聖油とチョークを心配げに子供を抱く母親に手渡した。
「いいですか、危ないと思ったらこれを床に振りまいてください。心配でしたらこれと同じ印を床に書き、自分たちに聖油を塗ってくださいね」
 そう言うと、セナは速度を上げつつある馬車から躊躇いなく飛び降りた。同時に足元に風を呼び、地面の上に羽のように軽々と着地する。
 馬車を追いかける魔物たちの前に立ちふさがるように剣を構え、次の瞬間魔法円を地面に描き出す。
「――《刻め風、見えない刃》」
 魔物たちが飛びかかるよりも早く詠唱を終えた途端、少女の周りに突風が巻き起こる。牙を向いた魔物たちが見るも無残に体が裂け、今だ存命しているものは苦しげに地面の上で呻いた。血で汚れた大地が浄化する際生まれるする光が花のように空気に散り、絶命した魔物たちが徐々に消えてゆく。
 仲間が死んでいくのを察知したのか、それとも目の前の光景が予想外だったのか、まだ飛びかかっていない魔物たちがセナから僅かに引き下がる。中には尻尾を巻いて逃げていくものもいるが、それさえも逃さない。
「《出でよ激流、清流なる壁》」
 剣を振るい、前方に激流の壁を放つ。数メートルにもなる巨大なそれは逃げようとした魔物を巻き込み、全身の骨を砕きながら死体の道を作り上げる。
「……可哀想ですが、一度人を襲った魔物は逃がせませんので」
 勇敢に飛びかかってきた狼のような魔物を剣で切り裂き、血を振るう。そうして黙々と命を奪いつつけ、振りまかれる血の匂いに誘われた数多くの魔物の死体が積み上がった頃には、馬車はすでに村への道の先へ消えてしまっていた。
 全身を濡らす気持ち悪い体液と獣臭さが、服にかけられた魔術によって消えていく不自然さに少々吐き気を覚えつつ、セナは剣を鞘に納めるとくるりと背を向けて馬車を追った。


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