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色は瞳

俺は、財前の目が好きだ。あの真っ黒な目に見つめられると、なんだかぞくりとする。吸い込まれそうになる。でも俺は、財前に見つめられるのが苦手だ。ぞくりとしてしまう自分がなんだか嫌で、話すときは目を合わせなければならないと分かっていても、ずっと見ていることができない。失礼な話だ。

「ぶちょお。」
「ん?」

今日は珍しく、というのはいつも謙也なんかがいるからだけど、財前と二人きりでいた。というのも、また珍しくCDショップに寄ってみたら財前を見かけた、ってだけ。まぁ偶然やな、偶然。そんで流れでなんか一緒に飯食ったりして、流れ流れで俺の家でCD聞いたりしていたんだけど、あまり目を合わせることができなかった。気付かれてたら何か勘違いされてしまうんじゃないだろうか。俺は決して財前と目を合わせたくないとか、ましてや嫌いとかじゃ全然ないのだ。

「ねぇ、こっち見て下さいよ。」
「えっ。」
「部長いつもそうですよね。目、合わさへん。」

やっぱり、気付かれていたか、と心臓が跳ねた。そりゃそうだ、財前はただでさえ、そういうことに敏感そうだし、俺の態度だってもしかしたら俺が思う以上にわかりやすいものかもしれない。かと言って、財前に見つめられるのがぞくりとする、なんて、気持ち悪いに決まっている。いろいろ考えているうち、財前が俺と向かい合わせに座り目を合わせた。俺は目を逸らす。ああ、今ので確定じゃないか。

「俺と目ぇ合わせたくないんすか?」
「え、ちゃ、ちゃう、よ。」
「別にええっすけど。」
「ちゃうって、そうやなくて、」

勘違い、されては困るのだ。でも俺は俯いて財前の目を見ることができない。

「ちゃうなら見れるんと違います?」
「あ、の…な、」

顎を掴まれ、無理矢理にでも目を合わせようとする財前の瞳はやっぱり真っ黒で、一度目を合わせれば見とれてしまうような

「あ、あかんねん、俺、」
「なにが、」
「財前、の、目、緊張して、あかんねん、」
「は?」

日本語を話せているかも分からず、俯きたいけれど、財前の手を払うこともできない。目を合わせれば済むことではあるんだけどやっぱり、財前の目を見ると普通に話せなくなってしまう。

「俺、財前の目ぇ見ながら、話せん、ねん…」

なんとか、目を合わせたくない、という風には思われたくなくて、必死に言葉を並べるがこれって、なんか俺がすごい財前を意識しているみたいだ。いや、間違ってはいないんだけど、

「やったら、話さなくてええっすわ。」
「え?」
「話さんでええから、俺の目、見て下さいよ。」

驚いて、意識せず財前の目を見た。相変わらず、綺麗な黒。この黒が好きで、苦手。でも財前は逸らすことを許さなかった。
(うわ、どないしよう、これ、めっちゃ、)
ばくばくと煩い心臓に静かにしろと心の中で思ってはいるものの言うことは聞いてくれない。何秒経ったろうか、顔が熱くなってきた。何秒だとしても俺には数時間のようにも感じられる。むしろ、時が止まってしまったようだ。早く動いてほしいような、止まっていて欲しいような、

「やっぱ部長さ、」
「…え……?」

財前がいきなり声を出して反応が遅れた俺の声は、少し掠れたものだ。喉がなんだか渇いていた。

「俺んこと好きでしょ。」

いたって真面目な顔の財前に、次は掠れた声すら出なかった。なにこれ、なにお前、俺はただ財前を見ていることしかできなかった。だってこいつ、俺が財前のこと好きやとか言ったんやで、いや、そら財前は後輩やし好きやけど。俺は男、財前も男。なのに財前は俺が財前のことを好きだと言っている。っていうか、いつそんな風に思えるときがあったのだろうか。目も合わせない俺が、財前のことを好きだなんて、

「俺、が、財前を?」
「ちゃいますの?」
「ちゃう、とか、え?」

やっとまともに声が出るようになって、財前はまだ真剣な顔つきで俺に聞いてくる。

「やって、俺、財前と目も合わせられへんし、」
「意識しとるからでしょ?ほんまに嫌いなやつとはそれなりに上手く付き合いますやん、部長は。」

財前俺んことそんな風に思っててんか、っていうかほんまに嫌いなやつなんてなかなかおらんのやけど…でも財前を意識しているのは、本当で、っていうか、恋だの愛だのの好きっていうものが自分にはよく理解できていないから、肯定も、否定もできないのだ。いや、相手が男である時点で否定するべきなのだろうけど。

「俺んこと、好きでしょ?」
「……知、らん…」
「ちゃんと目、見て。」

気づけばまた逸らしていた目を財前と合わせれば心臓はうるさくなり、近付いてくる財前を、拒むことすらできなくて、それどころか目を閉じてしまい、そのまま唇が重なった。だけどそれはすぐ終わり、また目を開く。

「部長は好きでもない人とキスするんですね、うわ、さいってー。」

わざとらしく言う財前に、思わずむっとする。

「ずるいで、財前。」
「避けなかったんは、誰?」

ああ、本当、ずるい。
そんな瞳に見つめられてしまえば、どんな言い訳も見透かされてしまうのだから。きっと俺は、今も、次も、財前を拒むことなどできないのだ。
だって、






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1/3は瞳の日と聞いて…!



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