第二部 | ナノ


▼ 第七楽章〜休息〜

ひどく殺風景な世界だ。
どこまでも続く草原と青空。天へ伸びる巨大な樹。
まるで世界を支えていると思わせるような、太い幹と地面を這う根、幾重にも広がる緑の枝。
 その樹の下で、古風な衣服を身に纏う少年少女が笑い合っていた。少女が編んだ花冠を少年が恥ずかしげに受け取り、少女の長い髪の上にそっと置いてはじゃれ合っていた。
 幸せそうに、満ち足りているように。
 自分たちさえいればどんな場所も理想郷になるのだというような優しい笑顔と弾む声が、少し離れたここからでも伝わってくる。
 そんな様子を見て、思わず笑みが浮かんだ。二人の先の幸せを願わずにはいられない、温かな光景だった。

――憎い。

「……え?」

――憎い、憎い。

ざわ、と風が強まり、青空が暗雲に閉ざされていく。
呪詛が背後から聞こえてきた。男とも女ともとれる透明な声は憎悪を含み、矛先は樹の下の二人に向けられているようだ。
誰がそんなことを言うのだろうか。振り返るとそこには、この前絶命した魔物が涙を流しながら、己の体を抱くように震えていた。
――憎い、憎い、憎い。
震える魔物は、何も出来ないまま立ちつくすセナの前でドロドロと溶け始めた。
顔が崩れ、ぐじゅぐじゅと音を立てて鼻や眼玉が地面に落ちる。腐った液体が草原にしみ込み、胴体が嫌な臭いをあげてぐずぐずに溶ける。鉄の匂いが腐った臭いに混じり、喉に酸っぱいものが込み上げてきた。
 魔物であったものがいた所には、泥のように融解したものが残された。そして、その泥がうごめき、白い影が浮かび上がる。
顔の無い人型の影は頭部をこちらにぐるりと向けると、口と思われる空洞を凄絶に歪め、恐ろしい勢いで腕を伸ばしてきた。
心臓が飛びあがると同時に、首を絞められる。ぬめりとした感触が皮膚に鳥肌を誘発した。
「がっ……!」
 みしみしと音を立て、首の骨を折らんと言わんばかりに締め上げられた。酸素を取り込めない頭はぼうっとし、口からは絞り出された息が漏れ出す。吐き気と苦痛に思わず涙が頬を伝った。腐臭が鼻腔を付き、喉が熱くなる。
――憎い、憎い、憎い、憎い……。
白い影は憎悪を吐露する。その矛先はあの男女ではなく自分なのだと、気がついた。
なぜ、こんなにも自分は憎まれているのだろうか。
明滅する視界の端でそう考え、もう抵抗する気力も無くして、そして、


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