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ぼくとこれまで

きみとこれから のちょっと前の話


謙也は、中学でテニス部に入った。厳しいなりに充実した生活を送っていた。友達だってたくさんできたし、テニス部の1年生とも全員と話す。
ただ、1人を除いては。

その人物の名前は、白石蔵ノ介と言った。第一印象は、「不良っぽい」それは至極当然のことである。大きな原因は、白石の髪色。銀色のその髪は遠くから見てもとても目立った。前に頭髪検査に引っかかっていたのを覚えている。たまたま校門をダッシュで通り過ぎたら、白石は先生になにか言われているようで、少し俯き気味だった。(不良、ちゃうんやろか)学ランは窮屈そうに上まで閉めてあり、そんな白石を不良だとは謙也はもう思わなかった。

「白石、朝平気やった?」
「おん、親呼ばれるとこやったけど、電話口でなんや姉ちゃんが怒っとった」
「うえ、ってことは職員室まで行ったん?」

小石川と白石の声に、謙也は何気なく聞き耳を立てていた。姉ちゃんいるんや、と女兄弟を少し羨ましく思った。なにが近寄り難いのか、謙也はまだ白石と会話できずにいた。



「白石ってさ、なんかアレやない?」

そう言い出したのは、1年生の1人だった。

「なにがアレなん」

俺のほかにも、きょとんとしてるやつが数人いる。あーこれ、陰口や、と謙也は空気で察した。小石川も少し眉を寄せている。

「頭髪チェックひっかかってんの見た?」
「あー、見た見た」
「うけるよな、銀やで銀」

はは、と笑ったそいつに、謙也はなぜか、苛立ちを感じた。(なんもおもんないわ)

「なんやいっつもすましてて、俺は違うんやみたいな雰囲気出してさ」

小石川のぴりぴりとした空気にも釣られ、謙也も余計にいらいらとした。たしかになーと乗るやつもいれば、そうかー?と首を傾げるやつもいるが、謙也はなにも言わなかった。

「な、謙也も見たやろ?朝」
「…やったらなんやねん」
「なんやって、教師にめっちゃ大声で説教されてんねんで、みんな釘付けでめっちゃおもろかっ、」

チッ、と響く舌打ちは、謙也が発したものだった。小石川は驚いたように謙也を見ていた。

「なんもおもんない、そんな話やったら俺抜けるわ」

呆然としているのは舌打ちをされた部員だけではなかった。(ああ、なんでこんな、いらつくんや)立ち上がって荷物を背負い、部室を出れば、謙也、と小石川も続いて出てきた。

「健二郎、」
「おおきになぁ、謙也」
「え、なにが」
「俺、ブン殴りそうやったわ」

(こわ)はは、と謙也は苦笑いをした。逸らした視線で、ふと、コートを見る。

「…まだやってんのやなぁ」

時々、残って先輩にテニスを教えてもらっている白石を、あいつらも知っているはずなのに。オレンジ色が、銀色に混じって、とても綺麗だと謙也は思った。

「白石、って、どんなやつ?」

そんな謙也の問いに、小石川はきょとんとしてから、視線を上のほうに向け「んー」とうなった。

「謙也と、合うと思うで」

その返事に今度は謙也がきょとんとしてから、そうなんや、と笑った。(話して、くれるんやろか)先輩と話をして、笑顔を浮かべる白石に、鼓動が早くなるのを感じていた。



「よぉし!」

中学に入る前に買ったはいいものの、使う勇気のなかったそれを目の前にかかげた。(綺麗にいくんやろか、)もし変な染まり方をしたらどうしよう、と不安になるが、そうなった時用に髪のスプレーは購入済みだ。これは、機会だ。今やらなければ、いつやる!と謙也は覚悟を決めたのだった。



鏡を見ていたせいでいつもよりギリギリに家を出た。(根性みせろ忍足謙也!)自分の心の中でそんなことを言いながら、全力で学校へと走る。(あ、)
校門が見える、あの、銀色は、
白石はいつも早めに来ているはずなのに、こんなギリギリに校門にいるはずがない。白石の前には、昨日と同じ教師がいた。(どいつもこいつも!)謙也は校門までまた全力で走る、待ってろ!と呼ばれてもない白石のもとへ。

「先生!おはようさん!!」

おう、おはよう、と言おうとした教師は、みるみるうちに鬼の形相になっていく。(こわ!こわいこわい!こわいけど!)
ふと、白石と目が合う。きょとんとしている白石に、どきっとして、それでもなんとか笑って見せた。忍足!!と怒鳴り声が響くのは、白石が首を傾げたすぐあとだった。



「よっ!健二郎」
「おー謙、也!?」

小石川も飽きない反応を返してくれる。他の部員も、昨日の部員もみんな驚いた顔をしていた。

「おうおうおう謙也、イカしとるやん!」
「おわっ!」

がしがしと謙也の頭を撫でたのは、昨日白石にテニスを教えていた先輩だった。(このひと、わかってるんや)なんとなく、そう思った。思い違いも多いにあり得るが。

「似合うとんで、謙也」

笑う小石川に、ひひ、と照れた笑いを浮かべる。

「なっ、白石」
「え?」

着替えが終わり、突然声をかけられて驚いた表情をする白石に、謙也は苦笑いをする。(俺が来てもなんも興味なしかいな)まぁ仕方ないことだ。白石は謙也を見て、すばやくぱちぱちと2回瞬きをした。(あ、かわいい)

「謙也、金髪似合うとるやろ」
「…せやなぁ」

(やった!!)ぽかんとしながら頷いた白石に、半ば言わされたと分かっていても、心の中でガッツポーズをせずにはいられなかった。

「おおきに!」

精一杯笑えば、白石も愛想笑いを浮かべる。(あー、十分、これで十分や、今は)
昨日、白石のことを言っていたそいつにも、おはよう!と挨拶をする。ばつの悪そうに挨拶を返されたが、そのうち気まずさもなくなるだろう。謙也は、機嫌よく鼻歌を歌いながら、自分のロッカーを開けた。
(もっと、仲良うなれるやろか)
彼とのこれからを、心の中で、謙也は1人楽しみだった。金髪も、悪くない!そう思ってはにやつきを抑えられ無い謙也を、小学校からの旧友は教室で大笑いするのだった。








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