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きみとこれから


「息、白いなぁ」

ぽつり。呟いた謙也に、せやな、と答えた。黒に赤のラインが入ったネックウォーマーをしている謙也は、鼻までそれにうずめてう〜とうなる。それに対し白石はマフラーを巻いていた。(気まずい、どうしよ)白石は、謙也のことをよく知らなかった。部活が一緒で、白石の友達は面白いやつだと言っていた。けれど、白石はあまり幅広く人と仲良くなろうとはしなかった。嫌なわけじゃない、しようとしなかっただけだ。

「白石、鼻赤いで」
「うん、痛い」

小学校だって違った。中学で一緒になったものの、クラスだって違う。テニス部の一年生。謙也との共通点なんてそのくらいのものだと、白石は思っている。こうして今並んで帰路を辿っているのだって、たまたま帰るのが一緒になっただけだった。

「雪、降ったらさ」
「うん?」
「部活、でけへんよな」

特に、残念そうな声色ではないのだけれど、謙也はそう言った。(気、遣わせてる?)会話がないのが苦ではない、といったら嘘だが、どちらかというと、謙也のほうが気まずさに慣れていないのではないかと思う。割と騒がしい部類に入る、ぶっちゃけてしまえば、部活中に騒がしくてイラっとすることだってあった。白石は、比較的、自分がこの学校内で言えば真面目な部類に入るほうだと思っている。なにごとも真剣に取り組みたい、部活なら、より一層その気持ちは強かった。

「おしたりくん」
「ん?」
「なんで、テニス部入ったん?」

謙也が足が速い、というのは、関わりがないと言えど一緒の部活であれば誰でも知っていることだった。謙也は、その質問が予想外だったのか、ぱちぱちと瞬きをする。

「んー、なんで?って、かっこええからや」
「バスケ、とか、サッカーもかっこええやん、サッカーやってそうな感じやし、忍足クン」
「それでも、テニスがかっこええって思ったんや、俺」

に、と笑う彼の笑顔に、白石は素直に「へぇ」という頷きは返せなかった。

「白石は?なんで?」

社交辞令、ではない、単純に興味があるような表情でそう聞かれて、白石はひとつ、白い息を吐いた。

「…かっこ、ええから」

なんでか、謙也と同じ答えなのが癪な自分がいた。謙也は、はは、と笑って、白石の前にぴょこんと移動し立ちはだかる。怪訝な表情をしているだろう白石に、謙也は笑顔を崩さない。

「バスケも、サッカーもかっこええのに?白石、はー、うーん、テニスが1番似合っとるけど」
「…気持ちええ、音がして」
「え?」

冷たい風が熱い頬に触れた。謙也は首を傾げるが、白石は謙也の顔より少し視線を下げている。

「ぱこーん、って、鳴るやろ」
「お、おん」
「そんで、綺麗にボールが相手のコートに入るやろ」
「おん」
「相手の横をすごいスピードですり抜けたら、めっちゃかっこええやん」

(おれ、なにいってんのやろ、今日はじめてちゃんとしゃべったみたいなやつに)

「最後、それで勝てたら、めっちゃかっこええって、思う」

試合でラケットを振ったとき、最後のチャンスを相手のコートに、気持ち良い音を響かせて、強く強く打ち込んだなら、

「めっちゃかっこええなぁ!」

(え、)予想外にも、きらきらとした表情の謙也に、白石はきょとんとする。まさか、同意を貰えるとは思っていなかった。先程より頬が熱くなって、きらきらとした表情をまっすぐ見ることができず白石は視線を泳がせる。

「白石って、なんかもっとクールなやつかと思ってたわ」
「クール…って、俺、いつもそんなん?」

謙也は白石の前から再び横へ移動する。ゆっくり歩きはじめて、白石は熱い頬を冷ました。

「まぁ、俺があんまり話したことないんもあるけど、騒いだりせえへんから」
「みんなと、仲良いわけとちゃうから」
「みんな白石と話したがってんで?」
「は、」

(嘘付け、そんなの)

「けんじろうとかにめっちゃ白石のこと聞いてんの、俺もやけど」

たしかに、小石川とはテニス部で1番話していた。そもそも謙也がおもろいといっていたのは小石川だったし、小石川とはクラスが一緒になって、席も白石が小石川のうしろであったし、そうして同じ部活となれば話さない理由はなかった。

「でも、俺、あんまおもろないで」
「ははは、そういうとこ、おもろいよな」

(そういうとこ、て、なんや、失礼な)首を傾げれば、謙也は言葉を続ける。

「別に、おもろいおもろくないは、そんな気にしてへんよ」
「そうなん?」
「おん、ずーっと、話してみたかったんや」

どきっ、と、心臓が変な跳ね方をする。(ああ、もう、冷ましたばっかりなのに)また頬が熱くなる。白石は、友達の幅が広くない。ここまでストレートにいってくれる人物は、経験がなかった。

「でも最初不良かなーっておもってんで、これ地毛なん?」
「あー、うん、そう、チェックで引っかかったけど」

そう言う謙也だって、かなり眩しい頭髪なのだけれど。

「俺も、忍足クン、不良やと思った」
「はは、よう言われるわ」
「それは、染めてるんやろ?」
「おん、染めてるで、そろそろまた染めるけど!ちょびーっとだけプリンやねん今」
「へー、でも、似合うよな、金髪」

白石が思ったことをそのまま告げると、謙也はまた目をきらきらとさせて、白石を見た。

「な、なに?」
「ほんま!?似合う!?」
「お、おう、よう似合うとると思うで」
「ほんまかー!同じ小学校とか親はこれ見て大爆笑やってん!ついにお前は頭も脳みそみたいにキンキラキンになってもうたんかって」
「…ふ、ははっ!ひど!」

白石は今まで無意識に崩さなかった表情を崩して、思わず笑った。すると、謙也も楽しそうに笑う。

「白石に似合う言われると、なんか他のやつより何倍も嬉しいわ」

どきっ、また、変な心臓の音。気付けば、白石の家の前に来ていた。

「あ、俺、ここ」
「え、そうなん!」

少し、名残惜しいと白石は感じながらも、通り過ぎたらおかしいよな、と立ち止まった。

「案外和風なんやな!」
「なんやそれ」
「外国みたいな家住んでそうやもん」
「んなわけないやん」

少しだけ会話を交わして、謙也のほうが気を遣ったのかじゃあな、と身体を横に向ける。(結構、気遣い屋なんかな)うん、と手を振れば、謙也は今まで歩いて来た方向を走っていく。また明日なー!という謙也に手は振り替えしたけれど、

(家、逆なんかい!)

白石は、そう大声を出したくなった。



「おはよー白石!」

部室に入ってきた謙也はちょうど着替えが終わった白石の肩をぽんと叩きそう言った。

「おはようさん」

隣の小石川は少々驚いてはいたが、謙也に挨拶をされておはよう、と返し笑った。

「いつの間に仲良うなったんや」
「昨日、一緒に帰ったんや」

へぇ、とまた驚いた顔をして何度か頷く小石川に、白石は苦笑いをする。謙也が入ってくれば、大体の1年生はおお謙也、おはよう、とかそんな感じの言葉を交わす。

「白石いこー!」
「え、わ、え?早ない?いつ着替えたん?」
「俺のスピードなめんなや!」

(しかも、なんで俺)
腕を引かれ外を出る。部員の視線が痛い。

「な、なぁ忍足クン!」
「ん?」
「なんで、昨日、俺の家まできたん」

昨日ずっと気になっていたことを、聞いてみる。謙也はすこし視線をうろうろさせたあと、指で頬をかいた。

「白石と、ギリギリまで話したかってん」

ひひ、と照れたように笑う彼に、白石は返す言葉がなくなる。(ああ、顔あつい)

「あ!迷惑やった!?家までついてこられてきもかった!?」

慌てはじめた謙也に、ぶんぶんと白石は首を横に振った。

「そ、そんなんやない、迷惑やないし、きもくないよ」
「ほ、ほんまに?」
「うん」
「…よかったぁー!白石に嫌われたらどないしょう思った!」

昨日、仲良くなったばかりなのに、なぜそんなことを思うのだろう。でも、嫌じゃない。謙也はきっと人から嫌われないようなタイプだと、白石は思った。

「嫌わんよ、そんなんで」
「ほんま?」
「ほんまやって」

謙也は、また照れたように笑う。ふと繋がれたままの手に気付いた。

「あ、ごめんな、引っ張ってきてしもて」

白石はええよ、と首を横に振った。
そのあとすぐぞろぞろとみんながコートに入ってきて、白石は謙也に手を引かれて、みんなが集合している場所へと走った。(ええ、)謙也と白石はよー!と声をかけられる。その声は、謙也の友達のものだった。あと数メートル、目の前が時折白い息でくもっていた。白石がぎゅ、と手に力を込めれば、謙也もしっかりと掴む。(心臓、うるさい)みんなと同じ場所へ、ゆっくりと止まる。ふ、と離れた手に、謙也と白石は一瞬視線を合わせて、すぐに練習メニューを報告する3年生に顔を向けた。離した指先は、先程よりずっと冷たく感じた。






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