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月が綺麗ですね

なんとなく、散歩した。今日は満月にギリギリ満たないくらいの月で、結構はっきりと見えている。多分もう8時を回って9時になろうとしているから遅くならないうちに帰らないとなぁなんて考えながら、足は進んでいく。
自分でもどこへ向かっているのか決めたわけではなくただ足は動いた。心地好いくらいに風が冷たくて、少し葉が揺れている。(明日の夜、雨やって言うてたな、満月やのに。)
あ、と思った視線の先には見覚えのある家があった。部長の家。無意識に歩いてて部長の家に行くとか相当怖い。今行ったら迷惑だろうか、メールでもしようかな。(あ、携帯、忘れた。)
メールもできないし、どうしよう。
取り敢えず家の前に立ち考える。端から見たらただの怪しい中学生だが、迷惑だったら嫌だし、やっぱり帰ろうか。と思っていたとき、

「財前?」

ドアが開いて、名前を呼ばれた。明るい光が中から漏れてそれが部長だと分かる。

「部長、なんで、」
「いや、窓から見えてん、お前こそこないな時間に何しとん。」
「散歩してました。」

部長は目をぱちぱちさせた(こうするとイケメンにも可愛らしさがある)あと、「ちょっと待ってて」と言って中に戻っていった。
言われた通り待っていると部長が出てきて、上着を着てきたのが分かる。家の人に「ちょっと出てくるわ」と大きめの声で告げると部長は俺の隣に来た。

「散歩がてら俺に会いに来たんやろ?」

にやにやと部長が聞いてきて(にやにやしても美形は美形やんな)思わず頷いてしまった。すると部長は満足そうな笑顔を俺に向けてきて、なんだか冷たい風に冷やされていた頬が熱くなる。

「手、繋いでもええ、かな。」

途切れ途切れに部長が聞いてきて、なんだか可愛いなぁと思いながら部長の手を取ると部長は少し俯いた。

「下向いたら、月、見えませんよ。」
「月?」
「ほら。」

指を指すと部長がそれを辿って顔を上げた。「あ」と声を漏らして月を見つめる部長は、月明かりに照らされなんだか見とれてしまう。

「一瞬満月かと思った。」
「満月は明日っすわ。」
「明日、雨やん。」
「夜やから、ギリギリ見れるかもやないですか。」

なんて、多分見えないと思うけど。

「月、綺麗ですね。」
「えっ。」
「え?」

部長の視線が月から俺に変わって、しばらく両方きょとんとしていると部長の顔が少し赤くなった気がした。

「いや、すまん、」
「なんすか。気になるんすけど。」
「なんもないねん、なんも…」
「言うて下さいよ、気になるんですって。」

部長は恥ずかしそうに俯いて手で口を押さえたあとちらりとこちらを見た。諦めたように眉を下げて「あのな」と話し出す。

「夏目漱石、わかるやろ?」
「え、はい、それがな………あぁ。」
「分かった?」
「まぁ、分かりましたけど。」
「ちゃ、ちゃうねんで、一瞬えってなっただけやねん!」

そんなに慌てなくてもいいと思う。

「夏目漱石の訳、『月が綺麗ですね』でしたよね。」
「え、あ、ぁ、せやな。」

月が綺麗ですねが愛していますなんて、俺にはよく分からないけど。それで反応してしまう部長は結構可愛いと思う。

「部長。」
「ん?」
「月が綺麗ですね。」

また「えっ」と声を漏らす部長の頬に冷たくなった手を滑らせる。部長の頬は熱くて、それがただの体温なのかは知らないけれど。少し開いた唇に、自分のそれを重ねる。ちょっと背伸びしなければならないのが切ない。

「っ…ざいぜ、ん…ん…」

離しては重ねて、を繰り返していると部長の目からぽろっと涙が零れた。慌てるよりも先に綺麗だなと思う気持ちが強く、それに見入った。顔を離せばなくなる温度に名残惜しくなるが、部長の涙を指で拭う。

「どないしたんです?」
「ん、なんもないねん、ほんまのほんまに、なんもないねん、」

滲む声もまたなんだか心地好く感じて、自分より大きい身体を抱きしめた。はぁっと部長の熱い息が耳を掠めて、力が強まってしまう。部長も俺の背中に手を回すが弱々しいものだった。
月明かりの下で、なんて、どこのドラマだと笑いたくなるけど、そのドラマだって勝てないくらい綺麗な涙を流す部長がどうしようもなく愛しかった。

「ざいぜ、ん、財前、」

絶えず俺の名前を呼ぶ口は震えながら声を発している。寒いわけじゃないのだろう。

「財前、」
「はい、」
「月…が、綺麗、やな、」

少し微笑む部長に、俺もじわりと目が濡れた気がした。

「俺も、愛しとりますよ。」

はっきりと、伝えたら涙が零れた。伝えてはいけない想いではないはずなのに、なぜだか涙が零れた。切ないわけではないのに、なぜだか分からない涙がただ零れるだけだった。

「はは、なんか、周りから変やな俺ら。」
「そ、ですね、」

ぐしぐしと涙を拭って笑う。部長の笑顔が、ただただ、月みたいに綺麗だった。
でも月が綺麗だって綺麗じゃなくたって見えなくったて、きっと俺は部長に言うのだ。
(月が綺麗ですね、って。)






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一度はやっておきたい『あいらぶゆー』→『月が綺麗ですね』by夏目漱石。でもなんかよくわからんこっちゃなりました。最初二人が『あいらぶゆー』をどう訳すかとか書こうと思ったんですが思い付かなかったんです…私?私はね!『光蔵が幸せになりますように』とか!毎日言っちゃうね!!



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