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熱は誰のせい

謙也からメールが来て、30分が経つだろうか。

俺は今日風邪のせいで学校を休んでいた。健康には人一倍気を遣っている俺が風邪だなんて本当に最悪、最低、一生の不覚。だけど無理して学校に行って悪化させる方が馬鹿だと判断し、今日は家で休むことにした。
ベッドでおとなしくしていればただの熱は案外すぐ下がるもので、昼を過ぎたあたりには微熱と少しのだるさが残っているだけだった。

3時を過ぎた辺りか、携帯のバイブレーションが音楽と連動して寝ていた頭に響いて、ぼーっとした頭で携帯を開くと謙也からのメールが届いていた。
内容は「今から見舞いに行く」といったものだった。
(いや、寝かしといてくれ。)
そう思ったが「分かった」とだけ返事をして、引き出しからマスクを取り出した。
謙也に風邪がうつったら申し訳ないし、罪悪感に苛まれるのも嫌だったから。(いや来る言うたの謙也やし自業自得かもしれんけど)
自分の部屋にも極力入れたくないし、すぐ帰ってもらうか下でお茶でも飲んでから帰ってもらうかと考える。

そんなこと考えているうちに、メール受信から30分は経っていた。いや普通なら30分なんて、と思うかもしれない、いや思う。でもあいつは浪花のスピードスターなんて名乗るほどに行動がいちいち早くしかも少しいらち。

そんな謙也が、今から行くと言って30分もかかるのだろうか。

今からが学校からだとしたら有り得なくもないが、今日はもう少し早く終わっているはずだ。
考えすぎだろうかとベッドに戻る。考えすぎのせいか、少し頭がくらくらしてきた。

しばらくベッドでじっとしているが一向に玄関のチャイムは鳴らない。
(…なんかあったんとちゃうやろな。)
事故、とか。
熱があるからなのかマイナスの方向にしか頭が働かず、いてもたってもいられなくなった。

苦しいからマスクを外して、パジャマの上に上着を羽織り、冷えピタを貼った、なんともみっともない格好で外に出る。謙也からメールが来てから30分、40分と時間が経過していた。どこに向かえばいいのかわからず、とりあえず学校へ向かう。もう下校途中の生徒はいないようだったが、謙也らしいやつもいない。

「白石!」

また足を進めようとしたとき、後ろから声をかけられる。
振り向くとよろっと身体がよろけたがなんとか支えた。

「謙、也…」
「お前何しとんねん!熱は!」

お前が遅いからやろ、と言いたくなったが、なんだか謙也を見た瞬間安堵して、一気に熱が上がったような感覚に倒れそうになる。駆け寄ってきた謙也によって支えられた。

「大丈夫か…?」
「…すまん…」

考えてみれば、メールでも電話でもすれば良かったんじゃないか、と思い付いたときには謙也に支えられながら自分の部屋に戻る最中だった。

「なんで具合悪いときに外出んねん、熱でおかしいんか?」

すっかり暖かくなった冷えピタをはがされ、謙也はがさごそと音を経て未開封の冷えピタを取り出した。

「…どないしたの…それ…」
「え?あぁこれ、買ってきてん。」
「冷えピタくらいうちにあるわ…無駄遣い…」
「なんやと!親友のために色々買ってきてやったんやで!」

冷えピタを取り出したビニール袋の方を見ると、中にりんごやらプリンやらなんやらが入っていた。

「…これ、買ってて遅くなったん…?」
「え?」

謙也は目をぱちぱちとさせて、いきなり白石っ!と俺の名前を呼んだ。

「うるさい…」
「もしかして俺が来んの遅かったから探してたん?」
「…はっ…」

他になんだと言うんだ、それを言うのが面倒で、自分に対しての呆れを含めて笑いだけ吐き出した。

「すまん白石!」
「謙也が謝ることないやろ…メールでもすれば良かったんに俺が考えつかへんで勝手にやったんやし…」
「いや俺が今から行くとか言うたからやろ?ほんまごめんな?」

そんな謝られる為に探してたわけじゃないのに、と少しムスッとする。

「冷えピタあるんなら貼ってや。」
「あ、せやった。」

謙也は一つ冷えピタを取り出した。

「少しあっためる?」
「いや、ええ…」

そう返事すると謙也は俺のおでこを撫でるようにして前髪をどかす。汗のせいでじとりと張り付いているのが分かった。
あまり汗をかいているのに触られたくないが、謙也が看病をしたいのだろうと思いされるがままだった。

「貼るでー。」
「ん…つめた…」

つめたくて眉を寄せたが、気持ち良かった。

「白石はアホやなー。」
「…アホなんは風邪やからや。」
「いつもアホやけどな。」
「謙也に言われたないわ…」

謙也が冷えピタを押さえるようにしてから頭を撫でてきて、嫌がり頭を逸らそうにも少し動かすとぐわんぐわんと気持ち悪くなるためそのままじっとしていた。

「プリン食う?ゼリーもあんで。」
「…プリン…」

ぼーっとしながら単語だけ発すると、謙也は「よっしゃ」と言いながら袋からプリンとプラスチックのスプーンを取り出す。

「冷やしたのやないけど」
「平気や…」

上体を起こしだるい身体を壁によりかからせる。気づくと謙也がプリンの蓋を開けていて、スプーンでプリンをすくっていた。

「ほれ白石。あーん。」
「…正気か。」
「ええから食え。」

小さく口を開けると、スプーンが口に入ってきてするりとプリンを落とす。口の中に広がる甘味に顔が緩む。

「うまい?」
「うん…庶民的な味やな。」
「悪かったな!高いプリンなんか買っとられんわ。」
「嘘、おおきに。」

謙也がおかしそうに笑って、またプリンの乗ったスプーンが目の前に来たので口に含む。

「俺も食ってええ?」
「あかん、移る。」
「えー。」

ケチ、と言いながらスプーンをまた突き出される。プリンなんて自分で食べれるのに、と言おうとしたが、こんなのもいいかななんて風邪のせいか思ったので、結局最後の一口まで食べさせてもらった。

「なんか食いたいもんある?」
「あったらおかんに言っとるって…」
「そか、してもらいたいことは?」
「…なんでそんなに看病したがるん?」

医者の息子だから?いやいやそんなことないだろう。謙也は斜め上を一瞬見て、それから下を見て、また俺に視線を戻した。

「白石、風邪とか引かないやんか。やから、なんかでよっぽど無理したんやないかと思って心配やってん。」
「…うん。」
「力になれたら思ったんやけど、迷惑やった?」
「…あほ。」

眉を下げている謙也に手を伸ばして、ぺちんと頬を叩いた。

「いてっ!」
「ここまでしといて今更なに迷惑とか心配してんねん。」
「…すまん。」
「嬉しいで、謙也。」

謙也はびっくりしたような顔をして、そしてぱぁっとバックに文字が出そうな嬉しそうな笑顔で俺の名前を呼ぶ。

「なんやねん。」
「俺白石のこと好きやで!」
「…は、ユウジとキャラ被っとんで。」
「っそ、そういう意味やないわ!!」
「あんま大きい声出すなや。熱上がってきた…。」
「えっ、す、すまん白石!大丈夫か!」

ベッドに倒れて、手を額に乗せた。
謙也の、ああいう物事をはっきり言ってしまうところにいつも困っている。いや俺も言うときは言うけど、謙也は思ったこと、例えば「好きだ」とか普通に言ってくるから、どうしていいか分からない。
冷えピタがもう既に熱い気がする。

「白石…?」
「ちょっと、寝たい…」
「おん、ええよ、寝て。」

謙也の手がまた俺の頭を撫でて、拒否する言葉も言う気になれなかった。ああ、熱い。
意識が遠退いても、謙也の指の感覚は消えなくて、そのまま眠りについた。



目を開くと頭が寝ぼけたまま携帯を開いて、時間を見る。7時。ずっと寝てたのか俺は。寝過ぎか風邪かだるい身体を起こすと、膝の辺りに綺麗に染まった金髪が乗っかっていた。

「…謙也…?」
「…あれ、しらい…しっ!」

お前も寝とったんかい、と膝で顎を少し攻撃すると起きたばかりだというのに「なにすんねん!」と元気に怒られた。

「もう7時やで、帰らんでええの?」
「え?あ、ほんまや!!」

俺の部屋の時計に目をやると謙也はひとつ溜息をつき脱いであった学ランを拾う。

「夕飯、食べてってもええよ?」
「いや、家で夕飯用意してあると思うから遠慮しとくわ、ありがとおな。」

学ランに袖を通して下に向かおうとした謙也を見送ろうとベッドから足を出す。だが、謙也によってまたベッドに倒された。

「なにす…」
「白石は安静にしとき!」
「安静って、風邪やで…」
「めったに風邪なんか引かないんやからゆっくりしぃや。」

冷えピタをはがされ、新しいものを手に持たされる。
謙也は俺の部屋のドアを開け、じゃあなと言い出ていこうとした。

「謙也!」
「ん?」
「気をつけてな、暗いから。」
「おお!」
「あと、ありがとおな。」

謙也は一瞬きょとんとして、ニッと笑う。

「親友なんやから当たり前っちゅー話や!明日学校で待っとるで!」

そう言って部屋を出ていった。お邪魔しましたー!と元気な声が聞こえてぐでっとベッドに転がった。
手に握らされた冷えピタは冷たくて、貼ることもせず額に乗せる。

「冷えピタくらい貼ってから帰れや…」

ぼやくようにそう呟いて、目をつむる。
(明日、謙也が風邪とかになってたらゼリー食わさしてやる。)
重い身体の体勢を変え、布団を頭までかぶった。








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