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本物になるまで

良い夫婦の日で同棲光蔵
・白石は大学生
・とってもグダグダ



「倦怠期ちゃうんか?」

ユウジに言われ、ぽかんとした。

確かにそうかもしれない。いや、財前を嫌いになったとか、一緒にいたくないとかいうのはないのだが。
ただ、財前と一緒にいても会話がなかったり、一緒にいる意味がないし、
やっぱり一緒に住む上で会話が少なくなるのは悪いことでもあり良いことでもあり、でもやっぱり財前は嫌なのだろうか。

俺は考えれば考えるほどネガティブ思考になってはぁと溜息をついた。
もともと、俺も財前も謙也なんかと比べたら喋らない方だし、そうなると自然と一緒にいる時間も減る。自分の部屋はきちんとあるからちゃんと自分だけの時間がある。
やから、財前にイライラするとかは不思議とない。
一緒に住んでいれば不満のひとつやふたつ、と思うかもしれないが、いつも「財前はそうなんや」と思うだけなのだ。
もしかしたら、それは冷たいのだろうか。


今日はバイトのシフトも入ってないから早く帰ってきた。夕飯は早く帰ってきた方が作るとなっている。
特になにも言われていないが相手が帰ってくるまで待って一緒に食べている。



倦怠期、自分達にはありえないなど誰もが思うに違いない。
事実俺と財前が中学、高校のときだっていちゃいちゃしとったから倦怠期なんてあるはずないと思っていた。

一緒に住んでからだ。
一緒にいることが「当たり前」だから、なくなってから初めて違和感を感じるものだから。

がちゃ、とドアの開く音が聞こえて「おかえりー」と大きめの声でいうと「ただいま」と小さな返事。
お互い目を合わせずに、財前はさっさと自分の部屋へ着替えに行ってしまった。

悲しいとも思わないのは、やっぱり冷たいことなんだろうか。

「寒かったやろ、シャワー先にするか?」
「飯でええっすわ、あったかい内に食いたいし」

テーブルに並べて、いただきますと俺が言うと財前もいただきますと続く。
財前はそういうところは適当にも思えるが家族が多いためいただきますやらごちそうさまやら、案外しっかりしているのだ。

「蔵ノ介さん」
「んー?」
「俺、実家帰りますわ」
「んー、えっ?」

財前があまりにもさらりと言ったから俺はぽかんとしたまま固まってしまった。
実家に帰るって、アレか?よくあるアレか?
ぽかんとしている俺を見てぶっと吹き出した財前に、まだぽかんとするしかできない。

「ちゃいますよ、実家帰る言うても3日間だけっすわ。近いうちに甥っ子の誕生日なんすわ」
「え、あぁ、なんや、誕生日…」

びっくりした。財前が俺と暮らすのが嫌になったのかと思った。

「やったら、俺も久しぶりに家帰ろうかな」
「大学は?」
「3日間くらい、家から通うわ」

正直、ここから離れてみるのもいいかもしれない。
3日間だから、ずっと離れる訳ではないんだし。帰りたくなったら二人とも鍵は持っているし。
夕飯を食べ終わったら家族に連絡しよう、と箸を進めた。






「クーちゃん、今日の夕飯何がええ?やってー」

久しぶりに実家(こういう言い方するとほんまドラマのアレみたいや)に帰り、実家なのに持て成される様な感覚で自分の部屋に入った。
母に頼まれたのだろうゆかりがそう聞いてきたのでチーズリゾットをリクエストしておく。財前といて気を張っている訳ではないが、やっぱり自分の部屋は落ち着くもので。

まだ俺の部屋は大体がそのまま残っていて、アパートに行くときに持って行ったもの以外は同じ位置だった。
ベッドも二人で寝る用に買う金はなかったから、部屋から持って行ってしまった。そのせいか大分寂しい。
一応布団はあるので寝れるけれど。

もとから部屋は綺麗な方だと思うから母もいじらなかったのだろう。

「クーちゃんクーちゃん、この化粧水なー、」

兄が久しぶりに帰ってきたというのに化粧水の話か、なんて少し溜息を吐いたがそれはそれで嬉しくもあった。
今頃、財前も家だろうなと時計を見た。
財前の家は近いわけではないため中学時代にも泊まりでなければ会いに行かなかった気がする。
部屋に置いてある小さい机に突っ伏し、うとうととした。なんだか、寂しくはないけれど違和感というのか。
そんなものを感じながらゆっくり、目を閉じた。



「ご飯出来たでー」

はっと顔を上げて眠りから覚める。
窓の外はもう暗くて、結構寝ていたなぁなんて思った。多分帰ってきて疲れていたんだろう。

夕飯は少し豪華だった。クーちゃんが帰ってくるからなんて言っておかんが笑ったのがなんだか照れ臭かったけれど、大学で家を出て後輩と二人暮らし、っていうのは寂しいものなのだろうか。
風呂も1番に入らせてくれて、家族にそうされると少し戸惑うがお言葉に甘えて、ということで、先に入らせて貰った。

「上がったでー」「クーちゃんまだパンイチかいなー後輩くん困るやろー」
「健康法や健康法」

なんて、風呂上がりでパンツ一丁なんてことは財前の前ではしない。一人で寝るときには部屋に行ってから、二人のときは、パンイチでなくとも大体そういうことをする日だから、脱がなくてもいいのだ。

布団にぐったりとねっころがり携帯を開く。連絡が無いのを寂しいとは思うけれど自分から連絡するのもなぁなんて思ってしまって携帯を閉じた。
途端着信音が聞こえて自分でも驚く速さで携帯を開いてディスプレイを確認するが、溜息をつく。

「もしもし?謙也、どないしてん」
『なんやねんそのぐったりした声は』
「実家帰ってきてん、ちょお疲れただけや」
『ああ、財前も帰ったんやな、そういや』
「…なんで知っとんの」

なんか疲れているからいちいちイライラしてしまう。謙也相手に嫉妬とか、自分が嫌だけれど

『いや、聞いたんや』
「いつ?」
『いつって、なんやお前、気にしとんの?』

謙也に図星をつかれてしまって、恥ずかしさなんだか怒りなんだか分からないものがぐるぐると頭の中を巡った。「…何の用やねん」
『ああ、せやせや、白石』
「うん、」
『倦怠期なんやて?』
「はぁ?」

自分でも驚くくらいひっくい声が出て、眉間にシワが寄る。ユウジか。

「…お前、用ってそれかいな。無駄に電話かけてくんなや」
『いやいや、心配やったんやん』
「誰が心配してくれ言うた」

というか、そう倦怠期倦怠期言われると本当にこれから大丈夫なのだろうかとか俺が心配になってしまう。

『親友と後輩んことやで、心配せん方がおかしいわ』
「………」
『財前もさ、気にしとるみたいやで?』
「何を…?」
『いや、倦怠期言うん?』

財前が気にしとる、嫌になってるってこと?それを謙也に相談したってこと?
実家に帰ってきてなんでここまで不安にならなあかんねん、と思ったけれど口には出さなかった。謙也から財前に伝わったら嫌だ。

『あ、別れたい、とかはないみたいやけどさ』
「うん。…それだけ?」
『おん、一応、心配やったからかけただけやねん、夜にごめんな』
「いや、おおきに、じゃあな」

謙也に悪気がないのも分かっているし、ユウジを怒ろうとも思わないけど、財前が俺のこと嫌になっていたらどうしよう。頭がぐちゃぐちゃとマイナスの方向に考えてしまい、やっぱ、同棲とか無理やったのかなあって思う。
男女だって難しいだろうに、男同士で同棲(親とかには同居って言ってあるけれど)なんて結婚と同じ様なものだと俺は思う。
謙也の話を聞いたあとじゃ、財前に電話できそうにないので、ばっと掛け布団を被った。
昼間に寝たのにすぐうとうとしてしまうのが、相当疲れたってことなのだろう。
まだ寝るには早いけれど、起きてたってぐちぐちと考えてしまうからそのまま目をつぶった。



ぴぴぴっと携帯のアラームがなって、カーテンの隙間から指す眩しい光にすぐ目が覚めた。
リビングに行くともう朝ご飯はできていて何だか自分や財前の作ったものではないご飯を食べるのはやっぱり新鮮だなぁって思う。と同時に、なんだか変な感じがした。

「じゃあ、俺もう大学行かな」
「いってらっしゃーい!」

早く家を出て駅まで歩く。風が冷たいが気持ち良かった。電車に揺られて、まだ取れない疲れに寝てしまいそうになるがなんとか堪えた。
大学は謙也と同じの所で、といっても薬学部と医学部だからいつも一緒にいるなんてことはないけれど。それに、あんまり会いたくはない、今は。
電車から降り大学へ向かう。早く出たといっても少し早すぎたか、大学に向かっている様な人はいつもより少ない。

「はぁー……」
「あ、白石や」
「……謙也…」

お前はほんまに狙っとんのか、という言葉は飲み込んで、おはようと挨拶を交わす。

「どうや実家は」
「どうもなにも、今となっちゃ逆に新鮮、っちゅーの?」
「なんや、そんな一緒におるんやなぁ、倦怠期にもなるわ」
「はいはい、どうせ倦怠期や」

開き直った口調で言うと、謙也が困ったような顔をして「そない悩むなって」なんて言ってきたので言い返そうとするも謙也が遮る。

「今おじいちゃんおばあちゃんでラブラブしとるとこも少ないやろ?中学校のときから今までずっとイチャイチャしとったんやから、そんなんあって当たり前やん」
「………せやけど、俺おじいちゃんちゃう」
「そこはどうでもええねん!っちゅーか朝からでっかい溜息ついとる白石が悪いんやろ!」
「実家帰って疲れとんねん、溜息のひとつやふたつ出るわ」
「なんで実家でそない疲れとるんや」
「いや、落ち着くんやけどな、なんか久しぶりに帰ってきたから色々やってくれたりすんねん」
「ふぅん。じゃあアレか。」

にっこにことそれはもう明るい笑みを浮かべる謙也がぽんぽん肩を叩いてきたので、「なんやねん」と問う。

「白石の家ももう財前と住んでる方になってるっちゅうこっちゃなぁ」
「どういうこっちゃ」
「そんままや、帰る場所がそこや言うこと」

帰る場所。そう言われて、ああ、そうかと納得した。
疲れが取れないのも、普段いる場所と違うからか。

「………謙也、頭ええな」
「は?なんやねん、いきなし」
「なんかなぁ、離れてみて気付くこともある言うけど、離れてみても気付かないことってあるんやなぁ」
「…意味分からん」

まぁそんなこと、気付かなくて良かったことなのかもしれない。それが当たり前であるだけで良かったのかもしれない。
何を悩んでいたんだろうなんて思って、くるっと逆方向に向かい歩き出すと謙也は「白石!?」とまぬけな声を出して

「どこ行くんや!大学そっちとちゃうやろ!」
「知っとるわ。」

謙也が追っ掛けてきて、もう一度「どこ行くんや」と聞いてきたので

「アパートに忘れ物してん」

と言った。もちろん、忘れ物なんてしていない。
だけど謙也はぽかんとした後呆れたように笑った。

「いってらっしゃい」



アパートに向かう。いや、帰路を辿る。
この帰り道を、いつしか当たり前だと思っていった。意識しなくとも足が自然に道を覚えた。アパートに着けば財前がいると、財前が帰ってくると、知っていたのだ。

「倦怠期なんか、クソ喰らえや」

こうなってくると自分と財前に苛立ってくる。
もっとちゃんと一緒にいる時間を大切にすれば良かったのに。一緒に住むだけで満足していた部分があったのだ。俺は、俺達は、一緒に住むだけでいつだって一緒にいられると、そう思い込んでいたのだ。
でもそういうものだろう。二人暮らしを決めたのは高校生の頃で、これでずっと一緒だねなんて、
でも今は違うんだ。大学に通っているとはいえ社会人なんだから、そんなことばっかり言うわけにはいけない。
とにかく今は、あの部屋に、帰りたかった。
あの部屋が財前にとっての帰ってくる場所になっているか、財前にとって疲れを癒せる場所であるのか、倦怠期かなんてもういいから、それが知りたい。

財前が帰れる場所に、したい。



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