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雨と気分

むしむしとした暑さに財前は溜息をついた。その溜息すらもなんだか暑い気がしてくる。
6月上旬、夏は近いものの、梅雨はどこにいってしまったのだろうか。登校といえど短いその距離に、早くもじとじととしている汗が、背中とシャツをピタリとくっつけていて気持ち悪かった。

「なにムスッとしとるん、財前くん?」

その声に後ろを振り向けば、このむしむしとした中、爽やかな表情をしている人物が一人。財前はその人物を見て、ムスッとしていたらしい顔をいつもの表情に戻した。

「暑くて」
「そやなぁ、暑いな」

地球温暖化かなぁ、なんて笑う白石に財前は再び溜息をついて、そっすね、と答えた。

「梅雨、ないんすかね」
「うーん、雨降っても多分蒸し暑いで」
「今よりマシでしょ」
「せやな、でも、部活できひんやん」
「あぁ、」

あぁ、ってなんやねん、と白石が少し膨れる。そんな姿に、財前も笑ってしまった。
肩が疲れて、ラケットバックを反対に持ち変える。今日は朝練はないが、放課後に練習がある。

「まぁ、雨ばっかで部長が拗ねんのもだるいんで」
「別に拗ねはせんけど」
「テンションは低くなりますやろ」

そう言いながら財前は去年の梅雨らしい梅雨を思い出していた。



また、雨かいな。

窓の外を見て言う白石に、財前はそっすねと適当に返事をした。白石の機嫌がよろしくないのはここ最近練習が雨のせいでできていなかったからだ。
だがこればかりは誰にもどうしようもないので、友達である謙也や、副部長である小石川が白石のご機嫌をとれるわけでもなく。
そして今日はなぜか白石は財前が当番であるときに図書室へ来て、窓の外を見ていた。

「はよ、部活したいなぁ」

そんなにテニスが好きか、という感情を込めた溜息を吐く。言葉に出さないのは、答えが分かりきっているからである。
自分より長いこと白石と一緒にいる先輩達が機嫌を取れない時点で、財前は白石の機嫌を取ろうなんて思ってはいなかった。だが、機嫌を通り越して少し落ち込んでいる白石を気にしていない訳ではない。かといって、雨なんて止ませる力を財前は持っていないから、どうしようもないが。

「財前は、部活したないん?」

考え込んでいると、白石からそんな言葉がかかった。えっ、と間抜けな声が漏れて、さっきまでの考えを頭から消し、新たな問題を考え始めた。

「したない、わけやないですけど」

ほんま?と首を少し傾げた白石に、財前は溜息をつきたくなる。

「しとうなかったら、部活なんてやめてますって」

そう言うと、白石は少し視線を外した。少しして財前に再び視線を合わせ、「それもそうやな」と笑った。

「でしょ」
「じゃあ、財前も今日雨で残念なんやな」
「は、」
「やって、部活したいんやろ?」

いや、したいとは言ってないけど。
けれど、まぁ確かに、ここまで部活が休みだと物足りない気もするが。

「まぁ…」
「ほんなら、雨で残念やな」

白石はふふんと機嫌の良さそうに笑った。

「はぁ、なんや機嫌ええやないですか」

なにに機嫌を良くしたのか全く分からない、機嫌がよくなったならそれはそれは大いに結構なんだけれど。

「そうか?」
「多分」
「別に、雨だからってだけやないねん」

白石は再び窓の外を見る。財前は白石の言葉の意味が分からず、はぁ、と首を傾げた。

「みんな、残念やないのかなってさ」
「は、みんな?」
「そ、みんな。謙也とか、小石川とか、みんなや。俺に気ぃ遣ってくれるけど、みんなは部活なくって嬉しいんかなって、思ったんや」

いや、そんなことないと思うが。
けれどそう言い切れないのは、部活がなくて嬉しいのが普通の学生だからだ。みんな部活がなければ、家に帰り、思う存分好きなことができる。
けど、白石にとって好きなことといえば、色々あるけれど、やはりテニスなのだろう。
落ち込んでいたのは、みんなが部活を楽しみにしていないと思ったからか。
と、財前は納得した。

「みんなは知りませんけど、俺は残念ですよ」

窓の外を見る白石に財前はそう言葉をかけた。白石は財前の方を向き、目を数回ぱちぱちとさせたあと、いつものような、いや、もう少し機嫌の良さそうな笑顔で笑った。

「なら、ええか」

財前も、その白石の笑顔に無意識に笑っていた。
そしてなんとなく、白石の機嫌を取ったのが自分であることに優越感のようなものを感じた。

「明日、晴れるとええな」

そうですね
財前がそう言ったあと、すぐ下校のチャイムが校内に響いた。



ぽつ、と頬に感じた冷たさに財前は眉を寄せる。

「雨や」

白石もそれを感じたようで、少し表情が曇った。

「拗ねないんやなかったんですか」

財前が溜息まじりにそういえば、白石は「拗ねてへんよ」と小さく笑った。
それでもやはり、少し表情は残念そうだ。

「部長の言った通りっすわ」
「え?」
「雨が降っても蒸し暑い」

財前は大げさに溜息をついて見せた。

「こんなんなら、降らんほうがマシ」

そう言って、財前は白石の方に顔を向けて小さく笑った。白石はきょとんとしてから、財前と同じように笑った。

「せやろ」

白石の機嫌が少しでも良くなればいいが。
そのために、汗をかいた体に感じる雨の心地良さを、財前は溜息で隠した。










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