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初々思春

重なる唇の熱さに、くらくらとした。
最初はきゅっと結ばれていた唇の力を抜いて、しばらく重ねていた。
胸の上に開いて、置いたままの雑誌がのしかかってくる身体で潰れそうになる。

「あ、ちょ、雑誌」
「うん」

うん、って、なんやねん。
少し赤くなっている謙也の顔が、また間近に迫ってきて、押し潰されている雑誌が胸にあたって地味に痛い。
また唇が触れて、息を一瞬止めて、それはすぐ終わって。

「な、なんやねん」
「な、なんやねんて、なんやねん」
「は!?今、キスしたの、なんやねん!」
「そ、そんなんわからん」

はぁ?と言いたくなってしまうが、本当に分かっていないのだろう。とりあえず、謙也が起き上がり俺も起き上がる。雑誌には少しくせが付いてしまった。

「今の、キス、やろ?」
「キス、やな」
「なんで、したん」

俺がベッドに寝転がり雑誌を読んでいたら、ベッドに腰掛け漫画を読んでいた謙也がいきなり唇を重ねてきた。
その事実について、もう一度ゆっくり問いただしてみる。

「なんでやろ、したかったから、」
「なんやねんそれ、おかしい」
「白石かて、嫌がらんかったし」

それは、そうかもしれないけど、混乱していたからだ。

「俺のせいってことかい!?」
「別にそういうんやなくて!ええんかなって思って!」
「っていうか、したくなる時点でどうなん!?欲求不満か!」

う、と唸って、すまん、と謝る謙也に、怒りも失せてしまう。(もともとそこまで怒ってはいないが)

「まぁ、このことは秘密や、ここだけのな。キスしたいなら彼女つくれや」

そう言うと、謙也は微妙な顔をした。なんやねん、と声をかけると、真剣な表情になったから、少しドキッとして、

「多分俺、白石見てたら、キスしたくなったんやと思う」
「…は?なんや、それ」
「やから、白石とキスしたくなったんや」

そのあと、どないしよう、と眉を下げた謙也に、こっちの台詞だと俺も多分眉が下がった。

「そんなん、おまえ、え、」
「ごめん白石、俺ホモかも」
「はぁ?ちょお、いきなりすぎんで」

そんな重大な告白を、こんなせまい部屋に二人きりのときに、言うのか。
謙也がホモとか、全然知らなかった。当たり前だ。だって普通に、さっきだって、芸能人のあの子がかわいいだの、乳がいいだの、目を輝かせて語っていて、俺はそれをふーんと聞いているだけで。

「おまえ、芸能人の中野ちゃんがすきやとか、なんとか」
「野中ちゃんな!!好きやけど、好きやけどさぁ」
「胸でかいとか、足がええとか、俺胸ないで?」
「知らんわ!それでも俺は、」

俺は、
そこで止まって考え込むように俯く謙也に、俺は続きが気になってそわそわとした。

「お、俺は、なんやねん」
「俺は?俺は、」

「ほんまに、白石とキスしたかっただけで、」

ほんまに、と、まるで犬のような目で見てくるから、状況的に危ないのは俺のはずなのに、謙也がかわいそうに見えてくる。

「ムラムラしたとかや、なくて?」
「分からんわそんなん、でも、なんか、あー、あかん」

謙也は俺から目を逸らして、「またしたくなる」と顔を押さえた。不覚にも、きゅんとしてしまった。いやいや、あかんやろ、と自分に言い聞かせてはみるけれども、欲望というのはどうも制御ができないものだ。
あぁ、謙也の気持ちも、こんなだったのだろうか。

「謙也、」

そう呼ぶと、赤い顔がこちらを向いたから、俺はその唇に自分のを重ねた。一瞬で満たされるような感覚だった。

「…白石?」

きょとん、としている謙也に、俺は少し顔が熱くなった。
すると、謙也もまた顔を赤くして、なぜか俺は、ベッドに倒されて、
けれど抵抗はしないまま、唇を重ねられる。
野中ちゃんか、中野ちゃんだったか、その子と違ってなにもない胸に、謙也の身体がのしかかって苦しかった。雑誌が乗っているよりかはいくらかマシだったが。

「ん、謙也、くるしい、」
「うん、白石、こっち向いて」

苦しいといっているのに、また唇が重なる。その全く意味のない「うん」はどうにかならないのか。

「はぁ、あつい…」
「俺もあつい…」

いつの間にか、謙也の手と俺の手は指が絡まり、重なり合っていた。まるで恋人のようなそれは、けれどよく見れば両方とも男の手だと分かる。

「俺、ホモなんかなぁ」
「そうなん?同じやん」
「せやなぁ、同じやなぁ…」

謙也と目を合わせれば、また鼓動は高鳴る。
重なった唇に目を閉じて、手の温もりが離れないように、少し強く握った。








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