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人工呼吸

最近ときどき、呼吸の仕方が分からなくなる。何秒吸い込んでええのか、何秒吐き出してええのか、どうやって吸い込むのか、どうやって吐き出すのか。

まぁ決まって死ぬ前にはちゃんと治るんやけど。

今まで大体は一人のときに来るからおさまるまで待てばええだけやったけど、最近部活中だとか、授業中にも来てしまってごまかすのが大変だ。

「白石、最近なんか変やない?」

親友の謙也にもそう言われるまでになってしまった。病院に行った方がいいのか。でも「呼吸の仕方が分からなくなります。」なんて、言いたくないし。

とか思っていたら、よりにもよって練習中にその症状に陥ってしまった。
運動中にとか、シャレにならんやろ。
服を握りしめて、なんとか歩く。ベンチか部室まで行ければ、あとは落ち着くだけや。

「っ、はぁ…」

息が、できひん。
苦しくて視界が滲んで、なんとか倒れずに座り込む。

「白石…?大丈夫か!?」

のに、なぜ気付くんや謙也。
せっかく人が練習の邪魔せんように目立たんようにって…もう苦しくてそんなこと言えへんのやけど。
謙也が練習を抜けて、俺の肩掴んでるのを見て財前とかも近寄ってくる。

「はっ、ぁ…」
「く、苦しいんか!?白石?」
「いき、が……」
「部長…?」
「白石ー!」

今は皆が心配してくれる声さえ、嫌に頭に響いて

「息が、できひんの?」

優しい謙也の声色に、涙かなんか零した、かも。死ぬかもなぁなんて思っていたら、謙也の手が後頭部に回ってきてゆっくり引き寄せられると唇に何か触れた。
周りから「えっ」て声が聞こえて、何が起きているのか状況を理解しようと思ったけれどそんな余裕もなく

ただ確実に呼吸は楽になっていった。
俺が吸い込まなくても、酸素が入ってくる。一度触れていたものが離れ、そして再び重なる。
意識がはっきりしてくると、やっと状況が飲み込めてきた。

「んっ…!?」

間近にある謙也の顔に、目を見開いた。
これは、き、キスか、いや、人口呼吸か、っちゅうか、周り止めろ!
また謙也が離れて息を吸い込み、俺にキスしようとしてきたので手で謙也の口を押さえた。

「け、けんや…!?」
「もう大丈夫なんか?」

謙也が俺の手を掴んで、ずいっと近付いてくる。唇に、感覚が残っている。

「あ、あ、ありがと、お…もお平気や…」
「そっか!良かったわ!」

こいつ…ヘタレやなかったんか…っちゅうかよくも人のファーストキス奪っといてええ笑顔しとんねん…!
むかつく!

「…謙也くん、部長とキスしといて余裕なんですね。」
「……えっ?」

財前が謙也に向かってそう言うと、謙也の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
え?今?なんて思ったけど、謙也の反応にこっちまで恥ずかしくなってきたのでとりあえず皆に謝ってから練習しろと告げた。

「し、しらい、し」
「……なに?謙也、」
「ごめん、な…?」

不安そうに顔を覗き込んできた謙也に、少し笑みが零れる。
謙也の頭を両手でぐしゃぐしゃーって撫でて、ささやかな仕返しとしてぽかんとしている謙也にキスをしてやった。
もちろん口に、だ。

「しらいっ…」
「命の恩人やな、謙也クンは。好きやで!」

そしてめっちゃ綺麗な笑顔を向けたったら、謙也はその場に固まってしまったので、俺だけコートに戻る。
すると財前が、「謙也さんが調子悪かったら、部長が責任取って下さいね。」と言ってきたので笑いながら「ええよ。」と返事をした。
これから、人口呼吸は謙也に頼もうと思う。










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