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天才は優秀な馬鹿

ちとくら←ひか

「白石。」
「…」
「なぁ、白石。」
「なに。」
「怒っちょる?」
「怒ってへん。」
「…怒っちょる。」

珍しく俺の家にいる千歳はあからさまに(というか、わざとらしいと言った方がふさわしい)落ち込んだ様子で、俺を抱きしめようとしてくる。
腕でそれに抵抗すると、悲しそうな顔をして千歳は俺から離れた。

「俺が悪いんやないのに、そないな顔せんといて。」
「…そぎゃん、つもりはなかよ。白石に触りたか、ばってん、嫌がられたら傷つくばい。」

傷ついてるのはこっちや、もとはと言えば千歳が、

「お前が、浮気するから、」
「浮気なんて、そぎゃんこつしてなか、さっきも言った。」
「嘘、アホ、ボケ、ホモ。」
「最後は白石もたい。」

俺が言っているのはそういうことじゃないだろうが。
お前が、

「財前とキスしとったくせに、」
「誤解ばい。」
「しっかり口つけとったやんけ。」
「俺からじゃなかよ。」

どっちからとかこの際関係なかった。
ショックなのだ。
千歳は大切な恋人で、財前は大好きな後輩だったのだから。裏切られた。その気持ちと、財前はいつから千歳を好きだったのかという混乱。

「白石、顔見せてくれんね?」
「いや、」
「お願い。」
「俺がどんな気持ちかわかってへんのやろ、お前は。」
「わからん、教えてほしか。」
「いやや…」

明日、財前とどんな顔で会えばいいのか、今千歳にどんな顔を向ければいいのか、わからない。
財前が千歳を好きだと言ってきたら、俺は。

「白石、好いとうよ。」

10センチを軽く超えた身長差の千歳に、後ろから抱きしめられる。だめだ、このまま流されたらだめだ。

「そんなんで、機嫌取れると思っとる?」
「言いたいだけばい。」

好いとう、白石、愛しとうよ、と耳元で何回も囁かれる。甘い声に酔いそうになってしまう。
この男は、俺じゃないやつとキスをしたのに、俺じゃないやつとキスした唇で、俺のこと愛してるだなんて言っているのに。

「もう嫌や…」
「白石?」
「財前はずっと、俺のことどう思っとったんやろ、俺、財前と平気な顔して会われへん、泣きそうやし、怒ってまう。」
「白石の恋人は俺やけん、怒っても、泣いてもよか。ばってん、財前くんの前で白石ん泣き顔ばみせるんは俺が妬くけん、やめてほしか。」
「財前は、お前のこと好きやのに、妬く必要あらへん。」
「別に財前くんは俺んこつ好いとうわけやなか。」

キスされといて、何に対する言い訳だそれは。

「俺の恋人は白石ばい。」
「っや…だ…」

体勢を変えられ、抵抗するが2メートルもあるやつに勝てるはずもなく押し倒される。首を撫でて来る唇が熱い。

「やめ、ろ…」

財前とキスした唇で、そんなことするな。怒りたいのに、視界は滲む。

「白石に触りたか。」
「ほんま、やめて…」
「…泣かんで、白石。」

いつの間にか零れていた涙を、千歳の男らしい指で拭われる。

「愛しとうよ、白石だけ。」

こんな言葉に流されるのは、いつだってどうしようもないくらい、千歳が好きだからなのだ。



泣きつかれたのか眠ってしまった恋人の髪を撫でる。
こんな可愛い恋人を泣かせてしまったことに申し訳なさと、なんだか嬉しさがあった。

「こっちも、色々心配やけん」

キスは事実であったが、財前は千歳のことを好きでしたのではない、というのも事実であった。
白石が居るのを分かっていて俺にキスをした。
唇を噛まれるかと思うほど鋭い目だったのを覚えている。
白石が走っていったあと自分から唇を重ねてきたくせにものすごい気持ち悪そうな顔をしながら唇を擦っていたのは、恋人が白石じゃなかったら殴っていたところだ。
俺のいる前で失礼、なんて、財前は白石に見られなければどうでもいいんだろうが。

まぁ3年の春に来た男に白石をとられるのは、財前もムカつくのだろう。
俺にとっては謙也のほうが厄介だったが、財前も財前で厄介だ。嫌われていることには違いない。

「別れてまえ」とでも言いたそうな目は、今後も何かしてくるだろう。

「白石こそ、俺が妬いちょること分かっとう?」

頬を撫でるともぞもぞと動いて、少し腫れた目と俺の名前を呼ぶ寝言に笑ってしまう。

(…離すわけなかよ。)

こんな愛しい、恋人を。

「白石はキスしたらいけん、ね?」
「…んん、」

眉を寄せてまたもぞもぞと動いた白石は、財前に告白されたらどうやって返すのだろうなんて、自分が考えることでもないけど。
首に印でも付けなくてはいけないな、と笑う。

「愛しとう、白石。」





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白石のことが好きな財前は千歳がムカつくので浮気と勘違いされるようになぜか千歳にキスしたみたいな…



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